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71 特級剣ミラサフィス

 こうして、西部学園都市ディナカメオス内で起きた騒乱は幕を閉じた。

 その後、リオルグの担当区域にいた生徒達は全滅と判断される事になった。
 全員の安否を確認することが出来なかったのだ。

 不可解な事に死体さえ存在しておらず、生死不明と学園では判断して報告を上げたが、国からは全員戦死という判断が下された。
 中には学園内でも上位にいた実力のある一部の生徒達も含まれており、西部学園全体の総力もこの事件で大きく減少してしまった事になる。

 しかし、これほどの規模で生徒が死亡と判断される戦いは東西の学園による模擬戦イベントである【イウェスト】であっても前例のない異常な事態であり、国は学園に対して、これまでにない対応の指示を決定し通達した。

 また、通常は学園内で命を落とした生徒への赤紙の対応は国の管轄となるが今の混乱の中で現在は送られていない。
 いずれ今回いなくなった生徒達の家族へも赤紙は何らかの形で届けられることだろう。

 騒乱の首謀者とみらるリオルグを生徒会長ティルスが討伐することで終息を迎えたという事は瞬く間に国へも伝えられ、彼女の評価は更に上がっていくことになった。

 西部学園都市で模擬戦闘があった他の区域でも多くの犠牲者を出してしまっているものの、歴戦の教師達の奮戦もあり被害は最小限に留められた。

 大なり小なりの差はあれど教師が生徒達と力を合わせて、この苦難をどうにか乗り越えてることで、成長出来たものも多い。

 しかし、貴族の一部からは戦いを忘れた騎士達に丁度いい薬だ。などという声も起きるなど、事件の影響は大きく拡がっていた。

 とはいえ、今回の事件においてとりわけ貢献度が高いとされた生徒には学園からの勲章の授与が特別に行われる運びとなった。

 ティルス・ラティリア
 セシリー・スミス
 ゼフィン・ブレイズ
 ミハエル・フリューゲル
 アストリア・ヴィンセント
 フェリシア・モーガン
 レイ・メサイア

 その中でも特に今回の事態の解決に繋がるような活躍をした者達の名は九剣騎士(シュバルトナイン)の面々へも通達されている。

 問題としては今回の事件の情報を得られるはずの人物であるリオルグは結果的いなくなっており、今後の対策などの方向性が定められずにいることだ。
 教師間では日々、話し合いの場が設けられていたものの対策として良い案は未だにまとまってはいなかった。



 窓から風が吹き込み、カーテンを揺らしている。人の気配を感じてゆっくりと上半身を起こそうとした。

 うまく起こせない身体が突如ゆっくりと起こされる。
 丸太のような太い腕に背中を支えられベッドから上半身を起こした。

「ようやく目が覚めたと聞いてな。怪我の具合はどうだ?」
「ふん、脳筋ジジイも暇なもんだね。こんなとこに来る時間あるのかい」
「そういうな、まぁそれほど悪態が付けるなら問題ないともいえるか」
「死に損なっただけさ。二度と剣も振れないただのババアにこれからどう生きろというんだろうね」
「……」
「戦いの中で死ねる最後のチャンスだったはずが。全く、また、死に損なっちまったよ」

 プーラートンの腕は動かず、ベッドから自力で起き上がる事ももう難しいと伝えられていた。
 まだ若ければ回復も見込めたが、今の年齢ではそれも絶望的だという。

「それでも、まだ見せる背中を必要とする奴らはおるとも」

 マキシマムの隣に立ち並んでいたウェルジアとドラゴが頷いた。

「あんた達は、確か、あの時、飛び込んできたバカ二人だね」
「……プーラートン先生」

 珍しく殊勝な顔をしたドラゴがプーラートンへ首を垂れる。

「あんたに、いや、あなたに、俺は剣を教えてもらいてぇんだ」
「俺もだ」

 隣にいたウェルジアも同じ望みを口にした。

「こいつらはどうだ?」
 マキシマムはニカッと笑みをこぼす。プーラートンは一つ呼吸をするとドラゴを真正面から見つめて口を開く。

「ふん、本気で剣を振るうつもりならべリアルドの小僧、お前にあたしの流派の剣を高める才能はない。だから教える気はないね」

「……そう、か」
 大きく肩を落としてしまう珍しいドラゴの姿に思わず笑みが浮かぶ。
「かはは、そうあからさまにしょげた顔をするな小僧。あたしの流派なら、の話だ」
「え」
「あたしのエニュラウス流は技術を主体として力の無い者でも剣で戦えるように創意工夫して高めてきた流派じゃ。どうみてもお前はそこの脳筋ジジイと同じタイプだろう……おい、マキシマム」

「なんだ?」
 腕組みをして部屋の壁にもたれかかり、プーラートンと視線を交わしたマキシマムは怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。

