あの日渡した花の名前を僕たちは知らなかった


はじめて自分で買った花を渡したのはいつだろう?

思い起こすと数十年前に遡る。毎日部活に明け暮れて、マンガや女の子のことで頭がいっぱいだった14歳の夏。あのときの僕たちは、世間知らずで不器用で、大人になったと勘違いした何も知らない小学8年生だった。

夏休みまであと1週間の月曜日。
ホームルームが始まる 8:15 になっても担任の小林先生は教室に来なかった。少し遅れて副担がガラっと扉を開けて教壇に立つ。

「小林先生は、しばらくお休みされます」
  朝の教室がざわめきだす。

「入院して手術されたそうです」
  ざわめきは最高速まで加速した。

「盲腸の手術は無事終わり、来週から復帰されます」
な~んだ、という失望と安堵が混ざった空気の中、副担のホームルームが始まった。

「コッチ入院したってよ」

休み時間、その噂は部活仲間に一瞬で広まった。なんで小林先生のあだ名がコッチだったかは覚えていない。コッチと目の前で言うと本気で怒る、頭が固い僕の担任は部活の顧問でもあった。


その日の練習のあと、部長から僕を含めた2年生3人がお見舞い係りに任命された。3年生は最後の大会直前だし、コッチと関係ある2年生が行くのは自然な流れだ。翌日、部活を休むことを許可されたぼくたちは、放課後正門に集まって病院に向かった。

3年生から何も言われてなかったが、お見舞いの品がいるよねという話になった。お見舞いといえば花だよな、という流れで駅前の花屋に寄る。男3人で花屋に入るのがとても恥ずかしくて、入口で誰が最初に入るかジャンケンで決めた。

あのはな3

親がいない自分たちだけで入る花屋は、薄暗い店内に鮮やかな花がギュウギュウに咲いていて少し怖い雰囲気だ。

「花って高いんだな」
花よりも値札をマジマジと見ていた友だちが言った。たしかに高い。バラの花が一本250円もするなんて知らなかった。予算の千円では4本しか買えない。4(し)本は縁起が悪いので病院には場違いだ。

「一人一本、バラの花を持ってコッチに愛の告白」という案も出たけど即却下。屈強な体育教師にバラは似合わないし、なによりコッチは冗談が通じない。いつも眉間にシワを寄せている気難しい先生なのだ。

ふと見ると、赤、白、黄色と鮮やかにまとめられた花束を見つけた。いくつも置いてあり、500円と値段も手ごろ。お店のオススメなのだろう。これはいい!  これなら予算の半分で済むし、お見舞いの帰りに駄菓子屋でアイスも食べられる。

お店の奥にいたお姉さんに声をかけ、花束一つと500円を交換した。

「おひとつで大丈夫ですか?」

大丈夫です! と元気に答えたぼくたちは店から飛び出した。中2男子にとって花屋にいるのはやっぱり恥ずかしいのだ。店を出てからもオマエが持てよ、やだよオマエが持て、というやりとりを繰り返す。その日2度目のジャンケンで負けた僕は、潰れないように気をつけて補助バッグの中に花束を隠した。

面会の受付を済まして病棟に向かう。たしか4人部屋だったと思う。入口で先生の名前を確認して窓際のベッドにそ~っと向かう。カーテンは開いていてベッドの上で本を読んでいたコッチと目が合った。

「おぉう、オマエたち。来てくれたんか」

見慣れないパジャマ姿の先生は、嬉しそうに笑った。学校では整髪料でビシっとキメてる髪型もフワっとナチュラル。コッチに憧れてる3年の荒井先輩を連れてくれば良かったな、なんて思う。夏の日差しが傾き柔らかくなった空を窓の外に見ながら、ゆったりとした時間が病室に流れる。

“あっ、そうだ” と思い出し、ぼくはバッグから花束を差し出した。
「先生、はやく良くなってくださいね」


「オマエたち… この花どうしたんだ」
コッチの顔が急に真顔になった。サプライズのプレゼントは、渡す方も照れるもんだ。3人そろってモジモジする。

「この花の名前しってるのか…?」
モジモジしながら3人で首を横にふる。


「BUKKA!」

洋楽にハマって英語にかぶれた中2の頭には、知らない単語は全部ローマ字に聞こえるものだ。

「仏花!これは 仏様に供える花なの!!」
学校で見せる厳しい先生の顔に戻っていた。



今なら分かるよ、小林先生…
白い菊に赤いカーネーション、そして小菊に緑の榊。どこからどう見たって仏花だ。病院に持っていっちゃ一番ダメなヤツだ。

あのはな5

気まずい沈黙のあと、先生がブフっと吹き出した。つられてぼくらもゲラゲラ笑う。コッチが人差し指を口にあてぼくらの笑いを制した。

「気持ちだけいただくから、持って帰りなさい」


失礼しまぁす、と病室をあとにするぼくらの背中に声がかかる。
「ありがとうな」

学校で聞いたことのないコッチの優しい声に、やっぱり荒井先輩を連れてくれば良かったと思った。


(おわり)

………

紫 りえさんから受け取ったnoteリレーのバトン。いただいたお題は「花」
たしかに、このテーマは自分では書かないかも。いくつか考えた中で、僕の中で鉄板の笑い話になっている、この話にしました。いや~、無知って怖いですね。おかげで仏花という呼び方を中2で覚えることができました。

りえさんは、ぼくのnoteに初めてコメントをくれた方です。あのときは嬉しかったなぁ。もう1年以上前のことなんですね。
りえさんの作品に強い表現は出てこないんです。一文だけ切り出したら日常のささやかな風景なのですが、それが積み重なって一つの物語になると心に残るメッセージになる。バトンをくれた作品も胸を打つ物語でした。

次の走者は、鳶とピーチさんです。イラストエッセイを中心に毎日投稿をされています。ピーチさんの作品の魅力は、書き出したら止まらないのですが、敢えて一言で言うなら…

カワイイ!

ストーリーが可愛い、イラストも可愛い、キャラクターが最高に可愛い!
読むとクスっと笑えて幸せになる、ハッピーサプリメントnoteです。
特に “ぽよ” と呼ばれる旦那さんが魅力的なんですよね。強面キャラで描かれていますが、家族愛に溢れ、料理も上手、そして力持ち! 男なら誰でも憧れる「根は優しくて力持ち」ってヤツです。

ホントは全作品貼りたいけど、グっと我慢して1つだけ。お家の和やかな雰囲気が滲み出ている作品です。

あと、ピーチさんがnoteで紹介されていたアーティストのPascal Campion
ぼくも大好きなんですよ! 彼の描く光は最高にあったかくて見てるだけで幸せになりますよね。

おっといけない。お題を忘れるところでした。次の走者、ピーチさんへのお題は「はじめての ”美味しい”」です。お子さんとの記念の食事か? ぽよさんとの思い出の食事か? 笑いでくるのか、じんわりでくるのか?
ピーチさんは作品の引き出しがとても多いので、どんな作品が投稿されるか楽しみです! ピーチさん、よろしくお願いしま~す。


sakuさんから始まったnoteリレー
自分の近くを走っているなぁと思っていたら、遠のいて見えなくなって。ある日突然、自分にバトンが渡ってきました。noteの繋がりって不思議で面白いですよね。バトンがどこまで続いていくのか?
ク~~~ッ、考えるだけで熱いっ!





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