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97 結実せざる誓い

「見事……あれが? 見事だって?」

 シュレイドの表情が苦渋に曇る。悲壮感が漂う中、身体が微かに震えていた。半ば落ち着き始めていた状態のはずが再びフラッシュバックする感覚に奥歯を噛み締める。

「ああ、勝ったお前も。負けた、ゼア・クレアスクルも」

 そんな様子など気にも留めず男は喜びさえも含んだ声色で言い放つ。
 
思わず反意を込め意義を唱えようとするが血の気の引いた口からでたのは「あんな殺しが、見事な訳ないだろ」そのたった一言。

 その言葉を耳にした直後、男は途端に激昂し睨み付けてくる。心を貫くような視線がシュレイドに向けられる。

「敗者の侮辱をするな!」

 そう言うと、途端に落胆したように肩を落とし溜息を吐く。

「……思った通り。そうか、やはり、恐怖しているのだな。命を奪ったことに」

 シュレイドは唇を噛みしめ、拳を握り込む。

「怖いと思っちゃ、ダメなのかよ」

 男は悲し気な表情を浮かべる。どうして自分がこのように責められているのか分からない。

「これでは、ゼア・クレアスクルも浮かばれん」

 思いもよらぬ言葉に喉の奥が詰まるような、絡みつくような感覚が走る。

「な、に?」

 シュレイドから視線を逸らさず男は語る。その瞳には強い意志が宿っていた。一体どのような矜持を持って生きてくればこの男のような目が出来るのだろうか?

 そういえば祖父も同じような目をしていた。シュレイドに剣を教えてくれていた時の目がまさにこのような目だった。

 男は射抜くような視線のまま話し続ける。

「どのような形でも命が消えゆく者を見送る際に傍に居るというのは、その者の一つの運命だ」

 思わず身体が硬直する。窯の中で揺らめく炎のごうごうと燃え盛る音だけが静かに耳に入る。時折パチパチと木材の爆ぜる音も混じり、空間に響き渡っていく。

 次の言葉を男が紡ぐまでの時間はとても長く感じられた。

 
「見送る者は、抗えぬ死が訪れた者の際に零す思いを全力で掴み、握り締めて自らの胸にねじ込まねばならぬ」

 なんだよそれ

「去りゆく者の魂を、意志を引き継ぐのは、生きる者、全ての理であり、死にゆく者との最後の約束を結実するのにも等しい」

 どういうことなんだよ

「誓いだ」

 もっとわかりやすく言ってくれよ

「……難しくてよく分かんねぇよ」

 その言葉を最後に男は張り詰めていた空気を弛緩させる。パチパチと木が爆ぜる音が反響するように脳内に残る。

 男はスッと手を差し出した。
 
「剣を貸せ、抜けないようにすればいいのだろう? すぐに済む、待っていろ」

 俯いたまま返事をする。
 
「ああ、悪い、頼む」

 剣を男に渡し、受け取った男は柔らかく笑みを浮かべた。

「もし、この剣を再び抜き放つその時が来たら、この俺と戦うがいい。シュレイド、それが俺との約束だ」

 男を直視できないまま、言葉だけが明確に今の心境を形作っていく。
 形を成した言葉は自分の本心だった。
 
「俺はもう、誰も殺さない」

 言葉を聞いて目の前の男は大きな高笑いを響かせる、その声に炎が小さく揺らめく。

「今のお前に俺が殺せるとは到底思えんが、一つ忠告しておく」

 ――やめてくれ

「相手を殺してしまうというのは、自分が未熟だからだ」

 ――ちがう、そうじゃないんだ

「あの時、お前がもっと剣の扱いに長けてさえいれば、剣の軌道を途中で逸らすこと位、造作もなくできたという事を忘れるな」

 ――出来たんだ。いつもなら逸らせてた

「いや、更に言えば、そこに至るまでに相手を動けぬほど叩きのめしていれば、死ななかったのではないか?」

 ――俺が最初から全力で戦っていたら

「いたずらにお前が戦いを引き延ばしたから、あのような事になったのだと気づくがいい」

 ――ゼアはきっと死ななかった

「誰も殺さないという選択が出来るのは、誰よりも強い、そう、頂点に立つ者だけだ」

「頂点の者、だけ」

 一瞬止まった剣に合わせてこちらもタイミングをずらせばよかったんだ。ただ、それだけで、剣と剣をぶつけて終わり。

 それで、良かったんだ。

 でも

「後は自分で考えるがいい、覚悟のない弱者よ」

 ゼア・クレアスクルと戦った時の表情が再び心に宿り、瞼の裏に焼き付いて映り込んでくる。

 必死の形相、強い意志、心が響く声。

 ゼアは、全力であの時を生きていた。いや、これから先だってきっと生きようとしていた。生きるつもりでいた。

 その覚悟を俺は真正面から受け止められなかった。

 だから目を逸らすようにゼアの剣じゃなくゼアに刃を向けてしまったんだ。

 剣が好きな奴なのは出会ってすぐに分かった。だから、どこかで自分と同じだと思ってしまってた。

 でも、俺なんかよりもあいつの中にはゼアの剣が存在した。

 剣は理由なんかじゃなかった、あいつは理由の為に剣を振るっていた。

 自身の理想の実現のため?

