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45 だからどうしてわたしが

「…安心して。食堂で戦うつもりなんかないわ。やるのはそこのぽっちゃりと食堂を愛する者としてプライドをかけた遊びをするだけ」

 ショコリーは警戒する周囲に向かって声をかけてなだめる。
 前回に行われた集団模擬戦闘、通称ギブング。学園内を二分して行われる戦いにおいて、ショコリーの名前は一気に知れ渡っていた。

 集団戦においても尚、西部学園内では戦闘の上で一対一の形式での決闘に近い形で戦いが行われるのが美学、暗黙のルール、セオリーとされ長年に渡り定着していた。
 寄ってたかって少数を攻めるような戦い方は卑怯という考え方が深く浸透している。
 実際の戦場ではそんなことは言っていられないという事を知らない生徒達はいつの間にかどんな戦いにおいても、個の力を誇示する事こそが目的となってしまっていた。

 そんな中でショコリーは一度に多数の生徒を相手にしてそれを同時に倒すという通常あり得ない規模の戦果を挙げた。

 ティルス率いる軍が布陣していた戦場の陣形の一画を完全に崩壊させ、戦局を大きく傾けた。
 どのような方法でそれを行ったのかその場に居た生徒全員が意識を失っていた為に誰に聞いても何が起きたかはわからない。
 その不気味さに噂が噂を呼び、ショコリーの名は西部学園内で急速に知れ渡っていった。

 しかし、それだけの事をしたにも関わらず、命を落とした者が一人も居ない事は幸いであったと言える。

 そうした噂から未だに警戒が取り去れない周囲の状況をよそにサブリナは全く別の事で憤慨していた。

「キィ~~~~!! ぽっちゃりじゃないだわよ!! それに遊びじゃないだわよ!! 本気の勝負なのだわよ!!」

 サブリナは大声で即座にぽっちゃりを否定する。と同時に自分よりもビビフ肉を平らげているはずのショコリーのスラリとした身体が目に入り今更、わなわなと震え出して「キィィイイイ~」と奇声を上げる。

 突然、ポケットから滑らかな淀みない動きでハンカチを取り出し、端を噛みしめて引っ張りだした。

 どうやら悔しいらしい。が言葉にはせず行動に走ったようだ。ハンカチは引っ張られた直後、薄紙のように引きちぎれた。

 (え、え、何この殺気だった食堂の雰囲気、てかハンカチ破けたんだけど、すごっ)

 リリアは忘れかけていた自分の置かれている今の状況を思い出しつつ、冷静に起きた事象に反応する。視界に捉えられているサブリナは二枚目のハンカチを反対のポケットから出して引きちぎっていた。

 リリアの目が点になっていた。

「皆、落ち着きなさい。大丈夫よ」

 食堂内に緊張感が続く中、銀髪の少女が一声上げて静止する。さして大きな声ではないのにも関わらず、声はスーッと食堂内に通り抜け生徒達の耳に入っていく。
 それは絶対的な信頼感と安心感を生徒達に与え、周囲の空気は落ち着きを取り戻していった。

 ティルスはショコリーへと視線を向ける。だが、噂に聞いていたほどの恐ろしさは感じられなかった。寧ろこの小柄な少女が本当にあの噂のような事を行ったのか、どうにも信じることができない。

「そう、貴方が、ショコリー」

「ええ、そう言えば会うのは初めてね。ティルス・ラティリア会長」

「そうね…」

 僅かにティルスとショコリーはお互いを値踏みするように視線を交わした。
 ティルスは食事を終えていたようで、ショコリーから視線を外すと席から立ち上がり、数名を引き連れ食堂の外に向けて歩き出した。

