Sixth memory (Sophie) 16
「どうしたの? ぼーっとして」
ヒナタさんはそう言いながら少し笑みを浮かべて、冷めてしまった二人分のコーヒーを入れ直して、ボクの向かいへと座った。
「ええ、ふと昔を思い出してました。ホッチョムーテルを食べたあの日のことを」
「ああ、懐かしいわね。あの頃は……ごめんなさいね。ソフィ、私もちょっと暴走気味だったかも」
ヒナタさんは少し気恥ずかしそうにクスクスと笑った。
……あの頃は、かぁ……。
たしかに、暴走頻度は圧倒的に少なくはなったけど、完全になくなったわけではありませんよね。
という、言葉が喉元まで出かかったが、飲み込み、ボクはただ愛想笑いを浮かべた。
「今となっては良い思い出です。楽しかったですね。あの頃は」
「そうね」
二人ほぼ同時にコーヒーをすする。
ヒナタさんもボクの言葉を聞いてあの頃を思い出しているのかも知れない。彼女にしては珍しく言葉にはせず、ただ小さな笑みを浮かべて窓際を眺めていた。
「ヒナタさんは、楽しかったって良く言っている学生時代とボクとフィリアさんと過ごした自警団時代、どちらが楽しかったですか?」
「えっ!? それは―――」
ヒナタさんが、ボクの質問に本気で困った表情を浮かべ向き直る。
あの頃のボクからは信じられないことだが、時たまヒナタさんのこんな表情を引き出せるようになった。
それほどまでにボクたちは長い時間を……3人で、過ごしたのだ。
そんな関係から1人が居なくなって、もうずいぶん経ってしまった……。
「……もぅ! ソフィも最近、少し意地悪になったわね」
「ハハハ、そうですね。そうかも知れません」
内心では何も変わっていないと思っていた。
いや、そう思いたくはないけれど。
ヒナタさんの言うように、少しずつ確実にボクはあの頃より変わっているけど、変わっていない。そんな気がしていた。
無力な自分にため息が出る。
あの日、フィリアさんが消えた日。
自警団の大規模な必死の捜索でも、結局フィリアさんを見つけることはできなかった。
ボクたちが見つけることができたのは、天蓋から直ぐ近くの岩場に座っていたヒナタさんと紫色の髪の少女だけだった。
その少女がフィリアさん達が守ろうとしていたヤチヨさんという人物であるというのは後から聞いた。
あの時の光景はとても不思議なものだった……。
ヤチヨさんの胸に顔をうずめて泣いている大人のヒナタさん。
その頭を見た目が完全に少女のヤチヨさんが優しく撫でて励ましているという光景。
それからほどなくして、二人は共同生活を始め、同時にヒナタさんは正式に自警団を辞めて小さな診療所を開いた。
彼女曰く、いつ建てられたのかわからない。古い空き家を改修したそうだ。
そしてボクはというと、自警団を今も続けている。
フィリアさんが抜けた穴を埋めようと自警団はアイン団長の推薦もあってボクを急遽、昇進させた。
勿論、昔のようにまたこの件も物議を醸したというのは言うまでもない。
が、結果としてボクは晴れて、団長となった。
けれどフィリアさんのいない自警団に対して既に魅力をボクは感じてはいなかった。
……今のボクは、団長としてアインさん、ツヴァイさん、ドライさんと共にあの日に起きた天蓋襲撃に対する事態の収拾に当たる自分の団の団業務の日々を過ごしつつ、徐々に退団することも頭をよぎりはじめていた……。
『そんなことも分からないで、命の重さも分からないで、気安く命をかけるなんて言わないで!!!』
天蓋急襲時に、ボクが対峙した女性の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
命の重さ、か。
きっと誰にも理解できないその重さ……命って、なんだろう……。
自警団でフィリアさんの背中を見ながら必死で追いかけて、ここまで進んできた。
けれどボクにはあの人のように必死に生きる理由はない。
いや正確にはあった。フィリアさんを助ける為に命をかける覚悟があった。
……そのつもりだった。命の重さ、か。
答えの出ないそんな状態を続けている。
今後のことを決めなければならないと頭ではわかっている。でも、続けるにしても辞めるにしてもその決意への一歩を踏み出す気持ちになれない。
けっきょく、ボクは ナニモノ にもなれていない ハンパモノ でしかない。
「そろそろ、ヤチヨが帰ってくるわね。お夕飯の準備、しなきゃ。あっ、そうだ、ソフィ、あなたも良かったら食べていかない? 大したものはだせないけど」
「えっ……ですが!!!」
「いいから、いいから。あなたのことだから、きっと今日もフィリアみたいにろくに食べもしないで仕事ばかりしていたんでしょ? すぐ作るわ。何か、リクエスト、ある?」
そう言ってヒナタさんが立ち上がり自嘲気味にボクに笑いかけた。
決して生活が楽ではない、彼女たちの食材を消費するのは心が痛むがここで断れば余計にヒナタさんを悲しませてしまうことになる。
ボクが消費した分に関しては次に食料を持って来る時、余分に渡せば良いだろう。
そんなことを考え、ボクはヒナタさんに小さく笑いかける。
「……あれ以外、なら何でも」
「えぇ、わかったわ」
ヒナタさんは笑いながら、キッチンへと入っていく。
ボクは、料理ができるまで本を読んでいることにした。
本を読みながらも頭の中では今の状況を整理していくように頭は働く。
最近の行方不明者の増加によって、食料事情も日に日に悪くなっていた。
人口は減っているのだから、むしろ余ったりするのではないかとも考えられる。
確かに人口は減っている。が、同時に食料を生産する人も減っているのだ。
過去の歴史では、疫病が流行した際に沢山の人間が飢饉で亡くなったと教わったが、それと近い状況だといっても過言ではないかも知れない。
自警団の内部でもそう言った事情を考え、急遽、農作を行う為の仕事が発足された。
ツヴァイ団長の指揮の元、残る農家の教えをもらいつつ知識を蓄えている。
今はまだ民間に提供できるほどの量は確保できないが、将来的には提供できるようになるはずだ。
ただ、これ以上の行方不明者が発生した場合はそれすらも保障できない。
そうした状況下で試作品として育てられている食材をボクら自警団は、購入することができる。
味は市販のものと比べれば劣るが食べられないわけではない。
そういったものをヒナタさんたちの家を訪問するたびに渡している。
彼女らの喜ぶ顔を見られるなら、多少の苦労などなんてことはない。
しばらく経つと、キッチンの方からいい匂いが漂ってくる。
そういえばお昼もなんだか食べる気がしなくて今日は食べていなかった気がする。
そして、ただ待っているのもなんだか急に悪い気がしてボクは本を閉じ、キッチンへと入っていく。
「ヒナタさん、何か手伝うことありますか?」
「座っていていいわよ。お客様なんだし」
「いいえ。タダメシだけは食うなって、ツヴァイさんからの教えがありますので、お皿でも並べますか?」
「そう、じゃあ、お言葉に甘えようかしら。その棚の大きめのお皿どれでもいいから三枚並べておいて」
「わかりました」
ボクは、言われたとおりに食器棚からカラフルなお皿を三枚取り出し。
テーブルに良い感じに並べて整えていた。
『そんなことも分からないで、命の重さも分からないで、気安く命をかけるなんて言わないで!!!』
そうしている間にも、天蓋で会った名前も知らないあの人の言葉が再びボクの頭の中で響き続けていた。
つづく
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