「こやつを教えるのは、背を見せるのはあたしじゃない、お前の役目じゃろ、、、どうせ、お前も、もう一度昔のように帯剣しようと今回の件で考えとるはず」

 マキシマムは僅かに驚くように目を大きく開き、頭をボリボリと搔きむしった。

「……ワシが剣を使っていたことを知っとるのか?」
「当たり前じゃ、昔、剣を使って戦場に出ていた騎士の名前は全員覚えておる。ハハ、ま、とはいえほとんどのやつはあたしが負かしてやったがね。残念ながら、お前はぶっ飛ばす前に剣を使わなくなっていたから忘れとった」
「はは、もう何十年も前の話だな」
「古式の剣流派……アダマイト流の使い手、だったはずだろう」
「そこまで覚えているのか」
「まだボケちゃいないよ」

 プーラートンとマキシマムの会話に入れない二人も聞きなれない流派の名に興味があるようだ。
 ウェルジアがぽつりと零す。
「アダマイト流、聞いたことがない流派だ」
 ドラゴも同意するように頷く。

「そりゃそうじゃ、師範代となれる使い手が今はほぼおらんとされている廃れた流派じゃ。ワシも遥か昔はその流派だったが、途中で自分には合わんとやめた。小僧が学ぶならそっちのほうがお前に合うじゃろう」

「……マキシマム先生」
 ドラゴがマキシマムへ向き直り頭を下げる。
「俺に、剣を教えてください」
「乗り掛かった舟だろ。教えてやれ。脳筋なお前の事さ。どうせ鍛錬自体は飽きもせず続けておったんじゃろ」
「はぁ、本当にいけすかないババアだよあんたは」
「カカカ、拳を使って戦い続けているはずの男の掌にそんなに剣タコが出来ているはずはなかろうて」
「確かに剛の剣であるアダマイト流はドラゴ。お前に向いているとは思う。だが、ワシの鍛錬は甘くはないぞ」
「望むところだぜ先生。ありがとうございます」

 ドラゴが喚起するのを微かに不機嫌な様子で眺めるウェルジアはプーラートンを睨みつけた。

「俺には教えてくれないのか? プーラートン先生」
「……お前、テラフォール流を誰から学んだ?」
「本だ。グラノ・テラフォールが残した本を昔、もらった」
「それだけか?」
「ああ」
「そうか、なるほどな。手ほどきする者がおらなんだのか。道理で違った流派のようにも見えたわけだ」
「それで、どうなんだ」
「お前もワシの流派の才能はないだろうね。テラフォール流が身体に馴染み過ぎている。その癖を抜くのは無理じゃろ」
「では俺はどうやって強くなればいい」
「ワシの流派自体は教えてやれんが、お前はワシと同じ道に進むがいいさ」
「同じ道?」
「ああ、独自の流派の創設だ。お前だけの剣のな」
「俺だけの剣」
「ワシも今でこそ、弟子は多くおるが、最初は自分の為だけに流派を立ち上げたからな。お前にはテラフォール流を基盤としながらも独自の発想を持って振れているような気配があった。可能性はあるだろう」
「自分の流派」
「ま、とはいえ簡単な事じゃないがね。さて、少し疲れたね。マキシマム。話はまだあるのかい?」
「……そうだな。今年のイウェストの中止が早々に決まった」
「イウェストが中止? 双校制度の歴史上では初めての事だね。国も今回の事件を重く見てくれているという事かね」
「だと、思いたいが」
「含みのある言い方だね」
「……この話は今はやめておく」
「分かったよ」
「では、邪魔をしたな。さ、お前達も、行くぞ」
「「はい」」

