「フローチャート在宅医療漢方薬」(土倉純一郎著)に関して。

フローチャート在宅医療漢方薬」はフローチャートシリーズですが土倉先生は麻生飯塚で和漢を研修したそうですから和漢診療学流の漢方は理解しているものとして話をします。



「下痢」

ファーストチョイスが半夏瀉心湯で効果不十分なら大建中湯とあります。



違うから。



半夏瀉心湯は要するに食あたりです。感染性胃腸炎。ウィルスか細菌かは別にして、邪(病気の原因)が侵入したときの胃腸炎です。



感染性腸炎と診断したときは、検査と治療は別立てにします。すなわち、その胃腸炎は細菌性かウィルス性か、細菌性なら何が起炎菌か、と言うことは西洋医学の検査できっちり抑えます。要するに採血やりましょう、便培養と感受性試験やりましょうという事です。



しかしながら、感染性胃腸炎で細菌によるものであったとしても、通常多くの場合抗生物質は不要です。半夏瀉心湯でいいんです。半夏瀉心湯だけ処方して、「水分をどんどん摂って、どんどん下痢しなさい。下痢止めを飲んではいけません」で大抵治ります。



しかしながら、95%がそうだからと言って残りの5%が存在するのですから、必ず白血球数及びその分画、そして便培養及び感受性検査をやり、起炎菌とその感受性を覧ておくべきです。半夏瀉心湯で治らなかったときの備えです。



感染性腸炎に大建中湯は使いません。大建中湯は確かに下痢にも効く場合があります。しかしそれは感染症では無い。お腹が冷えて、腹痛が酷く下痢をするが、感染症ではない場合です。私は高齢者の慢性便秘に伴うサブイレウスなどに良く大建中湯を麻子仁丸と共に使用します。しかしたしかに、高齢者で腹が冷えて痛み下痢をする場合に大建中湯を試みることはあります。しかしそれは通常、桂枝加朮附湯、桂枝加朮附湯加附子、小建中湯などを試みていずれも無効だったときで、first choiceではない。



この両者はまったく使うべき場面が違うので、「半夏瀉心湯使って効果不十分なら大建中湯」ではありません。



「五苓散」



五苓散について私が患者さんに説明する用法はこうです。



五苓散という薬は、天候不順が近づいたときの体調の不調なら何でも効きます。しかし原因がそうでなければ全く効きません。



つまりですね、宮城県石巻市にある私のクリニックに来る患者さんなら、関西地方が雨で、低気圧が関東からだんだん東北に来ますと言うぐらいの時に体調が悪くなったとき五苓散を飲むと良いのです。最近は「頭痛アプリ」というのがあって、要するに低気圧でアラートを出すのですが、その頭痛アプリのアラートが出た時に五苓散を飲むと著効する人もいるし、中には正確に毎回記録を付け、自分は頭痛アプリがアラートを出す概ね48時間前に体調不良の予兆を感じ、その時五苓散をすかさず2包頓服で飲むといつもの症状・・・つまり頭痛だろうがめまいだろうが耳鳴りだろうが何でも良いのですが・・・が起きないと証明してくれた人もいます。要するに五苓散は症状で使うんじゃないのです。気圧が下がってくるのを人間の不思議な感覚が前兆として捉え「不調が起きる」と予兆を感じたときに使うのです。



「下肢の痺れ」



高齢者の腰椎変形などにともなう下肢の痺れは、漢方でも基本的に難治です。エキスの牛車腎気丸なんか、歯が立ちません。一般に痛みより痺れの方が遙かに手強い。この本に挙げられた当帰四逆加呉茱萸生姜湯や大防風湯を試みるのはオーセンティックですが、高齢者がしばしば便秘であることを逆用して、通導散に少量の附子を加えるという手があります。通常、桂枝茯苓丸と通導散をそれぞれ少量(どちらも2包分2)にして附子末かアコニンサン錠を一日一回というやり方です。これは山本巌先生、木村豪雄先生など一貫堂のやり方ですが、桂枝茯苓丸で気血水全てを巡らせ、その上通導散で気血を巡らせる効果を高める。少量の附子は附子そのものの鎮痛作用を期待するのではなく、活血薬に少量の附子を加えると活血薬の効果が増すという左様を期待するのです。無論、冷えが強い人なら附子を真正面から加えても構いません。



下肢の痺れ、特に高齢者の下肢の痺れには土倉先生が本で紹介している牛車腎気丸、当帰四逆加呉茱萸生姜湯、大防風湯など、一剤ではまったく効果が無い事が多い。そういう時こそ弁証と本草学の出番です。きちんと証を弁じて本草学の知識があれば、基本的に気血水を桂枝茯苓丸で巡らせ、さらに活血理気を通導散で補い、その上活血の作用を附子で増そう、という方法論が出てきます。こういうのが、「きちんと弁証や本草学を勉強する」意義です。



なお、牛車腎気丸が痺れに効かない理由は、弁証と現代医学を突き合わせれば分かります。牛車腎気丸ってのは、八味地黄丸に牛膝、車前子を足しただけで、要するに適応症は腎陽虚です。そして腎陽虚というのは、フレイルで冷えを訴えるもの、です。無論痺れはフレイルな高齢者の常見症状ですが、フレイルだからみな痺れるわけではない。痺れるのには痺れる原因があるわけだ。だからフレイルの基本薬である八味丸のちょっとしたバリエーションである牛車腎気丸では痺れは取れないのです。

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