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33 夕闇の人影

 学園内の一画、練兵場区画の入り口付近の広場にシュレイドは訪れる。
なぜか異様に生徒達が多くこの場所に来ている。

 一対一で行われるはずなのにどうしてこんなに? とシュレイドは疑問に思う。それもそのはずで、ほとんどの情報を彼は同室のフェレーロにより知らされていなかった。

 知っていたのは、この場所と、そして、早朝に伝えられた自分の戦いが始まるタイミングだけ。


 周りで騒めく人だかりによって出来ている人垣を割り割くようにして一人の生徒が、真っすぐに歩いてきた。シュレイドは視線を向け……その人物と目が合う。そして、驚きに目を見開いた。


「……」

 その人物は、以前に会った時とは全く違う空気を纏い無言でシュレイドの前に現れる。声をかけようとした瞬間、ピグマリオンが間に現れ二人へと声をかける。

「既に諸君らにも伝わっているかと思うが、今回のオースリーでの生徒同士の戦いの勝利条件を再度、この場で通達する」

「…勝利、条件??」

 ピグマリオンはシュレイドの反応に一瞬、笑みを浮かべた後、口を開く。

『今回の勝利条件は、相手の四肢のいずれか三か所以上の怪我、欠損による戦闘不能状態、もしくは絶命のみとする。戦闘が続行可能な状態にある以上は最後まで戦い抜くこと。それここそがシュバルトメイオンが求める真なる騎士の姿である』

 シュレイドは自分の耳を疑った。

「これが国からの今回の命(めい)となる、二人とも心して臨むが良い。この戦いの見届け人はこのピグマリオンが行う。準備はよいな」

 周辺にいる生徒達も興奮した様子で場を見守っている。

「ちょっと待ってください!! 俺はそんな話聞いてない!」

「定刻通り、戦闘は開始される」

 じわじわと先ほどのピグマリオンの言葉、勝利条件を元に戦いが始まるということへの理解が追い付いてくる。

「まて、まってくれ、こんなこと、こんなこと…俺は……俺は……聞いて、ない……」

 目の前の人物はゆっくりと自らの鞘を目の前に掲げ、構えを取る。

 学園内の放送から時計の針のような音が鳴り始める。異様な空気が学園内に満ちていく。
 ピグマリオンは大きく息を吸い込んで宣言した。彼の声は学園内の放送システムを介してオープニングバトルで待機する生徒達へと届けられる。

「…単騎模擬戦闘訓練、オースリー!!」

 ピグマリオンの声が開始を告げる言葉を紡ぐ。

「まってくれ!!!!!!!!!」

 シュレイドの声はピグマリオンの声に上書きされる。

「戦闘開始!!!!!!!!!!!!!!」

 シュレイドは目の前の人物にありったけの声で叫ぶ

「ゼア!!! まってくれ!!!!!」

 叫ぶ声も空しく、構えた鞘から無駄のない動作で刀身を抜きはらったゼアの剣がシュレイドに迫る。

「グッッ」

 横一線に振り切られた剣線をシュレイドは体重を後ろに倒して回避する。鼻先を掠める剣先に迷いはなく全力で振り切られた剣はシュレイドの前髪を僅かにはらりと切り落とす。
 この戦いを観戦する生徒達からは開始早々のゼアの一撃に歓声が上がる。周りもまだ始まったばかりの戦いの熱に浮かされており、その熱は徐々に場の空気を支配していく。この場所の全てが戦う事を強要するような空気へと変わっていく。

「くっそ!!!!! 話を聞いてくれ!!!」

 言葉が届いていないはずはないのだがゼアは聞く耳を持たずに視線をシュレイドから一切外さない。尚も攻撃の手を緩めることはない。未だ剣を抜けないシュレイドは防戦一方になるより他なかった。攻撃を交わし続けているシュレイドは自分の身体の変化にようやく意識が向いてくる。

(く、そ、なんだ、なんなんだこれ、身体がッッ、思うように動かないっ)

 そんなシュレイドの様子など関係なしとばかりにゼアの攻撃は繰り返される。ゼアが真っすぐに放った突きを顔の寸前で躱した直後、シュレイドの右肩に鈍い痛みが走る。

「グッッ、ッつっっ!? なんだこれ!?」

 小さく飛沫舞う流血がシュレイドの動揺を更に誘う。確かにいまゼアの放った突きを躱したはずだった。だが実際には肩を掠めた剣がシュレイドの身体を捉えていた。何が起きた分からないが、何らかの攻撃を受けてしまったのは間違いない。

「…なにが起きてる!?」

 シュレイドは一足飛びにゼアから距離を離して飛び下がる。相手の動きは視界に捉えていたはずだ。

 着地したシュレイドはふらつきその場にしゃがみ込む。

「っ、はぁ、はぁ、はぁ」

 息が上がるシュレイドはゼアを真っすぐ見つめる。その眼には自分に向けられた殺気が宿っていた。久しぶりに見る人の殺気のこもった眼。この眼をシュレイドは知っている。
 かつて祖父、グラノ・テラフォールとの剣の訓練の際に度々向けられた眼に似ている。
 けど、少し違う。その違いを今のシュレイドは理解できないでいる。それこそが彼の身体を重くしている現象であった。

「……俺は、負けない。誰にも」

 ゼアは一言、そう呟いて再び剣を構えてシュレイドを睨みつける。

「まてよ! 俺は、俺は戦いたくない!!」

「なら、ここで俺の騎士の道の為に死んでくれ!!!!」

「なっっ!?」

 ゼアは低姿勢で地を這うような突進でシュレイドへと飛び迫る。シュレイドが反応した瞬間、タイミングをずらすようにシュレイドの元へたどり着く直前に曲げた右足を地面に勢いよく突き立てるゼア。
 これまでの突進の勢いを右足で食い止めて、その力を減衰させないように身体を捻って力の向きを回転に逃がす。
 ドリルのように回転した身体はそこに繋がる腕へと回転の力が加えられ、その勢いを全く殺すことなく、空へと落ち上がる滝のようにシュレイドの足元から地面をも一緒に切り裂きながら捻り斬り上げるように剣はシュレイドの胴体を切りつけてきた。

 一瞬の踏み込みのタイミングのズレにより身体の制御のバランスを失ったシュレイドへとゼアの剣は吸い寄せられる。

「終わりだ!!」

「しまっっっっ…かわせなっ!!?? ッッッうあああああっっ」

 シュレイドの居場所を探していたメルティナとミレディアは、人だかりが出来ている場所があるという情報を頼りにこの場所へと走り込んできていた。
 人垣をかき分けた先で二人はその瞬間を目にする。

 シュレイドが初めて誰かに切り裂かれている姿だった。

「あああっ!?」

 目の前の初めて見るシュレイドが切り裂かれる光景にかつての記憶が重なりミレディアの表情は青ざめる。

「イヤぁあああああ!!!!! シュレイドォォっっ!!!!!!!」

 シュレイドを視界に捉えたメルティナの絶叫がざわめく周りの生徒の声を貫き、空につんざくように大きく響き渡った。




続く

作 新野創
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