「サブリナ。私は行くわ。リヴォニアにはここに居て頂戴。もし、何かあれば二人で何とかしなさい。まぁ問題ないとは思いますけど」

「かしこまりました。ティルス様!」

「はい、ティルス様!! 大丈夫!! お任せくださいだわよ」

「頼むわね」

 流麗に歩き食堂を去っていく後ろ姿、揺れる銀髪の美しさも相まってこの場の誰もが目を奪われていく。その姿に食堂内は完全に落ち着きを取り戻していった。

「ティルス会長、ね…あの女、只者じゃねぇな。あいつが西部の個人ランキング一位なのか?」
「いや、違う名前だった気がするけど上位にいるのは見たよ。でも珍しいよね。貴族が学園にいるなんて、しかもあの方、ラティリアって…本当かな」
「ラティリア? それがどうした」

 ゼフィンは「ははっ」と笑いながら答える。

「本当に君は戦いの事以外は相変わらず疎いんだね。ラティリア家といえば双爵の地位にある家名のはずだよ」

「双爵ってなんだ?」

「貴族の最高位の爵位の事さ。この国で最も王族に近い権力を持っている貴族。騎士になんてなろうとする必要はまるでない気が僕はするんだけど。どうしてここにいるんだろう?」

「ほーん、ま、つええならそれでいい? じゃ、これが終わったらアイツとも勝負しに行こうぜ」

 ドラゴとゼフィンの二人もティルスの一挙手一投足に目を奪われていたが、気を取り直して、目の前の二人に確認をする。

「んで、話は戻すが、俺達もその勝負に混ざっていいんだよな?」

「ふふん、いいだわよぉ!!! では、この4人で、いざ!! 大食い勝負といくだわよ!!!! キィイイ!!」

 ビリリリリッ

「…ふーっ、やってやるだわよ」

 三枚目のハンカチを引きちぎってようやくサブリナは落ち着きを取り戻したようだった。

「「……」」

「……えっ」
 ゼフィンが目を丸くする。
「……はぁ?」
ドラゴが口をあんぐりと開けた。

「「…………」」

 どうやらこの二人は勝負という単語に惹かれてやってきただけのようで、それが《大食い》の勝負であるとは今の今まで気づいていなかったようだ。

「「……お、大食い勝負ぅーーーーーー!?!?!?」」

 二人はまるでコンビのように同じリアクションをしながら両手を上げてポーズを取っていた。タイプこそ違うが根っこは似たもの同士なのかもしれない、とリリアはそれを見て思っていた。

 その直後――

「さぁ、では、審査委員長リリア!! 場の準備は整ったわ! 始めましょう!」

 ショコリーからそんな声が飛んできた。

「え"っっ!?」

 ――リリアはいつの間か審査委員長に任命されていた。

「審査委員長って何!? ていうか何を審査するの? 大食い勝負なんでしょぉおおおお!?」
 リリアの言う事はもっともであるが誰も聞く耳を持たない。

 チーン

 そんな音が聞こえた気がする。

 その瞬間、リリアの視界を横切った影が、奇妙な物体を片手に持ちながら口の近くに添え颯爽と現れる。

「さぁ、それではショコリー選手!! サブリナ選手!! ドラゴ選手!! ゼフィン選手!! 4選手による第1回 西部学園都市ディナカメオス大食い決闘大会ぃいいいい!! いよいよ始まります!!」


「……誰?」


「いよいよですね。リリア審査委員長」
「記念すべき大会の幕開けですね。リリア審査委員長」
「どんな食べっぷりが見れるのか楽しみですねリリア審査委員長」

「えーと…だれ? 貴方達」

 ――リリアの座っていた席の隣に知らない三名の生徒が何故か無駄に偉そうな雰囲気だけを纏い、どっしりと腰を下ろしていた。

「さぁ!! リリア審査委員長!! 大会開始の宣言を!!」


 その声に出場選手たち、そして、食堂内にいる一部の生徒を除き、ほとんどがリリアに注目する。何かを期待するような眼差しでキラキラした目を向けてくる。

「だからどうしてわたしが…」

 リリアの座るテーブルの前には、審査委員長と書かれた紙がいつの間にか張られ、垂れ下がっていた。



続く


作 新野創
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