93 東部学園都市の変化
西部学園都市ディナカメオスで起きたリオルグ事変、一人の教師が起こしたというその出来事は王都、そしてここ東部学園都市コスモシュトリカへも伝わっていた。
生徒達の中にも大きな不安が拡がり、次はここ東部でも起きるのではないか? などという噂も飛び交い始める。
単騎模擬戦闘訓練、通称オースリーで起きた学園の歴史上でも異例の出来事は現場を見ていない東部の生徒達の心をも侵食し始めていた。
「正直、助かりましたわ。このような物言いは不謹慎かもしれませんけれど」
生徒会室に集まる者達の前でエナリアはぽつりと呟く。スカーレットがエナリアに真っすぐ向き直り告げる。
「ですが、エナリア様。誰かが命を散らしたとしても国が主導である三つの学園での行事で今回のように中止になることなど前代未聞だと。これまでに起きた事がないと教師の方々から聞き及んでおります」
それは周りの全員も同じ意見のようで、一年生のメルティナ以外は周知のようで肯定の空気を醸し出す。
「そうね、つまりそうしなければならない事態が起きたという事。それも私達では考えも及ばない何かが、、、とはいえ生徒会としては命拾いしたと言えるのも事実ですわ」
チラリとエナリアはカレッツへと視線を向ける。視線の意味を分かっているのかいないのか、カレッツはニッコリと微笑んだ。
「ええ、全くどうなる事かと思いましたよね! 一度も女の子のヌクモリティを知らないままで怪我でもして、この学園から強制的に追い出される事になれば大変です、ええ実に大変ですよね!!」
カレッツは笑顔のまま涙を流しながらガッツポーズした。模擬戦闘をしなくてよくなったことに心底喜んでいるようだった。
室内でピョンピョンとうさぎ跳びで飛び回り、時折止まっては頭を掻きむしっていた少女がカレッツの前にすっ飛んでくる。
「アタシは戦えなくてフラストレーション溜まりまくりなんだけどよぉ? なぁ? カレッツぅ、ん? どうしてくれんだァ?」
アイギスが拳をパキパキしてカレッツの目の前でパァンっと反対の手のひらに打ち鳴らして睨みつける。
「ひぇ、アイギスちゃん。落ち着こう。うん、そうしよう。その拳は誰かを殴る為にあるもんじゃないはずだよ! あ、なんなら僕のお肉をぷにぷにしても今なら許しちゃう!! いや、寧ろしてほしい! あ、いや、それに睨むとその可愛い顔が……台無しだよ?」
カレッツがニッとして歯がきらりと輝いた。血管をピクピクと動かすアイギスは歯をカチカチと鳴らす。まるで動物の威嚇のようだった。
「あ~~~、おめぇはまた懲りずによぉ!!! アタシは可愛くなんかねぇよ!!」
アイギスがポカポカとカレッツのお腹に拳を放っている。どうやら手加減はしてくれているようだ。
「あたたたた、暴力、ぼうりょくはんたー、、、んん~、あ、ぁ、この振動割と気持ちい、癖になりそ」
「そのまま昇天しちまえ!」
アイギスはカレッツの胸倉を掴んで椅子から引き上げる。無防備なカレッツに強烈なボディがめり込んで、その大きな体躯がくの字に折れる。
「お、いいの入ったな。スカッとした」
アイギスは一時的にフラストレーションが解消されたのか、満足げな表情でカレッツの胸倉を離すとストンと席に着いた。
「……ボクのこの肉壁を掻き分けてこれほどの衝撃が届くなんて、、、どこに、、、そんなパワーがある、の」
カレッツはお腹をさすりながらもよろよろと席に着いた。
エナリアは今の状況をどうするか思案しているのか、今の二人のやりとりに辟易しているのかは分からない難しい顔をしている。
暴れていた二人の机を挟んだ正面ではエルが一人深く考え込む。ガレオンは横目でエルを視界に捉えるとと小さく呟く。
「……」
「エル。どうした? 考え込んで、何か気付いたことでもあるのか?」
しかし、その言葉が届いていないのかエルはそのまま微動だにしない。
「……」
「エル?」
そこでようやくハッとなったエルがいつもの柔らかい空気とは微かに異なる雰囲気を纏いガレオンの方へと顔を向ける。
「……あ、ええ、ガレオン。どうしたの?」
「何か気になる事でもあったか?」
僅かな逡巡の後、エルはコクリと小さく頷く。