 マキシマムが背中を向ける。

「プーラートン。忘れないでくれ。ワシらにも、まだできる事が残っているということをな」

 マキシマムが先導して三人は連れだったまま室内から出ていった。プーラートンは開いた窓から空を見上げた。事件のあったあの日とは違い青く澄んだ空が視界に入る。

「二週間も眠っていたなんて人生ではじめてだねぇ……ふぅ、腕は、やはり動かせそうにないか」

 左手で右腕を優しく撫でた。

「こんな形であたしの剣の道の歩みが潰えるなんてね。考えてもいなかった。はぁ、アンタがうらやましいったらないよ。グラノ」

 左手に自然と力が籠められる。

「アンタはきっと最後まで騎士として、死ぬまでその志を胸に秘めたまま剣を振れたんだろうね。ほんと、うらやましい限りだよ……」

 静かにその青を見つめ、しばらく沈黙したあと呟いた。

「さ、エニュラウス流の開祖として、あやつへ最後の仕事をするとしようか」

 コンコンと扉をノックする音がする
「噂をすれば、だね」

「失礼します。お身体の調子はいかがですか」

 銀の髪を靡かせてティルスが医務室へと入ってくる。小さく礼をしてプーラートンの傍へと近づく。
「ふん、白々しい。あたしがもう剣を振れない事は知ってるんだろう?」

 窓の外を眺めるプーラートンは視線をティルスへと向けずに話し出す。
「……はい。すみません」

「ふん、バカ弟子だねぇ。別にオマエに謝らせたいわけじゃないさ。で、リオルグにトドメを差したんだってね。聞いたよ」

「はい、先生から教えていただいたあの技のおかげで」

「そうかい。どうだった?」

「はい?」

「誰かを自分の意思で本気で殺すってのはどんな気持ちだった?」

「ッッ」

「いくら怪物になったといっても元は人間だ」

「……そのような事、考える余裕もありませんでした」

「だろうね。オマエはどっかねじがぶっ飛んじまってる所があるしねぇ。いつ無くしたのねじかは知らんが」

「すみません」

「今日はよく謝る日だねぇったく。謝る事はないんだ。オマエのおかげでこの西部学園都市の生徒達の被害は最小限だ。結果的にあたしの尻ぬぐいまでさせちまった」

「それも聞きました。先生があいつの力を限界まで削っていなければ私も簡単に倒すことはできなかったはずです」

「謙遜することはないさ。で、こっから先の景色は見えたのかい?」

「はい。やはり私は騎士になって、弱き者を助ける剣となることをこれまでより強く心に決めました」

「……弱き者を助ける剣、か。アイツも似たようなこと言ってたねぇ。そうかい」

 プーラートンはここで初めてティルスへと向き直る。視線が真っすぐに交差する。それを見て彼女はゆっくりと顎をしゃくり、ある方向を差した。

「……先生の剣?」
「ああ、特級剣ミラサフィス。この武器だけはお前との稽古でも一度も抜いたことすらなかったね」
「はい」
「抜いてみな」
「え、私が、ですか?」
「ああ」

 促されるままにティルスは剣を取り、ゆっくりと引き抜いた。
 驚くほどに薄く、刀身は軽いように見えるはずなのにとてつもなく重たい。
 物質的な重量じゃなく、その剣にかかる『何か』の重さがティルスの腕に伝わる。

「なんですかこの剣、すごく、重い、です」
「……そうか。重いかい? ふ、ほとんどのやつは鞘ごと持っても軽いというもんだがね」
「これが軽いだなんて、とても思えません」
「そうか……よし、こいつをお前にやる」
「へ? えええええええ!? と、特級剣ですよ!? 国から賜った剣だと聞き及んでおります! そのような剣をそんな軽々しく譲渡するなど」

 思わず普段出さないような声を出すティルスをみてプーラートンはたまらず吹き出す。

「ぷははは、なんだいアンタも年相応な顔出来るじゃないか、いつも仏頂面してる大人ぶったクソガキだと思っていたが」
「もうっ、先生っ!!……それにエニュラウス流には私の他にも先達の方々も多くご健在でいらっしゃいます。その方々を差し置いて――」
「安心しな。アンタが双爵家の娘だから特別扱いしている訳じゃない」
「……先生」

 真面目な顔で話すプーラートンの表情が次の瞬間には破顔して、まるで同年代の少女に話すようににんまりと笑む。

「お前、好きな奴がおるんじゃろ」
「え、ええええええっ、どどど、どうして」
「カカカッ、昔のワシと同じ顔しとるんじゃ。恋慕の情を持って剣を振っていること位わかるわい。あたしが何年生きとると思っとる」
「そ、そう、ですか。わかりやすいのでしょうか?」
「どうかね? 少なくともおそらく他のやつにはわからんじゃろうけどな」
「ならどうして……」
「……そして、その焦がれる相手はもうこの世にはおらんのじゃろう?」
「……それは」

 ティルスの顔が曇る。やはりそうかとプーラートンは自分の予想通りであることに驚いたが表情には出さなかった。

「やはりな、お前の方がその相手を亡くした時期はかなり早いと見える。アタシの方が長く追い続けられたという点では幸せであったのかもしれんな」

 ティルスの心中を気遣うように笑いかけるプーラートンにティルスも小さく笑顔を見せた。
「……先生」
「何か、約束か、もしくは誓いが己の内にあるのじゃろ?」
「はい」
「ならいい。ミラサフィスはもっていけ。その剣は必ずお前の助けになるはずだよ。ティルス」
「でも」
「もう、アタシは剣を振れん。持っていても持ち腐れるだけだからね」
「……」
「……アタシの人生の後悔ごと、まるっと持っていきな。そして、お前は絶対に後悔をする生き方をするな。いいね?」
「……はい、ありがとう、ございます」
「身体がもう少し動くようになったら、最後のとっておきをお前に教えてやる。アタシも生きてる間にこれ以上は後悔したくないんでね」
「……ありがとうございます」
「ふん、いつかアンタが剣姫と呼ばれるようになるのをアタシは楽しみにしてるよ」

 こうしてまた一つの時代が終わりを告げ、次の世代へと受け継がれていったのだった。



続く


作 新野創
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