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【娯楽の塵】スポーツドリンクの類

清涼飲料水用スチール缶(スポーツドリンク)
 
推定投棄日 1980年

1980年
ルービックキューブ 日本上陸

 人と人は繋がっている。大きな大きなルービックキューブのように。何千、何万、何億という人が時間・空間・感情の軸によって社会を構築している。三つの軸の意味するところは人それぞれ考えが違うかもしれない。違っていたとしても、繋がれている事は変わらない。

 キューブの一つだけを動かすことは出来ない。全部バラバラになってしまっても構わない、バラバラにしてやるんだという気で挑まなければ。ただ、本当にそうなってしまっていいのか。バラバラになる前の一つの大きな集合体とバラバラになった無数の一つ、一つ。

 この娯楽の塵だって一つ一つの塵が集まって積み上がり、費やした時間と、占拠した空間と、日々生まれる感情との軸に繋がれてガッチリとした様を私に見せている。これがバラバラになる時、それが何を意味する瞬間となるのか、その日は来なくてもいいとさえ思えるほどの既存感を孕んでいる。

 カチカチとカチカチと、見えない手によってキューブの隊列は変わり、顔ぶれや環境が知らぬ間に変わっていく。さらにはスピード勝負とばかりに急いで急いで物事が進んでいく。



想像する

目が覚めたら、私は何かの一員になっていた。多分ルービックキューブ。上下に引っ張られる感じと、左右に引っ張られる感じ。何度も何度も引き連れられて、ぐるぐる回されて、自分が何処にいるのか分からない。

センターなのかコーナーなのかエッジなのか、自分が支配する位置が何処かも分からないまま動かされ続けて、ある時にピタッと止まる。

おや、このままでいいのかな、これでやっと止まれるのかな、今、目の前に見える景色をずっと見ていればいいのかな、ああそうなんだな。

そう覚悟を決めた矢先、またぐるぐると振り回される。頑張れば何とか弾き出ることができそうだが、このままでもいい気もしている。数回の回転の後、またピタリと止まる。目をみはるほどの景色が広がっている。これは、初めての景色だな。これをずっと見ていたい。そう思った瞬間、またぐるぐると回転が始まる。


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