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Third memory 04(Yachiyo)

「ヤチヨちゃん、ちょっと手伝ってもらえるかい?」
「はーい! シスター」
 
 シスターはあたしに色んなことを教えてくれた。野菜の切り方、洗濯の仕方、見えないところのお掃除のコツだって、聞けば教えてくれた。

「ヤチヨ、遊び行こうぜ!」
「うんっ!!」
「二人とも、ちゃんと暗くなるまでに帰ってきなよ」
 
 アカネさんの明るい声が聞こえる。

「わかってるよ! 母ちゃん!!」
「行ってきます、アカネさん」
 
 あたしは、姿が見えなくなるまでアカネさんに向けて手を振った。

「今日は、探検しようぜ」
 
 サロスは、いつもあたしの右手を掴んでぐんぐん前に進んでいく。

「ヤチヨ、今日はあっちの方行ってみようぜ」
「えっ!? でも……あっちは、危険だから行かないようにってアカネさん、言ってたよ」
 
 引っ張られつつも、あたしはサロスに僅かな反抗をする。

「えー! 母ちゃんの言うこと、大人しく聞くのかよ。大丈夫だって、少しぐらいなら」
「ダメ、だってばっ!!」
 
 抵抗するようにサロスの、左手をぐっと引っぱる。

「行こうぜ!」
「ダメっ!!」
 
 サロスとあたしの一進一退の攻防が始まる。ここ数日はこんなやりとりばかりしてる気がする。
 最初こそ、あたしに遠慮していたサロスだったが、今日は譲る気はないみたい。

「ヤチヨは怖がりだなぁ~大丈夫だって」
「嫌だっ! あたしは行きたくないっ! ほらっ、別の場所いこっ!」
「へーんだ、俺は、一人でも行くからな」

       ……サロスのばか

「もう! 知らないからね! 行くなら、一人で行けば良いじゃんっ!!」
 
 あたしは怒ってサロスの手を離し、反対方向に向かって歩き始めた。

「おっ、おい待てよ。ヤチヨ!!」
 
 そんなあたしを慌ててサロスが追いかけてくる。

 最近気づいたことだけど、サロスはなんだかんだ最終的には私の意見を優先してくれていること。ただ、アカネさんにそのことを言ったら、小さく耳元で「ヤチヨは悪い子だね」と言って笑った。
 
 あたしは、アカネさんの言った悪い子、その意味はわからなかった……。

「あれ?」
 
 サロスの文句を背に受けつつ、何気なく横を向くと一人の男の子が、土手に座って本を読んでいた。

 そう、この瞬間、あたしにとっての運命的な出会いは再び起こった。

「どうしーー」
「あたし、ちょっと見てくるね」
「おっ、おい! ヤチヨ!!」
 
 サロスの言葉を無視して、土手を降りた。そう、何故か気になってしまった……土手に座り一人本を読むその男の子が……。

「ねぇっ! あなた!」
「なっ、なんですか?」
 
 青髪に灰色の瞳をした男の子は体を丸め、小さくなり、泣きそうな目であたしを見ていた。

 フィリアとの初めての出会いは、今、考えると少し笑えてしまう。あっ、でもそう思っていることは、フィリアにはもちろん内緒だけど。

「おーい! 待てよー! ヤチヨ」
 
 少し遅れて、サロスが息を切らせて土手を降りてくる。

「んっ? 誰だお前?」
「ひっ!!」

 フィリアは、サロスを見て更に体を縮めた。

「……? ヤチヨ、誰だこいーー」
「ねぇ……」
 
 あたしは、フィリアに向けて右手を差し出した。

「ひぃいっ!!」
「怖がらないで。あたしは、ヤチヨ。あなたの、お名前は?」
「……フィリア……」
 
 目の前のあたしにすら聞こえるか聞こえないかわからないほどに、か細くて小さな声でフィリアは自分の名前を言った。

「フィリア、ね。こっちは、サロス。ねぇ、フィリアは何を読んでいたの?」
「……」
 
 フィリアは読んでいた本を両手で抱え、怯えた目をしてあたしたちの方をじっと見つめていた。

「……なんだ、こいつ? おい、ヤチヨこんなやつ放っておいていこう——」
「あたしも、一緒に読んでいい?」
 
 あたしは、怖がらせないようにゆっくりとフィリアの横に座って小首を傾げた。

「あっ……あっ」
 
 フィリアはそんなあたしに驚いたようで、少し困った表情をあたしに向けた。

「おい、ヤチヨ聞いて——」
「あたしねっ! シスターがよく読んでる古い本けっこう好きなんだ! あっ、内容はわかんないんだけどねっ」
 
 サロスの言葉をかき消すように、フィリアの手を握って笑顔を向ける。フィリアはまた、驚いて顔を逸らしてわたわたしていた。

「だから、フィリアが読んでる本もきっとあたしには難しいと思う……でもね、フィリアの好きなもの教えてほしいなっ!」
 
 あたしの気持ちが通じたのか、フィリアは少しの静寂の後にあたしに本を開いて見せてくれた。

「……この町の歴史。兄さんが、少しでも読んでおけって」
「へー……この町の歴史って本になってるんだね」
「書いたのは、お爺ちゃん……だけど。お父さんが読んで、お兄ちゃんが読んで、今は僕が読んでる」
 
 フィリアはそう言って、やっとあたしの方へ顔を向けてくれた。 

「ヤチヨー遠くには行かないからさぁ、探検、行こうぜ。そんなやつ放っておいてさぁ~」
 
 あたしがフィリアの話を聞いているせいで、退屈になったサロスがぶつぶつ文句を言っているのは聞こえていたが、気にしないことにした。

「またね~フィリア」
 
 あたしはフィリアの背に向けて姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 それに気づいたフィリアが一度だけあたしの方を向いて、小さく手を振り返し、その後すぐに見えなくなるほど速く走り去っていった。


続く

作:小泉太良
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