73 休まらない日々
西部学園都市の生徒会では騒乱後の混乱を落ち着かせるためにメンバー達が学園内で奔走しており、ようやく一段落がついていた。
ティルスが今回の事態を収拾に活躍していた事もあって彼女を連れた生徒会のメンバー達がトラブルの起きたという場所へ赴くだけで解決が出来ていた事は救いだった。
こうして学園内を巡り、多くの生徒を落ち着かせた。生徒会室へと戻った面々は今回のトラブルの残務整理を行っていた。
この所、まともに昼食も取れずに動き回っていたサブリナのお腹が激しくグゥ~~~~~っと鳴る。
「はぁぁああああ、ここの所、学園内のどこを歩いていても話しかけられて困るのだわよ。早く落ち着いて、ゆっくりと食堂に行きたいのだわよ~! お腹空きすぎてーーーーーーこのままじゃ、痩せてしまうだわよ~」
「ちょ、サブリナうるさい……というかお前はそのまま痩せろ。……確かに生徒会の役割は生徒達の不満のはけ口になることじゃないはずなのに」
負傷した自らの左腕の痛みに顔を歪めながらリヴォニアが嘆息する。
「あれだけの事が起きたんだもの。無理もないわ。それよりリヴォニア。あなたも怪我をしているのだから休んでていいのよ。無理はしないで」
ティルスはしずかに書類にサインをしながらそう伝えた。
「大丈夫です。書類を確認するくらいなら問題ありません」
「そう、わかったわ。出来る所までお願いね。でも、生徒会のみんなもその多くが無事で本当によかった。今はまずそれを喜びましょう」
「……はい」
リヴォニアが小さく返答する横で作業をしていた少女も口を開く。
利発そうな表情を浮かべ、身の丈に合わない長くてだぼだぼのローブを纏っている生徒、レインがティルスへ視線を向けて問う。
「今回の首謀者であったリオルグ先生を会長が討伐したというのは未だに実感が湧かないなぁ、いや会長が弱いとかいうつもりはないんだけど、流石だよねぇ」
「私一人の力で成せた戦果ではないわ。それに結果的には生徒会のメンバーだって二人も騒乱で欠けてしまったのだから、決していい結果とは言えないわ」
「……それでもだよぉ。下手すれば全員が終わっていたかも知れない和わけだし、流石は我らが生徒会長サマだよ」
レインが頭を垂れ、ティルスに敬意を表する。
「ふふ、ありがとうレイン。その気持ちは素直に受け取っておくわ。けど、貴方達も皆、それぞれよく自分の居た区域を守り切ったわね。それだって素晴らしい事なのよ。しかもレイン、貴方の区域には剣を使う生徒は一人も居なかったと聞いているわ」
ポリポリと頭を掻いて苦笑いを浮かべる。
「うん、後の報告で弱点を知ったしね~。いやぁ、もっと早く知りたかったよね、そういう情報、あはは。まぁ伝達する方法もなかったし、仕方ないんだけどさ」
サブリナが首を傾げながらレインへ質問する。
「でも、だとしたら、レインはどうやって戦ったのだわよ? 剣でなら何とか倒せる! みたいな情報も無しになんとかできるような怪物達ではなかっただわよ」
「確かに。今後にもし同じ事態が起きた時に戦闘に役に立つ戦い方を貴方達の区域の生徒達がしている可能性があるわ」
レインは思い出すように人差し指を顎の下に添えて天井に視線を向ける。
「ううーん、とはいっても、ただひたすら怪物達の出現が収まるまで耐えていただけなんだけど」
「その倒せない相手によく耐えたられたわね。とてつもない数が襲ってきていたもの……」
「それが、その、うちの区域は他で報告があったほどの数の怪物が現れてなかったんですヨネ~」
その場に居た生徒会の面々は顔を見合わせて疑問を表情に浮かべる。
「それは、どういうこと?」
「せいぜいが同時に10匹くらい? 現れるのがいい所で。となると当然こちらの方が数は多かったし、皆で一斉に蹴散らしてやつらの身体が治るたびに攻撃するみたいにスローペースで戦うことが可能な余裕が十分にあったというワケ」
「区域によって出てきた怪物の数が異なっているという事かしら?」
