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独りだけ子供のままの君へ

半年に一度、定期健診で歯医者へ行く。
特別歯の健康に関心があるわけではないけれど、律義に通っている。
というのも二十半ばにして私の歯は一本だけ、未だ生え変わっていないからだ。

「先天性欠如歯」と呼ばれているらしい。
あるべきはずの永久歯がないから押し出されて生え変わらず、乳歯を使い続けることになる。
10人に1人くらいの割合らしく、そこまで珍しいわけではない。
私の場合は一本だけだが、人によっては数本無いこともあるそうだ。

とは言え一本だけとなると愛着がわくというもの。
いつも気にかけて歯を磨く。
周りの永久歯は一回り大きいため自然と段差や隙間ができてしまうからだ。
しかも乳歯は虫歯になりやすいときたものだから、困り者である。
「手がかかるほど可愛い」とはよく言ったものだ。

虫歯は気を付けていればどうにかなるし、そのための定期健診でもある。
けれども悲しいことにどれだけ気を付けていても、生涯を共にすることは難しいらしい。

早ければ20~30代くらいには自然と抜けてしまうとのこと。
使えるうちは使って、ダメそうになってきたらブリッジとかの処置をするのが基本方針だ。

周りが大人になっているのに独り置いてけぼりにされ、あまつさえ道半ばにしてリタイアするというのは、なんだか残酷な気がしてならない。

・・・

その日の定期健診が終わると、半年後の予定を大雑把に聞かれる。
もう十数年通っているから、顔なじみも多い。
「よく泣いていた頃が懐かしい」とか「最近どう?」といった他愛のない会話をしながら。
少し悩んで、こう答える。
「とりあえず今日と同じ曜日、同じ時間で」

帰路にあって思いにふける。
半年後の私はどうなっているのだろうか。
子細なく、またここを訪れるのだろうか。

問いかけても君は何も言わない。
寡黙な君が何を考えているのか私にはわからないけれど。
だからこそ、永い付き合いにしたいものだ。

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