「ええ、少し」
「……そうか」
「ええ、気が向いたら話すわ」
「わかった」
短い二人のやりとりはそれっきりでいつもの様子に戻ったエルはにっこりと微笑む。
窓際へ難しい顔をして外を眺めていたエナリアは今日の集まりの本題を離すべく全員へと視線を向ける。
「学園内の全ての授業は現在、一切行われておりません。今のうちにこの生徒会の立場をこの東部学園都市内でより盤石とせねばならない。そこでこのタイミングで仲間を集めるために動いておこうと思うの。新メンバーのメルティナには生徒会に入った直後から同じ新入生たちの情報を少しずつ集めてもらってましたの」
メルティナは頷くと、メモを各自に渡していく。一人一人の分が手書きである事から、彼女の性格が伺い知れる。
生徒会の面々は、静かにそのメモを受け取って目を通す。
「はい、これがその資料です。エナリア会長に言われた通り、生徒会に必要な情報だけをまとめてあります。全て本人たちに聞き取りをしているので情報の精度は高いはずです」
こういった細かい事の苦手なガレオンとアイギス、スカーレットは特に感心してメモを覗いている。
「よくまぁこれだけ集めたもんだ。新入生だけとはいえかなりの人数が居たはずだ。それにこんなに素直に良く答えてくれたもんだな」
ガレオンの疑問は最もだった。この学園内で自分の手の内を明かすような話をおいそれと他人に出来るものではない。
こうした状況をメルティナがどう作り出してこれほどまでに答えを聞き出したのか誰もが疑問はあったが、今わざわざ聞くべきことではないと誰もが聞き耳を立てている。
「で、新入生達の情報はどのくらい集まっていますの?」
「はい、指示の通り、一人一人聞いて、会って話をした所、今の生徒会に協力してもらえる可能性があるであろう無派閥で過ごしている新入生全体の4割といったところでした」
少しばかり浮かない顔をしているメルティナにスカーレットが顔を傾ける。
「何か問題でもあったのか?」
メルティナがコクリと頷く。
「えっと、問題といいますか、、、その、残りの6割の新入生が既にある特定派閥に属している人で、その多さが異常なんです。オースリーの前の状況まではちょっと分かりませんでしたけど、その派閥に自ら進んで入っている新入生多いらしくて」
生徒会のメンバー達の思考はある一人の男に辿り着く。
エナリアが飲んでいた水の入ったコップをテーブルに置き、全体で共通認識であろう答えを確認するためにメルティナを見据えた。
「その特定の派閥とは、誰の派閥なのかしら?」
「はい、バイソン先輩の派閥です」
「バイソン・ホーン。人数が異様に多いあの派閥。やはり」
するとカレッツだけはここまでピンと来ていなかったようで、その名前を聞いて突如青ざめて縮みあがるように震えた。
「うひぁ、あの時代遅れ感が満載のめちゃくちゃガラの悪い連中ですよねぇ、、、僕も何度か校舎裏で絡まれた事がありますよ~。いつもガレオン君が助けてくれましたけど、あ、その節はありがとうガレオン君」
「ああ、その程度、別に気にするな。そもそもやり方が気に入らねぇからな。数の力だけでどうにかできると思っていやがるのが肌に合わねぇ」
ガレオンのその言葉にスカーレットは思う所があるらしく意見する。
「確かにガレオンほどの力があればそう思うのも道理であろう、しかし、実際に数の力は大きいぞガレオン。私の実家はいわゆる農家なのだが、大勢の人間で一度に畑を耕す場合。同じ面積でも、格段に終わる時間が早い。耕すのが下手な奴らでも集まれば、うまい奴よりも早く終わらせることが可能だ」
エルもスカーレットに賛同するように重ねていく。
「そうねぇ。国の騎士団もその仕事の多くは個の力でなく、集団でこそやれるような仕事をしているわけだしね~国内の秩序を守るために」
そこまでの話を聞いていたガレオンが根本的な話に疑問が浮かんだようで腕を組んで首を傾げ、眉間に皺を寄せる。
「だがよ、今年の集団模擬戦闘ギブング、そして東西模擬戦闘イウェストの両方が早々に中止が決まったってのにどうして今、人を集める必要があるんだ? 生徒会の入れ替わりが発生するようなタイミングじゃないだろ」