ティルスも首を傾げてその不可解な情報を頭に入れて思考を巡らせていた。
「報告書でみた情報だけだとよくわからないかもだわよ。正確な数なんて誰にも分からないわだよ」
「そうね、一体どういうことなのかしら」
「はあーーーもうむりだわよ。頭もお腹も限界だわよ!!!!!」
サブリナが椅子に座ったままテーブルに突っ伏した。
「少し休んでサブリナ」
「はいぃい。とにかくまずはお腹空いただわよぉ……」
サブリナはそう言うとピクリとも動かなくなった。
「レインたちが居た区域の場所は確か」
「マルベイル渓谷付近の一帯の区域だヨ~」
リヴォニアが考え込むティルスに話しかける。
「ティルス様、場所が何か関係があると睨んでおいでですか?」
「ええ、場所によって怪物達が出現した数に何か関連性がないかと思って」
それまで沈黙を保っていた影がティルスの視界に入る。
「関連性自体は不明だが……俺とレインが居たマルベイル渓谷はかつて竜が居たという伝説がある場所だ」
壁にもたれかかり、腕組みをして話を聞いていた男が会話に混ざる。
「ちょっと、アンタ、いるなら少しは書類手伝うだわよ!!」
サブリナがガバッと机から上半身を起こしぷりぷりと男に睨みかかる。
男は懐から何かを出すとサブリナへ放り投げた。
「……まぁ、あんたの分の仕事は任せるだわよ」
サブリナは即座に携帯食料に買収された。
「で、へランド。その伝説は私も神話の本で見て知っているけれど何か気になる事でも?」
へランドと呼ばれた男子生徒が考え事をしているようなその表情がティルスは妙に引っかかる。
「ああ、実はあの怪物とやらが現れている間に渓谷の奥から地鳴りのような響きがあったんだ。他の者はそれどころじゃなかったようで、まるで気付いてなかったようだが」
「なるほど、貴方はとても耳が良いものね」
「そこでだ、会長。渓谷の奥地を調査する許可を頂けないだろうか」
「え、マルベイル渓谷の?」
「ああ、少し調べておきたくてな」
ティルスは僅かに困った顔をしてへランドに返答する。
「学園内で人が居る範囲の場所なら管理が認められているし、生徒会でも判断できるのだけど」
「……会長が許可を出すのは無理なのか?」
「ええ。模擬訓練などの時にしか使わないような僻地に行くのは少なくとも教師の許可が必要で、、、いや、今回の騒乱の事に絡んだ調査だし、もしかしたら」
今回の事は本当にどんな情報でも拾っておく必要があるはずだ。教師達も今後の事を考えれば少しでも情報が欲しい。
となれば許可を得るのも通常よりもハードルは低いかもしれなかった。
「一度、調べておく必要があると俺は思う」
「分かったわへランド。マキシマム先生かプーラートン先生に確認して聞いておくわね。ただし、一人ではいかせられないからそのつもりで」
「一人の方が動きやすいのだが、仕方ない」
「今は何が起きるかわからないんだもの。単独行動、ましてや勝手な行動は避けて頂戴。これ以上生徒会のメンバーが減るのはかなり困るわ」
「理解した」
へランドはそう言うと再び壁に背を預けた。
「ティルス会長。それからリオルグ先生が担当していた区域の消えた生徒達のことなんですが……」
「……国の決定が気になるのでしょう?」
「はい。全員死亡の認定を下すなんて、一人として死体も見つかってないのに」
「そうね、けれど誰一人として見つからない以上は、国があのような判断をするのも今は仕方ないと思うわ」
「けど、一切の捜索もせずに判断するのが早すぎると思いませんか?」
リヴォニアのいう事はもっともだった。ティルスもその点は気になっていた事だ。
考え難い思考が頭をよぎる。
「国は、何か知っているんじゃないか? とは思いたくはないけど可能性の一つにはなりそうね」
「学園側の教師達も今は全員信用が出来るとはいいがたい状況ですから、もう少し時間をかけて判断はするべきことだと個人的には思っています」
ティルスは少しの逡巡の後、全員に視線を飛ばした。
