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Fifth memory (Philia) 03

「おーい、待てよ。ヤチヨ」
 
 女の子から少し遅れて、赤い髪と瞳の男の子がその女の子の名前を呼びながら河原を降りてくる。

「んっ? 誰だお前?」
「ひっ!!」

 僕はその声に驚き、小さくしていた体を更に縮めた。

 この時の僕は、サロスが何故かすごく怖く見えたことを今でも覚えている。

 きっと、ヤチヨが僕と楽しそうに話していたから、機嫌が悪くなったサロスが怖い顔をしていたからだろう。

 昔からサロスは独占欲というか、無意識ではあるんだろうけど、ヤチヨを独り占めしようとしている節があった。

 なんでそんな風にしてしまうのかわからないと、本気で悩んで僕に相談してきたことも何度かあった。

 今考えれば、間違いなくこれは【恋心】だったんだろうけど、僕も本や話で聞いたことはあっても、恋心自体は知らなかったから二人でうんうん唸っていたこともあったっけ。

「ヤチヨ、誰だこいつ?」
「あたしも知らない。でも……」
 
 ヤチヨが僕に向けて右手を差し出してきた。

 それが、なんだかとても怖いことのように思えて、思わず目を瞑る。
 
「怖がらないで。あたしヤチヨ、あなたの、お名前は?」
「ふぃ、フィリア……」
 
 ぽそりとようやく絞り出した小さな小さな声でヤチヨに自分の名前を伝えた。

「フィリアね。こっちは、サロスだよ。ねぇ、フィリアは何を読んでいるの?」
 
 僕は、どうしてよいかわからず閉じた本をギュッと握りしめたまま、ヤチヨとサロスの顔を交互に見ていた。

「なんだ、こいつ? おい、ヤチヨ、こんなやつ放っておいていこう——」
 
 この年頃の子供なら、サロスの反応が正しいだろう。
 
 誰だって、怯えて、声も小さいやつと遊んだって楽しくない。
 
 そんなことはわかりきっているはずなのに……。
 
「あたしも、一緒に読んでいい?」
 
 そう言って、ヤチヨは僕の隣に座ってきた。

「あっ……!!」
 
 そんなヤチヨの行動に、思わず驚きの声をあげた。

 ふんわりと風に揺れる髪と柔らかそうな頬をぐいっと近づけてきたヤチヨに僕の胸は壊れてしまうくらいにドキドキしていた。

「おい、ヤチヨ聞いて——」
「あたしね、シスターがよく読んでる古い本けっこう好きなんだ。あっ、内容はわかんないんだけどね」
 
 急に握られた手に動揺し、何を話したかは正直覚えていないけど、ヤチヨの笑顔だけははっきりと今も覚えている。

「だから、フィリアの読んでる本もきっとあたしには難しいと思う。でも、フィリアの好きなものを教えてほしいな」
 
 初めてだった、家族以外で僕をちゃんと見てくれる人に出会ったのは。

 もしかしたら、あの頃も変わらないヤチヨの強引さに負けただけかもしれないけど……。

 一つ言えることは、その瞬間、僕の小さな世界はこじ開けられたってこと。

 強引で、力任せなやり方なのに、触れ方は信じられないくらい優しくて……。

 ヤチヨのこういうところは昔から本当に変わらなかった。

「……この町の歴史、兄さんが少しでも読んでおけって」
「へー、この町の歴史って本になってるんだ」
「書いたのは、僕のお爺ちゃんなんだけど、お父さんが読んで、お兄ちゃんが読んで、今は僕が読んでる」
 
 言いながらゆっくりとヤチヨの方へ顔を向けると、ヤチヨは心底楽しそうな表情を浮かべていた。
 
 そんなヤチヨに、僕の胸はまた大きく高なっていた。

「ヤチヨ~遠くには行かないから探検、行こうぜ〜そんなやつ放っておいてさぁ!」
 
 サロスが少し離れたところで、ぶつくさと文句を言っていたけど……。

 そんな言葉が気にならないくらいに、ヤチヨへ本について語っていた。
 
 ヤチヨは僕の話を何もわかってないようだったけど、それでも楽しそうに聞いてくれた。

「またね~フィリア」

 段々と辺りが暗くなり、そろそろ帰ると僕が言うと、ヤチヨとサロスも一緒に帰り道を歩いてくれた。
 
 分かれ道へたどりつき、僕が二人と別方向に歩き出すと視界の端に手を振っているヤチヨが見えた。
 
 僕は勇気を振り絞って振り向き、ヤチヨに向けて小さく手を振り返した。

 その瞬間、なんだか、急に恥ずかしくなった僕はそのまま全速力で家へと走った。
 
 きっと、手を振り返した時に見えた、ぶんぶんと嬉しそうに手を大きく振る、ヤチヨの笑顔を見たせいだと思う。

 この時の出来事を僕はいつまでもきっと忘れないだろう。

 大切な、僕の思い出の一つだった。

続き

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