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(083) ポジティブ心理学の起源としてのアドラー心理学[完]

2020年10月13日(火)

アドラー心理学はポジティブ心理学の起源と言っていいのではないかという論文があります。今回はこの論文を紹介します(翻訳ではなく、読みやすいように内容の順序なども変えています)。文献リストもこのリンク先から参照できます。

R. E. ワッツ (2015) 「アドラーの個人心理学:ポジティブ心理学の起源」

Richard E. Watts (2015) Adler’s Individual Psychology: The Original Positive Psychology. Revista de Psicoterapia, 26(102), 81-89.

・人間のネガティブな側面からポジティブな側面へ

SnyderとLopez(2002)は『ポジティブ心理学ハンドブック』の序文の中で、次のように書いています。

これまでの心理学は人間の弱いところに焦点を当ててきた。人間のポジティブな側面を真剣に見ようとした科学は心理学を含めてこれまでになかった。

そしてセリグマン(2002)は、同じ本の中でこう書いています。

ポジティブ心理学は、病理学偏重から脱却して、もっとバランスの取れた見方で「充実した個人と生き生きとした共同体 (Fulfilled individual and a thriving community) 」という考え方を採用する。

第一次世界大戦の前は、アドラーは病気からの回復という点に焦点を当てていました。しかし、第一次世界大戦後は、強さと健康的な発達と予防ということに焦点化していました(アドラーも医師として第一次世界大戦に従軍しました)。

アドラーはこのときすでに、人間のポジティブな側面を研究するべきだと考えていたのです。それは、Carlson, Watts, & Maniacci(2006)の”Adlerian Therapy: Theory and Practice”では次のようにリスト化されています(ちなみにこの本の序文は、理性情動行動療法(REBT)のアルバート・エリスが書いています)。

・普通の人の成長と発達
・予防と教育(治療よりも)
・精神的健康とクライエントの強さに焦点化する
・全体論、精神性、ウェルネス、多文化主義、社会正義

アドラー心理学は、人々を、ユニークであり、創造的であり、有能であり、責任のある存在として楽観視するものです。アドラー派は、パーソナリティの成長モデルを採用しているので、クライエントを病気であるとは考えずに、勇気をくじかれた状態なのだと考えます。ですから、何かを「治そう」とするのではなく、勇気づけのプロセスを踏んでいこうとするのです。

・クライエントの資産、能力、資源、そして強みに目を向ける

アドラー(1956)は「治療のすべてのステップにおいて勇気づけの道から外れてはいけない」と言っています。勇気づけとは、クライエントの資産、能力、資源、そして強み (Assets, abilities, resources, and strength) に目を向けて、敬意を持って、対等に、楽観的に、成長志向でクライエントとの治療同盟を組むことです。この考え方は、アドラーから教えを受けたロジャーズにも受け継がれています。

アドラーとそのあとを引き継いだアドラー派の人たちは、治療よりも予防に重きを置きました。だからこそ教育が大切だと考えたのです。それは、子供の指導や親教育、カップル教育、教師教育へと引き継がれています。

・アドラーのアイデアはポジティブ心理学の至るところに見出せる

エレンベルガー (1970) が「共同採石場」と形容したアドラーのアイデアは、誰もが自由に採用しているけれども、誰もアドラーの名前に言及しないで使われたものでした。これは、ポジティブ心理学については特に顕著です。アドラー派のアイデアはポジティブ心理学の文献の至るところに見出すことができます。しかし実質的には、アドラーの名前も、アドラー心理学も引用されることはありません。

内発的動機づけや自己決定理論で有名なライアンとデシ (2001) は、最適な機能と発達についてこのように記述しています。「完全を追求することはその人の真の潜在能力を実現することだ (The striving for perfection represents the realization of one’s true potintial)」。これはそのままアドラーが言ったフレーズだと聞かされても不思議ではありません。Striving for perfection は、アドラーの文献で何回も出てくるキーワードです。

・共同体感覚:水平方向の追求と垂直方向の追求

完全の追求/優越の追求と並ぶ、アドラー心理学の中心概念は、共同体感覚 (Community feeling/Social interest) です。共同体感覚 (Community feeling) は、所属感、共感、心づかい、慈悲、他者の受容 (sense of belonging, empathy, caring, compassion, acceptance of others) などからなっています。そしてその結果、社会への関心 (Social interest) が、ミクロとマクロの両方のシステムレベルでの共通の善と全体の善に貢献する思考と行動として現れます (Thoughts and behavior that contribute to the common good, good of the whole at both micro- and macro-systemic levels)。

アドラーとそれ以外のパーソナリティ理論の大きな違いは、この共同体感覚の役割です。前述した「完全の追求 (Striving for perfection) 」は、その人個人のためと、人類の共通善のための両方を目指すものです。これを「水平方向の追求 (Horizontal striving)」と呼びます。一方、「優越の追求 (Striving for superiority)」は、自己中心的な方法であり、他者に対する自己の優越性を追求するものです。これを「垂直方向の追求 (Vertical striving)」と呼びます。

アドラーの共同体感覚の概念は、ポジティブ心理学の多くの側面に関連があります(Leak & Leak, 2006; Barlow, Tobin, & Schmidt, 2009)。たとえば、希望、他者中心の価値観、楽観主義、向社会的道徳推論、心理社会的成熟、主観的幸福感 (Hope, other-centered values, optimism, prosocial moral reasoning, psychosocial maturing, subjective well-being) などです。それにも関わらずポジティブ心理学の研究者たちは「共同体感覚」というポジティブ心理学の重要な構成概念を無視してしまっているようです。

セリグマン (2002) は「ポジティブ心理学の父」として、オルポートやマズローやロジャーズの名前を挙げています。しかし、アドラーはこれらの「先祖」よりさらに先にポジティブ心理学の原理を見つけていたのです。

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