「みんな、ここからの話はまだ生徒会の外には出さないでもらえるかしら」
「??」
「……近く、学園に九剣騎士(シュバルトナイン)のどなたかが今回の事件の調査に派遣されてくるそうよ」
「九剣騎士(シュバルトナイン)の方が!? いったいどなたがいらっしゃるのでしょうか??」
微かにこの場が色めき立つ。学園に九剣騎士(シュバルトナイン)が訪れるなど極めて異例な事だ。事の重大さを改めて生徒会の面々は感じる事になっていた。
「どなたがいらっしゃるかは私にも分からないの。流石にそこまでは教えてはもらえなかったわ。それともう一つ極秘な事で、マキシマム先生が秘密裏に教えてくれたことなのだけど」
ティルスは僅かに言い淀む。
「あの騒乱が学園内で起きていたタイミングで、学園の外、つまり国内の各地でもあのモンスター達が現れた場所がいくつもあるらしいの」
「はい?? えと、でもリオルグ先生は学園に居ましたよね!? 外で何かをするなんて事が出来たとはとても思えませんが」
へランドが口を開く。
「……そうか、単独ではない可能性が高くなったということだな」
「ええ、プーラートン先生もそうおっしゃってたわ。まだ、これで終わりではないだろうと」
生徒会の面々に動揺が走るのがわかる。無理もない。まともな対策も考えられていない。だが、国の騎士たちの存在もこの国にはある。
学園の外の事は正規の騎士達がどうにかしてくれるだろうと誰もが同時にそう考えていた。
代弁するかのようにリヴォニアがティルスに確認する。
「外では国の正規の騎士達が居ますし、どうにかなったんですよね?」
「……ええ。ただ、犠牲もかなり大きかったようよ」
「もしかして、学園内では偶然に剣を使っての攻撃に効果がある事が分かったけど、それに国の騎士が気付けなかったって事?」
へランドに貰った携帯食料を頬張りながらもごもごとサブリナが頭に???を浮かべる。
「今の国の正規の騎士の間では帯剣しているものは学園内よりも更に少ないと聞くだわよ。そのせいで気付けなくて、レイン達の区域のようにジリ貧になっていたのなら」
「そうね。ここ数年、剣を使う生徒が少ないまま、正規の騎士になる者達が多くいたもの。それも当然と言えるわ。それに騎士を目指す者が必ずしも皆戦闘技術が高いものばかりではないもの。今の時代は特に」
正規の騎士達が自分の家に仕えていた為、知っている。彼らは最終的には入学前のティルスよりも弱かったと記憶している。
平和な時代における弊害ともいうべき問題ではないかと前々からティルスも懸念はしていた。
「ところで、どうして剣なんだろうか?」
へランドが疑問を投げかける。
「あ、それ思ったよ。当然のように剣なら倒せる。という情報が共有されているが、なぜ剣以外だと倒せないのか、が気になる、よね」
リヴォニアも同じく疑問を持っているようだ。それはティルスとて同じであった。
「殺傷能力だけで言えば他の系統の武器を使っても変わらないはずだ」
「……それも含めてまだ分からない事ばかりなのよ」
リヴォニアが何かを思い出すように呟いた。
「……神話の物語では逆に剣では倒せないようなゴジェヌスが出てきたことがあります。おとぎ話の中の事ですから信憑性などは全く持って皆無ではありますが」
「……それも、ただのおとぎ話だと、今回の件で思えなくなりそうですわね」
「念のため、時間はかかるかもですが、学園内の各生徒達の使用武器やその扱い、練度などを把握しておいた方が良いのではないでしょうか?」
「そうですわね、このような事が起きないとも限らないのは確かですわね。そちらも、教師側へ提案しましょう。剣を扱う生徒の把握だけでもしておけば今後同じことが起きても戦力を分散して対処できるものね」
対処を続ける生徒会の面々にも疲れが見え始め、西部学園都市内はこれまでになく活気のない空気に包み込まれていた。
続く
作 新野創
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