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038 [アドラー心理学] 共同体感覚と勇気

アドラー心理学の中核をなすアイデアは、劣等感とその補償、ライフスタイル、そして共同体感覚の3つです。今回はその中でも最も重要な共同体感覚を紹介します。さらに、「勇気の心理学」と形容されることもあるアドラー心理学における「勇気」について取り上げたいと思います。

思想/理論/技法という3つの階層

アドラー心理学は、「思想/理論/技法」という3階層からなっています。

まず、真ん中の理論の階層は、「5つの基本前提」です。それは、目的論/全体論/仮想論/社会統合論/個人の主体性の5つからなっています。この5つの順番は任意です。研究者によって取り上げる順番や重みづけも異なっています。

次に、技法の階層は、ライフスタイル分析や勇気づけの方法、タテの関係・ヨコの関係、課題の分離と共同の課題といったような、具体的で実践的な方法の集合からなっています。これらの技法は、他の流派との折衷であることも可能です。また、アドラー心理学の理論に基づいて独自に開発することもできます。

たとえば、アドラー心理学に基づく子育てプログラムであるSMILEやPassageでは「IメッセージとYouメッセージ」という技法が紹介されています。相手に向かって「あなたは……だ(Youメッセージ)」というと相手が子どもでも大人であっても、決めつけられた感じがして、反発するかあるいは悲しくなるでしょう。それが原因であなたと相手の関係性が悪くなることもあるでしょう。それに対して「私は……だと思う(Iメッセージ)」といえば、それは私の意見や感想ですので、相手に反論の余地を与えますし、そのために相手は自分が尊重された感じを持つでしょう。

しかし、これはアドラーが発案したものでもなく、また、アドラーの弟子たちのアイデアでもありません。私が調べた限りでは「Iメッセージ」の起源は、1960年代Thomas GordonのPET (Parent Effectiveness Training) からです。

ゴードンが発案者だとしても、その技法をアドラー心理学の文脈で使うのであれば、問題はないでしょう。アドラー心理学の文脈とは、親子であっても、先生と生徒の関係であっても人として対等であり、互いに尊敬し合わなければならないということです。「あなたは……だ」と決めつけるのではなく「私は……と思う」と自分の意見を表明することによってお互いが対等であることが明示的になります。そのような文脈で使うのであればOKだということです。

アドラー心理学の思想としての共同体感覚

さて、最後に思想の階層があります。最後の思想の階層にあるのが「共同体感覚 Gemeinschaftsgefühl(独)social interest(英)」です。なぜこれが思想かというと、「人類は共同体感覚を目指すべきである」という主張をアドラー心理学がしているからです。これを「個人心理学=アドラー心理学」の根幹として残すかどうかについてアドラーは考え、残すことを決断しました。しかし、それでアドラーの当時の支持者の半分がアドラーのもとを去ったと言われています。

思想を残すという決断に対して反対してアドラーのもとを去った人たちは、アドラー心理学が科学であるべきだと考えたのです。科学とは万物のしくみを解明するものであって、人類はこうあるべきだという価値観を持つものではないと考えたわけです。

これに対してアドラーは「共同体感覚は、生まれつき備わった潜在的な可能性で、意識して育成されなければならない」と主張しました。

共同体感覚とは、自分の利益のためだけに行動するのではなく、自分の行動がより大きな共同体のためにもなるように行動しようとする指向性です。共同体とは何かというと、一番小さいものは「自分と目の前にいる相手」であり、一番大きいものは「自分を含めた宇宙」ということになるでしょう。しかし、シャルマンが言うように、むしろ「社会全体を愛することは易しい。自分の妻や子どもを愛することの方が難しい」のです。自分と相手という最小単位の共同体から考えていくといいでしょう。

共同体の視点から見て、自分の利益だけではなくどうすれば相手のためになるのかを考えること、それが共同体感覚です。そしてそれは潜在的にはすべての人に備わっている能力であるにもかかわらず意識的に育成することが必要だとアドラーは主張したのです。

ですから、アドラー派のカウンセリングはすべて最終的にはクライエントの共同体感覚を育成するということに方向づけられています。カウンセリングの最終ゴールは共同体感覚の育成であり、それがつまり「生きることの意味」だと主張するのです。自分の生きる意味がわかれば幸せに生きることができます。そういう状態にするのがアドラー派のカウンセリングです。

カウンセリングに限らず、アドラー心理学を学ぶ人はすべて最終的には共同体感覚の育成に方向づけられています。それが100年たった今も多くの人がアドラー心理学に魅了され続けている理由でしょう。

共同体感覚は自己への関心から他者への関心への拡張

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