 だからこそ、中身のない空白な俺の剣が模倣であると強く実感してしまったんだ。
 
 そうか、英雄、グラノ・テラフォールの完全模倣。

 認めたくなかった気持ちが、あの時、剣を振り切らせた。

 羨ましかったんだ。ゼアが、自分の剣があるゼアが。

 剣筋からゼアを思い出せる、あの剣閃が。

 羨ましかった。

 俺の剣は誰が見ても思い出すのはグラノ・テラフォールその人だ。

 技術、知識、知恵に至る何から何まで

 それらを用いてきた俺は何も考えずにただ楽しく剣を振っていただけ。

 本当に笑える。

 だから、いつまでも英雄の孫なんだ。

 誰の目から見てもシュレイドなんかじゃなかったんだ。

 いつまでも、俺は俺になれないままな理由が分かった気がする。

 全部、こいつの言うとおりだ。

 俺は、弱いんだ。

 でも、それが分かったからって、どうすればいいかなんて。

 全然、わからねぇよ。

 赤く照らされている背中が鞘に対して作業している間、微動だにせずその作業を見つめ続ける。瞳の奥底にある心は誰にも見通せなかった。

 カン、カン、カン

 耳にこだまする金属音は遠いあの日の記憶を何度も呼び覚ます。男が言っていた言葉を反芻していると、また途中から祖父の言葉が寄せて返す波のように聞こえてくる。

――――シュレイド、よいか? 考えて動いたのでは間に合わないこともある。だから、ただただ繰り返すんじゃ。ひたすら思考が挟む余地のなくなるほど身体に、肉体に染み込ませ続けるのじゃ。反復し、想像し、それが無意識となるまで、ただ愚直に繰り返すのじゃ、そうして練り上げた剣は、いつか、いつかお前を――――いつか、いつかお前を、救ってくれる力となるじゃろう。

 じいちゃん。そうだな、確かに言う通りだった。

 剣は俺を、救ってはくれたよ。

 命を救ってはくれた。

 じいちゃんは何も間違ってなんかなかったけど。

 でも、魂は救ってくれない。

 こんな気持ちになる位なら俺は自分の命が救われない方が、よかったって思ってしまうんだ。

 ゼアの剣に斬られて終わっていればよかった。

 あの時いなくなるべきは俺だったんじゃないか。

 自然に動く身体に思考が追い付く余地があの時あったんだ。

 でも、ゼアの目を見たら、出来なかった。彼の剣から自分の剣を逸らしたくないと刹那に思っている自分がいた。

 これも、あの時の一つの後悔なんだろうか?

 ザリザリと心が削れる音が鳴る。

 カン、カン、カン

 ザリ、ザリ、ザリ

 ザー、ザー、ザー

 流れる滝の音に耳を澄ませて瞑想を終えた後、じいちゃんと川辺の岩に腰掛けて話していた記憶。

『今のお前にはきっと分からん話じゃろうが、いつか必要になる事を話しておく、儂が居なくなってからでは遅いからのう』

 今こんな話を思い出すという事に、偶然ではない何かを感じる。

 カン、カン、カン、カチャ、カチャ、カチャ

 男が作業する音が耳に入る中で、俺の意識は遠い彼方へと飛び続ける。

 祖父が目の前で流れる濁流にも似た厳しい顔つきで話す。いつもみたいにニヘラ顔で俺は話を聞いている。
 
『なぁに?』

 なぁにじゃねぇよ。もっとちゃんと聞いとけよって。あの頃の記憶に言ったところでどうにもならない。

『シュレイド。今の前は剣を使う事が楽しくて仕方がないじゃろう?』

 あの頃は本当に楽しかった、何もかもが。

『うん』

『じゃが、いつかそう思えない時が必ずくる』

『えー、そんなこと俺には絶対ないよぉ』

 すげぇよじいちゃん。ほんとだったよ。

『そうであれば、勿論それが一番いい。じゃが、よいかシュレイド?』

『うん』

 楽しくない時、本当にきたんだ。

『剣を扱うという事は、自らの魂を扱うのと同じ』

『どういうこと?』

 なんとなくだけど、今なら伝わる。

『自分に嘘を付くような剣は振るうことは出来ん』

『嘘は付けない?』

 本当にじいちゃんは、すげぇや。

『今のお前は一人で剣を振っている事の方が多い、剣と剣で語れるのは儂との稽古の時のみ。だから今はわからぬやもしれんが、剣を続けていればいつか誰かの魂を傷つける事が起きる、そして、誰かの魂を終わらせる時が来る』

『たましい?』

 俺、凄い奴の魂を、ゼアの魂を、終わらせちゃったんだよじいちゃん。

 俺なんかよりずっとすごい剣を使う男をこの手で。

『そうじゃ、だから剣を振るうのが苦しくなった時はそれを認め、苦しみの原因を自らの魂に刻め』

『刻む?』

『それが、傷つけた者、終わらせた者の責務、剣を打ち交わした者同士の誓いじゃ、覚えておきなさい』

 今の今まで忘れていた俺が全部悪いんだ。

 言われたことをなんとなくしか、朧げながらにしか聞いてなかったから今になって気づくんだ。

『せきむ? ちかい?』

『……お前の魂には普通の者よりも多くの願いが眠っている』

『おおくのねがい?』

『ああ、それを忘れんようにな。まだこんな小さな子供であるお前に、このような話をせねばならぬ儂を、許してくれシュレイド』


 意識がこうこうと赤く染まる色を遮った。
 男が鞘に入れられている剣を差し出してきていた。

「終わったぞ、持っていけ」

 シュレイドは立ち上がり、鞘から抜けなくなった剣を受け取るとありがとうと、一言そう告げてこの場を去っていった。


続く


新野創
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