エナリアは鋭い目つきで全員を見据えて言い放つ。
「いえ、中止になったからこそですわ」
机に手を組んだまま、その強い視線が周りを睥睨する。
「……そういうことねぇ。既に来年を既に見据えているという事よね。バイソンくんはおそらく来年に生徒会の奪取を考えている。と」
エルの予想にエナリアがこくりと頷くと、アイギスが机を乗り出すようにして声を張り上げる。
「オイ、待てよ。だけどよ、あいつらは生徒会の奪取には興味がないって派閥のはずだろ? あ、そういやオースリーでアタシと当たるはずだったな、中止にならなきゃバイソン潰せたのによ、もったいねぇ!!! おい、今からでも行ってきてその頭潰してくるか?」
カレッツがブルブル震えながらアイギスの方をポンポンしてお菓子を眼前に差し出した。
「アイギスちゃん怖いってばぁ少し落ち着こう? 僕のお菓子あげるから、ね」
「ふん、落ち着いてるっての。ま、お菓子はもらってやる」
「どうぞどうぞ」
菓子の包みを開けて口に放り込んでニコニコしていく様をカレッツは微笑ましそうに眺めている。
エナリアはふっと僅かに肩の力を抜いて話を続ける。
「興味がないというのは噂でしかないですもの。本心は分かりませんわ。でも、メルティナの情報が本当なら、ただでさえ人数の多いバイソン派閥はオースリー以前から比べて更に大きくなっているという事ですわね」
エルは一つの考えを口にする。
「まさかとは思うけどぉ~、こうなることを知っていた? ということは? 西部学園都市で起きた事件の恐怖から集団でなら自分たちの身を守りやすいと思って、環境を求めているんじゃない? そして、より安全な拠り所を求めた生徒達にタイミングよくバイソン君が声を掛けた」
「それはないと思いたいところですわね。学園の先生達ですら大混乱でしたもの。一介の生徒がそのような事……」
資料をめくりながら緑の髪のおさげが大きく揺れていた。視線を落としながら出来る事を洗い出していく。
「ですが、まだまだそれと同じくらい現状は無派閥であると回答した人も4割ほどいるので、支援を求めるならばその人達から声を掛けるのがいいのではないかと思います」
エナリアは目線を下げているメルティナを見つめ、切り出す。
「……オースリーでの彼の話は聞いていますけど、シュレイドはやはり、引き込むのは難しいかしら」
視線は上向き、二人の視点が交差する。
「……私個人は、今はまだそっとしておいてあげたいと思っています」
強く言い切って言葉を濁さずに正面からエナリアに返答する。
「……甘いな」
その横からガレオンの重たい声が響く。
「えっ」
「お前はシュレイドの為を想って言ってるんだろうが、俺が聞きかじった状況だけを鑑みて判断するが、このままだと二度と剣は振れなくなる。今すぐにでも生徒会に入れて、俺達で早めに荒療治しておくべきだと思うがな」
そう言い放つガレオンに対しても臆さず、真っすぐな眼で貫くように視線を投げる。
「それで剣が振れなくなるなら、私はそれでもいいと思っています。生きている事よりも大事なことなんかありません」
思わずその視線に彼の身体が一瞬硬直していた。
「あ、ああ、そりゃ俺達だって皆、人を殺めたことはまだない者がほとんどだ。その重さってのが想像でしかないのも事実ではあるだろう」
「……」
「あいつとは付き合いはまだ浅いが、それでも、潰れて欲しいとは思わない。生徒会には入らなくても出来る事はしてくれるという話だったのにそれすらも期待できなくなるのは困るという話だ」
「その為に私がここに入ったんです。彼の力を戦いで必要としなくて済むように」
エルは小さく息を吸って話に割って入った。
「仕方ないわぁ~ガレオン。人を殺めるというのにも才能が必要よ。出来ない人間は一生かかっても出来ないものだから、それにこれは私の私見だけど、バイソン君は問題ないと思うわ」
全員が怪訝そうにエルに注目する。カレッツだけはカッと目を見開き、胸元を凝視していた。
続く
作 新野創
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