見出し画像

54 折れた武器の銘(めい)

 金銭の処理を終えたらしく、奥からセシリーが戻ってくる。
 その時、ウェルジアが手に持つ折れた剣が視界に入り、その顔色は血の気が引いたようになったかと思えば、次の瞬間には高揚して赤みがかり、、、とてつもない勢いでウェルジアの目の前に飛び込んできた。

「ちょォオオオ!!! その折れた剣、なんですか、なんなんですか!? なんでそんなもの持ってるんですかあああああ!!! うえええええええ」

 ズイズイっとすごい剣幕で近づき鼻息を荒くして興奮している。

「近い」

「あああああ、すみません、また!! やっちゃいました!! ごめんなさい!! でも、あああああ!!!!!」

 ウェルジアの方がわずかに大きいとはいえ、意外とセシリーも背が高いのでこうして近くに向かってこられると妙に気を張って思わず構えてしまいそうになってしまう様子である。

「ハァハァ……それ、ごくり、もしかして、ウェルジアさんの剣?」

「ああ、正確には昔、拾った剣だがな」

「ちょっ、ちょちょちょ、ちょっと見てもいいでしょうか?」

「ああ」

 セシリーは剣を受け取りマジマジと見つめると、その表情は徐々に真剣な表情へと変わっていく。

「…すっご、何この剣、、、嘘でしょ。しかも、折れているってことはこの剣を折った武器があるってこと?? 嘘だ? これが折られるなんて事あり得ない!? どういうことなんだ、これ」

 どうにも様子が普通ではない。だがウェルジアには何事かよく分からずに状況が理解できない。セシリーの様子を怪訝に見つめながら声を掛けた。

「おい」

 セシリーはハッとして我に返る

「ああ、ごめんなさい。ウェルジアさん。とんでもないものを持ってるんだね。凄く驚いちゃって、、、息が止まるかと。というかまだ収まりつかないけど」

「この折れた剣がどうかしたのか?」

「ええ、これはとんでもない剣です。ぼくの目利きもまだまだではあるとは思うんだけど……それでも間違いない。この剣はおそらく国級(こっきゅう)の剣である可能性が高いと推測します。実家の父の作の武器でも見かけた事がないくらい凄い剣だから……あ、こんなこというと凄く怒られちゃいそうだな、、、あはは」

 聞きなれない言葉にウェルジアは首を傾げて聞いた。

「国級(こっきゅう)の剣?」

 セシリーはコクリと頷き、説明を続ける。

「ええ、通常は武器はその品質ごとに区分が分けられていて……神話に出てくる神剣、現存はしない幻と言われている神級(しんきゅう)という区分の二本、あと数本この世に存在をしている可能性があると言われている聖剣、そして魔剣と呼ばれている天級(てんきゅう)の区分の武器。そして、今、ぼく達の目の前にあるこの剣は、その次の区分に当たる国級(こっきゅう)と呼ばれる武器である可能性が高いんだ」

 興奮を隠しきれないようにしているセシリーは一呼吸をおいて話を続ける。

「国級(こっきゅう)は現存していてその存在が確認が出来る剣という部分において、最高峰の区分の武器と言えるんだよ。国内でいかに高位の騎士であってもその全員が持てるような武器でもなくて、高位の騎士の方々の中でも更にほんの一握りの人にしか与えられないような物が国級(こっきゅう)の武器なんだ」

 ウェルジアはわずかに思考を逡巡して質問する。

「という事ならば、お前の作ったこの剣が本当に魔剣だった場合はその上の天級(てんきゅう)の武器ということになるんじゃないのか?」

 セシリーはブンブンと首を横に振る。

「いえいえいえ、確かに魔剣のような特性は持ってはいるんだけど、おそらく本物の天級(てんきゅう)となる魔剣はもっと凄いはずだし、ぼくのはせいぜい中級に届いていればいい方だと思う。……ええと、ちなみに作られる武器の区分っていうのが……」

 セシリーは興奮を抑えきれないままではあったが、丁寧にウェルジアに武器の品質に以下の区分が存在する事を説明してくれる。

・下級武具【別名:銅級】
……一般の騎士以外の人でも買えるような武器、とはいえやすやすと手に入る金額ではないものである。

・中級武具【別名:銀級】
……正規騎士達の大半が所持している武器がこの辺りの品質となる。剣だけは現在は所持する者が大分少なく、今は槍や斧などの武器を持つことが主流となっている。

・上級武具【別名:金級】
……通常では作る事が難しい武器。この辺りになると隊を率いるような者や何かしらの成果を上げた騎士が褒賞として与えられるような武器がここに当たる。作れる鍛冶師も限られており、中級よりも一気に数が減る。

・特級武器【別名:白級(はくきゅう)】
……この国の中で現在その数が極端に少ない武器で、剣以外の武器である槍や斧などにとっての最高の区分がここになる。これ以上の区分となると剣のみしか存在していない。有名な武器ではディアナ・シュテルゲンの持つ紅槍ブレイズトリシューラなどをはじめ、現在のシュバルトナインの何名かが所持しているのがこの特級であるという。


