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ショートショート 「クロムイエロー」


 枯葉を踏みしめて帰るのが、すっかり定番になった。
 あったかいものにすればよかったと、ユウキはコンビニの袋の音を聴きながら思う。
 角を曲がり、ユウキは足を止めた。
 なんで、俺んちに明かりがついている?
 嫌な予感しかしない。
 そのまま後ずさりしようとしたが、ここ以外に行く当てもないことを思い出し、ユウキは白い息を吐いた。
 
 諦め心地で玄関を開けると、カラフルなスニーカーと小さい靴がちょこんと置かれていた。軽い失望を感じつつも、殺風景な玄関にかなり似つかわしくない、居心地わるそうな靴を見て苦笑していると

「ユウキ! お邪魔してたよ! おかえり!」
  俺の部屋にさらにミスマッチな明るい声が、部屋の向こうから飛んできた。
「姉ちゃん、連絡くらい……おい、説明してくれ」
  狭い1DKの片隅に持ち込まれた着替えやらオムツやら。
「ごめんユウキ、2日、いや明日だけでもいいから……」
「ムリ」
「そこをなんとかぁぁぁ」
 懇願する姉ちゃんを、きゃっきゃっと声をあげて見つめる豆粒の目。
「カンナ、大きくなったな」
 途端に豆粒の目が恐怖に変わる。なんで俺が声をかけただけで怯えるんだろう。

 

 突然姪っ子のカンナの面倒を押し付けられ、ユウキは貴重な休みに公園に来ていた。
「絶対昼の仕事を見つけるから……!」
 姉は意気揚々と出ていったが、果たしてどうなることやら……。

 カンナは歩き出して間もない人類のくせに、意外と速く歩き、そして盛大にコケる。
 ベビーカーを用意しても、「歩くんだ!」と、プイっと俺の横を素通りし、ふらふらと道路に向かっていく。
 信じられねー、なんて危ないイキモノなんだ……。

「君の子?」

  砂場でカンナを遊ばせていると、近くに誰かが寄ってきた気配があった。
見上げると割と大きめな人、逆光のせいで顔は分からなかった。

「姉の子です」
 仕草は女性っぽいけど、声は低いな……。

「あーだからか、どことなく似てるけどパパにしては若いなと思って」

 目尻に皺を寄せ、カンナを見つめる。

「……職探しするから見ててくれって……」

「それで見てあげてるの? やさしいじゃん」

 カンナはひたすらスコップで砂をすくっている。

「ねぇ、この子にどうなってほしいと思う?」

 長い前髪を耳にかけ、その人は思わぬセリフを俺に投げた。

「どうなって……苦労しないようにとかかな」

「いいね、ステキな答え。お兄さんは苦労した?」

「え? えぇ……まぁ……」

 クソおやじはアル中で去年から入院しているし、母親は生きているのか死んでいるのかも分からない。
 姉が明るい人じゃなきゃ、俺はとうに人生を終わらせていた気がする。

「そう、でも姪っ子ちゃんの面倒を見れるなんて、誰かがあなたに愛をくれたのね」

 思わず声の主をまじまじと見てしまった。
 愛をくれた……? 誰が?

「愛を知らない人は、愛し方を知らないよ。姪っ子ちゃんは安心してあなたと一緒にいるね」
 カンナは砂を、一心不乱に右から左へ移動させていた。

 少しもいい思い出のない幼少期が、断片的に脳内を駆け抜けた。どこにも愛なんて言葉は見当たらないぜ?嘘つかないでくださいよ、と言おうと思ったら、すでに男の人は公園を出ていこうとしているところだった。

 久しぶりに思い出した過去は、俺を思考停止させるのに十分なものばかりだった。そして、どこかしこに鮮やかな姉の笑った顔もあった。

「ユウキ、うちは残念な家だけど、大きくなったら絶対二人で幸せになろうね!!」

 小学生くらいだったろうか、こんな感じの寂しい公園で、二人で夕方遅くまで遊んでいたな。

「カンナここにいたのー!? ユウキありがとう!」
「ま、まー」
 公園の違う方の入口から、姉が頬を上気させて走ってきた。
「就職決まったよ~!」
 カンナに笑いかけ、勢いよく抱きしめる。

「なぁ姉ちゃん、なんであんたはそんなに明るいんだ?」
「なーにー? 突然」
「うちの親が育てて、なんであんたみたいのができるのか、俺には疑問だ」
「まぁねぇ。あ、私、人より大きなエンジン搭載しているなって言われたことあるよ!」
 自慢気に話す姉に、思わず口元が緩む。
「鼻の穴、膨らんでっぞ」
  俺はこうやって、姉に笑わせてもらってたな。
「誰に言われたん、前の旦那?」
「あんなやつ思い出す価値なし!」
 ハキハキ話す姉を見て、カンナもあーあーと応じる。

「カンナは幸せに生きてくれるといいな」
「よろしく頼むよ、叔父さん!」

  お、おじさん……。
  寂しかった二人だけの公園に、突然入ってきた砂まみれのちびっこ。
 この子が笑うだけで、俺と姉のこれからに、イチョウのようなさりげない明るさが足された気がした。


終わり


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