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名指揮者が育てるもの 高関健/シティフィルのマーラー9番

今日は14時からオペラシティで、高関健/シティフィルのマーラーの交響曲第9番のコンサートを聴いてきました。

高関さんは楽譜を緻密に分析して丁寧に音楽作りをされる方なので、マーラーの9番も新鮮に聴かせてくれる予感がありました。
いわば、絵画修復士みたいなものです。長年の埃を払って、原画の瑞々しい発色を蘇らせてくれるのです。

第一楽章から期待を上回る出来栄えでした。コンサートマスターの戸澤哲夫さん率いる弦楽の響きが生々しかった。
どの楽器も人間の感情を克明に描いているようでした。

楽章が終わるごとに、高関さんがオケに小さく親指を立てて「GJ」ってやってました。
川瀬賢太郎さんが神奈川フィルにやってるのをテレビで見たことがありますが、高関さんもやるんですね。意外でした。

充実した音の連なりは大船に乗ったような安心感があります。
その一方、次の展開がどうなるのか読めないドキドキ感も。
この両立が大事です。

私が苦手なブロムシュテットのベートーヴェンはすべて見通しがついてしまうんです。
先の景色が見えてしまう。予定調和な景色を鈍行列車が行く感じ。
そんなツアーに参加するくらいなら、家でCD聴いてたほうがましです笑

毎日毎晩何かしらのコンサートがやっていて、そのすべてが素晴らしいわけではありません。
ルーティーンのように演奏されて消化される類の音楽も少なくない。
そんな中、奇跡的な音楽が誕生するとすれば、何か特別な作用が働いたときでしょう。

今日のコンサートでいえば、「あの高関健がマーラーの9番を振る」です。
ある程度クラシックに詳しい人なら、かなり期待して聴きに来ていたはずです。

会場の集中力は凄かったです。
飴玉はもちろん、花粉症の時期なのに咳もくしゃみもなし。
楽章間でゲホゲホやることもなく、皆が音楽に聴き入ってるようでした。

マーラーの9番って末期の叫びみたいな音楽という印象を持ってました。
好きな曲ですが気軽に聴けないので、家で聴くことはめったにありません。
今日の高関さんの演奏は、そういった悲愴感より圧倒的な光の力、神々しいエネルギーに溢れていました。

その一方、第4楽章のラストの弦のすすり泣きはレクイエムのようでした。

現代に生きる我々は否が応でもさまざまな出来事に巻き込まれて生きています。
奏者が意識して弾いてなくても、同時代の世界のさまざまな景色がその音楽には反映されていると私は感じています。

優れた音楽は、それ自体もさまざまな感情を内包しています。
連日ウクライナの戦争被害が話題になる中で、戦争への思いを重ねながら聴いた人も多かったのではないでしょうか。

曲の最後に高関さんの左手の指がゆっくり閉じられると、会場に静寂が訪れました。
いつもなら「誰かフライングするかな」と不安に感じるのですが、今日の聴衆は一体化していたので安心感がありました。

高関さんが指揮棒を下ろして、完全に適切なタイミングで大音量の拍手が会場を埋め尽くしました。
ステージ前列の若い男性が早速立ち上がって拍手されてました。
私も日本にスタンディング・オベーションが根づいてほしいと思って、10代20代のときに結構立ったりしてました。でも全然根づかないですね笑
スタオベしてると、悪いことしてないのに何か恥ずかしい気持ちになります笑
ただ拍手するだけじゃなくて、真に素晴らしい演奏にはこちらも格段の賞賛で応えるようにしたいものです。
なので、途中から立って拍手してました。

高関さんがパートごとに立たせてましたが、ホルンの谷あかねさんが特によかったです。
日本のオケは金管が一番弱いので、金管が安定してると安心して聴けます。
シンバルとか打楽器の皆さんもよかったです。

2015年4月に高関さんが常任指揮者に就任されてから、もう7年経つんですね。

高関さんと藤岡幸夫さんをポストに招いたシティフィルの事務局は先見の明がありましたね。
オケが格段に成長したでしょうし、今日のマーラーは一回の共演では不可能、長い信頼関係あってこその達成です。

チェリビダッケが「悪いオーケストラというものはない。悪い指揮者がいるだけだ」と言ったそうですが、シティフィルをいいオーケストラに丁寧に育て上げてきたのは高関さんの功績です。

「いいホールがいいオーケストラを育てる」という言葉もあります。音響のいいホールで練習したり本番を弾くことで、オーケストラがレベルアップするという意味です。
シティフィルはオペラシティが活動拠点なので、オペラシティに合った音を奏でるオーケストラになってきている印象です。

そして、今日一番驚いた集中力のある聴衆。
シティフィルの定期会員や常連客が多いことを考えると、高関さんがコンサートを通して聴衆もまた育て上げてきたのだなと深く感じたのでした。

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