・国級武器【別名:国剣級(こっけんきゅう) ※この区分は剣にしか存在しない為、そう呼ばれている】
……この国の中でもごくごく限られた人物、その人の為にのみ作られる武器で、その品質の剣を打てる鍛冶師も数名しか存在せず、お目に掛かる事もまずそうそうないという武器である。

 上記のような区分があることをウェルジアに説明した後、チラチラと剣を覗き込んだ後、ゆっくりと上目遣いになりウェルジアに問う。

「あ、あの……もし、よければなんだけど、柄の持ち手の部分を剣身から外して、茎(なかご)の部分を見てもいい、かな? ダメ、かな?」

「茎(なかご)??」

「あ、えぇと、なんていったらいいのかな。剣の柄は持ちやすいように剣身の上から装飾や部品を被せて手で持ちやすくしてあるんだけど、それを外して剣の金属部分自体の持ち手の裏になっている付近が見てみたくて」

「それで何か分かるのか?」

「これほどの剣なら作った鍛冶師の名前だったり、もしかすると、それを使っていた人の名前が刻印されている可能性があるんだ。もし持ち主の名前が記載されていれば、それは特定の人物の為に拵えられた武器なので、間違いなく国剣級だと断定が出来る」

「この剣を使っていた者……」

 セシリーは声も身体も震わせながら剣を見ている。ウェルジアもそう言われて興味がないわけでもなく手元の剣に視線を落とす。

「……いいぞ、みても」

 そういってウェルジアはセシリーに折れた剣を渡した。

「本当ですか!? ありがとうございます! ふわわ、なんだこの手触り、すごい、すごいよ! ふわああ、、、ゴクリ、、、よ、よし」

 セシリーが道具をどこからか取り出し、慎重に丁寧に柄を器用に外していく。

 その様子を見ているウェルジアも妙な緊張感があった。セシリーの興奮に影響されているという事も大いにある。これまでは気にすることもなかったような事だが、ここまでウェルジアの鍛錬を支えてくれた剣だ。

 もし会う事が出来るのなら、持ち主に一言くらい礼を言いたい気持ちはある。

 勝手に持って行ってしまったものではあるのだが、持ち主が折れて捨てたという事も考えられる。
 その剣に昔のウェルジアが救われた事は紛れもない事実だった。それまでは木の棒きれなどで鍛錬をする事しか出来なかった。そのまま木の棒きれで訓練し続けるだけではウェルジアはここまで強くはきっとなれなかっただろう。

「…………」

 セシリーが硬直している。反応があるかと思ったのだが何か様子がおかしい。

「……どうした?」

 セシリーは壊れた木のおもちゃのようにカタカタと小刻みに震えながらウェルジアを見上げる。瞬きをしてない。どうも呼吸すら忘れているようだ。

「……呼吸をしろ」

「ハッ!!!……スゥー、ハァー、ふぃ……ボクとしたことが思わず……あまりの感動に」

「……で? わかったのか?」

「ええ、ウェルジアさん。落ち着いて聞いて下さい。……ふーっ……すぅー」

 セシリーは大きく息を吐き、そして吸い込んだ。興奮している自分を落ち着かせているようだ。

 微かに口が動き出し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……この剣はどうやら、ええと、ガル・バードヘル?……です……かね? という名の鍛冶師の方が……」

 セシリーは大きくゴクリと喉を鳴らし唾を飲み込んでから大きく呼吸をして言葉を紡いだ。

「……かの国の英雄!! グラノ・テラフォールへ贈ったとされる剣であるようなんです!!!!!!!」 

 セシリーは大分、興奮と感動が押し寄せている様子で目が輝いている。
 これには普段は冷静沈着なウェルジアとて動揺を隠しきれなかった。表情にも大分その驚きが如実に現れている事だろう。

「……グラノ・テラフォール……だと!?」

 ウェルジアも息をのんだ。自分でさえ知っているほどの騎士の名前が出たのだから無理もない事だった。

「……うーん、でも鍛冶師の名のほうは聞いたことありませんね……」

 セシリーはというと鍛冶師の名には心当たりがないようで頭を抱えている。

「これは、グラノ・テラフォールが使っていた剣だというのか?」

 ウェルジアがわずかに震えた声で呟く。

「にわかには信じがたい事なのですが、、、刻印を見る限り、間違いありません。材質自体も正直見たことがない触り心地で、信じられないほどに綺麗な剣身の輝き方ですし、なんていうか上手く言えないのですが、生き物のような感覚があるくらいですよ」

「……そうか、こいつとは話せないのか?」

 先ほどセシリー自分の作った剣に喋りかけている様子を思い出し、もしかしたらとウェルジアは聞いてみる。

「はい、他の人の作ったものは残念ながらボクでもさすがに。ただ銘、この剣の名は裏側に刻印されていたので分かりました。……フォールサルベシオンという名が、この剣には与えられているようですね」

