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ときめきを買うということ(エッセイ)

私は手作りのぬいぐるみ屋をしているのだが、近々出す新作の値段を、ずっと決めかねていた。

物に値段を付けるというのは、本当に難しい。
手作りともなると、まるで自分の価値に値段を付けるかのような、自分を信じる気持ちを試されているかのような作業でもある。


手触りや感触にこだわったぬいぐるみは、国内工場で作られた良質な材料を使っている。縫うのにも、中身を詰めるのにも手間と時間がかかる為、ぬいぐるみ市場の中では値段が高いほうだ。

その為、どんどん売れるわけではない。
それでも、そこに価値を見出して、選んでくださるお客様がいる。
そんなお客様が、一人また一人と増えていく度に、これは確かに良いものなのだと、少しずつ自信が付いてきていたのだけれど・・。

新作を出すにあたり、再び悩みに悩んでいた。
ぎりぎりまで安くして、利益を少しにして、もっと沢山売れたほうがいいのだろうか・・。
時々このループに陥ってしまう。


そんな今日、ペンの替え芯を買いに行った本屋で、雑貨をいくつか衝動買いしてしまったことで、「これか!この気持ちか!」と、大きなヒントを得た。


買ったのは、ひな飾りのポップアップカード(715円)、桜の木のポップアップカード(616円)、ポップアップシール(528円)、付箋(418円)。

高い。
余裕のない私にとってこの値段は、カードやシール、付箋としては、今買うには高すぎる。
それに、このシールや付箋を、私は一体いつ、何に使うつもりなのか。
今すぐ用途は思いつかない。
でも、どうしても欲しかったのだ。
心が突き動かされたのだ。


やってしまった、と思いながらも、私はニヤついている。
ときめいてしまったからだ。
買った物たちを眺めながら、最近あった嫌なことや不安は、今のところ全部頭から消え去っている。
キュンキュン(死語?)と、胸が高鳴っている。
私は今日、この雑貨に出会い、恋をしたのだ。


こんな風に買い物をすることが、時々ある。
もっと大きなお金を払ったこともある。
そして思った。
人は時として、ときめきを買うのかもしれない。



今日、買うはずもなかったこの雑貨、いや「作品」を衝動的に買ったのは、「とっておきのときめき」を感じたからだ。

こんなの初めて見る、ピンと来る、センスがいい、ずっと見ていたい、なんだか幸せ、元気が出てくる・・。

ひな飾りの飛び出すポップアップカードは、紙質も良く、金屏風の金色がツヤツヤと輝いて、ひな祭りの煌びやかさが良く出ている。
お雛様やお内裏様の着物の柄も細部に渡って素晴らしいし、茶器や道具に散りばめられた桜の模様も金色で素敵だ。
そしてこの、赤。色んな赤の中からこの赤を選んでいるのもいい。
小さいけれど、ここには確かにひな祭りの世界があって、眺めているだけで、私はこの世界に心酔する。
これは、離れて暮らす姑に送ってあげよう。きっと喜んでくれる。
何かお香みたいな香りを付けるのもいいかもしれない。
姑が雛飾りを持っているかわからないけれど、全部の段というのはなかなかないだろうから、これを眺めて楽しんでくれたらいい。
娘の小さかった頃のひな祭りなんかを思い出すのかもしれない。

今の時点でもうすでに、このカードの価値は十分にあった。
これ一つで、風邪をひいた上にマイナス思考でヨレヨレだった私の心に、ポッと灯りが点る。
ときめきは、固まった心をも動かし始める。

きっと、こういうことをきっかけにして、弱った心が少しずつ元気になっていったりするのだろう。

生きていく為に必須なものではないけれど、タイミングによって、すっと入ってきて心に住み着いて、チカチカと小さく光を放っている、元気のもとになる欠片たち。
そばにあって、目に入ると少しだけ元気になれる、ちょっとした、素敵なものたち。
私が作っているものも、こういうものの一つなのだろう。


色んな人の手間と時間をかけて作られた物は、特別な空気を纏っているように思う。

このカードをデザインした人、色を選んだ人、印刷した人。
それぞれがきっと、「安く作るにはどうしたらいいか」ではなく、「素敵なものを作るにはどうしたら」と、そんな気持ちで作ったのであろうことが伝わって来る。
それがきっと、一目で違いを感じさせる力だ。
それらに触れると、わくわくが伝染して心が動き出す。

余裕はなかったはずなのに、他の何かを我慢してでも欲しくなるほどの強い力。
私のお客様たちもきっと、今日の私に近い気持ちか、それ以上の気持ちで、ぬいぐるみを迎えてくれたのかもしれない。


いいものを作ろうと、改めて思う。
いい材料を作ってくれた人たちの想いも乗せて、世に作品を出していく。
誰かの笑顔を、少しでも引き出せるような。
ほんのわずかでも、癒しとなるような。
そんな力があるものを作れたら。

いいコンディションで、いい気分で作ることを心掛けよう。
それはきっと、作品の纏う空気となっていくはずだ。


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