「フォールサルベシオン」

「武具自体に特定の名前が付く物は特級以上でないと付けてはならないと定められているんだ。加えて持ち主の名前まで記されているとなると国剣級の物と考えてまず間違いないでしょう……まさか、こんな所でお目に掛かれるなんて……まだぼくも心臓がバクバク鳴ってる」

 ウェルジアは奇妙な縁を感じていた。
 生徒宿舎区画内の自分の部屋にある書物も著者はグラノ・テラフォールのものであったからだ。

 そして、この折れた剣。この国の英雄など、遥か遠い雲の上の存在だと思っていた。
 そんな人物に所縁のある物を自分が所持しているとは露とも思わなかった。
 だが、セシリーに言われて今更ながら腑に落ちる事もあった。武器屋で比較した剣と握り心地が比べ物にならないと感じていたのは、そういう事だったのだ。
 
 投げ売りされているような剣と国級の剣との差を肌身で感じていたということになる。
 つまりこの剣によって自然とウェルジアの剣への感覚も高く研ぎ澄まされていたという事に他ならない。

「……あの、ウェルジアさん」

 セシリーがおずおずと声をかけてくる。目線があっちこっちに動いている。

「この折れた剣、ちょっとぼくに預けてもらえませんか? こんな凄い剣を調べられることなんて人生でこれから先にあるとも限りませんから、その」

「ああ、いいぞ……なら、もし、可能であるなら、直してほしいんだが」

 ウェルジアは即答した後、要望を伝える。

「ななな、直す!? 国剣級の武器をぼくがですか!? うー、う~~ん」

 セシリーは思わず眉間に皺を寄せて難しい顔をした。

「難しいのか?」

「その、言いづらい事なのですけど、そもそもぼくの腕が足りない事がまず一つ。次に問題なのが仮に普通に市販されている程度のレベルの材質の武器の修復であっても剣身の部分だけはやはり特殊で。基本的に剣を作る際に使った金属と全く同じものがないと難しくて。しかも同じ種類の金属というだけではなく、同じ材質というのが特に入手が難しくて、、、含まれる成分までほぼ同じであることが必要だったりもして。更に言うなら制作されたときと同じような環境で同じ温度の窯で溶かして、作られたときと同じだけの時間、叩きあげる必要があったりとかもするから、とにかく剣の制作された過程、工程そのものを見ただけで全て判断できる神がかり的な目利きが出来ないと修復するなんて不可能なんです」

 セシリーはやや早口に捲し立てて話してくれた。

「そうか」

 ウェルジアは僅かに肩を落とした。その様子を見てセシリーはわたわたと声を掛ける。

「ああ、でもでも前例がないわけではありません!……神話の中に出てくる神剣が生まれる前のお話の中に出てくるアドーヘルという名の鍛冶師が打ったとされる魔剣は何度折れてもその度に強い剣に打ち直されていたという逸話があります」

「神話の中、空想上の話の中の出来事だろう、本当に可能なのか?」

「ううーん……では、その方法も含めて調べるという事ではいかがでしょうか?」

「わかった。好きにしろ」

「あ、ありがとうございます! ではお預かりしますね。ウェルジアさんがボクの剣の使用報告に来た時にこちらも随時進捗をお知らせするという事でいかがでしょうか?」

「構わない」

「はい、ありがとうございます!」

 セシリーはにっこりとした笑顔をウェルジアに向けてお辞儀をした。用は済んだとばかりにウェルジアは折れた剣を預け、新しく手に入れた剣を腰に差して立ち上がるとスタスタと足早に入口へと向かった。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております!!」

 ウェルジアの背中へとセシリーの元気な声が投げかけられた。


 店を出ると既に外は暗くなっている。だが、商業・娯楽区画には明かりが灯る。
どういう原理なのだろうか? と見るたびにいつも思う。ウェルジアは明かりを見上げた。辺境の村でではそんなものは見たことがなかった。余裕のある民家のみ蠟燭に火を灯すことがあるのは知っている。
 ここに来るとそれが当たり前でまるで別世界だ。半年間をここで過ごしたとはいえ未だに慣れない事も多い。

 ウェルジアは再び歩き出し、生徒宿舎区画へと向かう。その後ろ姿が少しずつ闇へと消えていく。

 静かな夜の帳。

 新しい剣を手にしたウェルジアは暗闇を歩き一人呟いた。

「一体、やつはどこにいる」


 西部学園都市ディナカメオスでの単騎模擬戦闘訓練、オースリーがまもなく、始まろうとしていた。


続く


作 新野創
■――――――――――――――――――――――――――――――■

双校は毎週日曜日の更新

双校シリーズは音声ドラマシリーズも展開中!
「キャラクターエピソードシリーズ」もどうぞお聞きください。

なお、EP01 キュミン編 に関しては全編無料試聴可能です!!

声プラのもう一つの作品
天蓋のジャスティスケール」もどうぞご覧ください。
天蓋は毎週水曜日に更新

■――――――――――――――――――――――――――――――■ 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?