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96 封じし剣身

 まんまるな身体が思った以上の速度で駆けていく。
 メルティナもカレッツとは異なる方向で見た目以上には体力があり彼に置いていかれるような事はなかったが、カレッツの走る速さそのものには驚いていた。

 失礼かもしれないが、とてもこの速さで駆ける事が出来る体躯とは思えない。

「ちょっとカレッツさん!! 待ってください……すごく、足早いんですね」

 しかし、それも束の間、建物の外に出た途端にみるみる減速し遂には手を膝につきぜぇぜぇと肩で息をして近くの壁に手をついてメルティナに振り返った。

「ふぅ、ふぅ、ふー、僕は動けるデブだから。後天的なデブとは年季が違うんだ。はぁはぁはぁ、スタミナは、見た目通りないんだけど」

 そう言って、親指をぐっと突き立てるカレッツ。
 普段通りに見えなくもないが、微かにその表情は固いように見える。

「そうなんですか……あ、それより、いきなり走り出して、どうしたんですか?」

 その問いにやや苦い顔をしながらメルティナから目を逸らす。

「ああ、ちょっと、ね」

 いつもの陽気な姿とのギャップに戸惑うが、気を使って冗談めかした。

「いつもならかわいい子を見つけたら見境なく声を掛けていらっしゃるのに」

 カレッツは固い笑顔のままで答える。

「あ~……その、ちょっと、うん、昔した約束があって、さ」

 何かを思い出すようにカレッツは空を仰いだ。まだ日も高めで青い空が視界に入る。

「約束?」

「うん、見たかな? 彼女が指に嵌めていた指輪の一つ」

 空を仰ぎながらカレッツが問う。

「いえ、それがどうしたんですか?」

 その観察眼に驚かされる。あの一瞬で装飾品まで確認していたというのだろうか?
 日頃のカレッツが女性を褒めちぎる為に行っている彼にとってはごくごく自然な行動。その姿の裏側が垣間見えた気がした。

「一つはこの国で僕らが生まれた時から身に付けてもらう指輪。問題のもう一つは、ケイヴン教の人だけが身に付けている指輪だったんだ」

「指輪? ケイヴン教?」

 メルティナは静かに自分の手元を見る。当然指輪などは嵌められてはいない。
 そういえばシュレイドも付けていないし、ミレディアも付けていなかった事に気付く。

 そんな慣習がこの国にあるという事を初めて知った。国内では当たり前すぎる事なのか、指輪にまつわる本、文献といったものはそういえば見たことがない。

 対してケイブン教というのは本で調べられる範囲での知識だけはあった。
 神コーモスとカメオスの存在を否定し、人々を救う神は他にいると主張している教えを基にしている教団だったはず。とメルティナはその単語から記憶を呼び起こす。

 ただ、それがカレッツが走り出した事とどのように繋がるのかが分からず首をかしげた。

「その、まぁ色々あって。ケイヴン教には関わるなって、昔、言ってくれた人が居て。その約束を守っているんだけなんだ」

 約束。

 メルティナはその言葉にこれ以上の追求は適さないと判断するに至って一言。

「そうですか」

 と答えた。
 カレッツはバツの悪そうな顔で申し訳なさそうに溢す。

「うん、だからあの子自身が悪いってわけじゃないんだけど、どうしても、ね」

 影を帯びたカレッツの瞳にメルティナはそれ以上は聞かない事にした。
 カレッツの初めて見る瞬間に覗いた暗い笑顔に既視感を覚える。

 そうか、大切な人との約束、なんだね。

 直後にいつものカレッツの優しさが顔を出す。

「メルティナちゃんもびっくりさせちゃってごめんね。それに、あの子にもなんだか悪いことしちゃったかもなぁ」

 何事もなかったかのようにいつもの表情で微笑むカレッツにメルティナも笑いかける。

「さ、僕はもう大丈夫! メルティナちゃんも他にやることあるでしょ?」

 腕をぐるんぐるんと回して元気さをアピールしてカレッツはその場で飛び跳ねた。

「本当に大丈夫ですか?」

「ああ、平気さ!」

 カレッツの優しさを無下にしてはならないと、ぺこりとお辞儀をした。

「分かりました。それじゃまた生徒会の会議の時に」

「うん、気を付けてね」

 ひらひらと手を振るカレッツの視界から、建物の中に戻っていった揺れる緑のおさげ髪が消えたのを確認して手を下ろす。

「さてと……僕はどうしようかなぁ、よぉし、女の子達をエナリア会長の派閥にスカウトしまくっちゃおうかな。そうすれば、結果的には僕の選択肢も増えるわけで、いししし」

 意気揚々と声高らかにカレッツも再び動こうとしたが、先ほど走った代償で、その場から全く足が動かくなっていた。
 一度、その痛みを意識してしまうと人というのはかくも脆い。太ももからふくらはぎにかけて突然ブルブルブルと大きく震え出す。

「あっ、明日は、筋肉痛だな、これ」

 カレッツは小刻みに震える足から目を逸らすように再度、空を仰いだ。


 広めの室内で誰かの動く音がする。

 シュッ、ビッ、ババッ

 鋭いキレのある動きにより衣服の擦れる音と空気を切るような音が共に響く。

 そんな室内へと気配を押し殺しながら入ってきた人影はそれを見てニヤリと笑みを浮かべ、入り口から声を掛けた。

「おっ、精が出るなァ~、ミレディア。随分といい型をしてやがるじゃねぇか。って、他のやつはどうした? 来てねぇのか?」

「あ、アイギス先輩」

 キョロキョロとアイギスは室内を見回すが、他には誰もいない。

「えーと、まだランニングから戻ってきてないと思います」

「ああん? そっか、会議でアタシが遅くなったからもう始まってたんだな、って、ん? ということはお前が一番最初に戻ってきたってことか? お?」

 アイギスがふと時間を見るといつもの部活のスタート時間からまだ僅かな時間しか経っていない事に気付く。
 ミレディアがこの部活でいつもの準備運動コースを正規にズルもなく走ったとしたら、尋常ではない速度であることが時計の針からも伺えた。

 走る速度だけなら自分よりも早いかもしれない。アイギスは込み上げる衝動を抑えきれない。

 当の本人はケロッとした表情でニカっと笑っている。 

「はい、走るのは大得意なんで! 絶対に勝ちたい奴がいるんですよ! これでもまだまだ足りないんです!」

 思わず口元がニヤリと歪む。

「十分、速すぎんだろ……ふゥん、初めて生徒会室で会ったあの時から直感的にわかってはいたが、お前相当に鍛え込んでやがんなァ?」

 じろじろとミレディアを舐め回すように見た後、全身を手でさわさわとしていく。

「ちょっ、アイギス先輩、く、くすぐった、あは、あはは、そこ、あ、だめ、そこは弱いんでーーー」

 神妙な顔ですくっと立ち上がったかと思うと、再びニヤリとほくそ笑む。

「なぁ、よければちょっとアタシと組手しねぇか?」

 アイギスは心底嬉しそうにそう提案した。期待に口元がどんどん吊り上がっていく。
 しかし、どうせいつもみたいに断られるだろうという考えも同時によぎっていた。

 最近じゃ学園内のほとんどの人間が、単騎模擬戦闘、通称オースリーや集団模擬戦闘、通称ギヴングなどで直接相対するなど、必要に迫られるような場面でもない限り、自分とは戦いたがらない生徒が多い事が分かっていたからだ。

 ガレオンかスカーレットくらいしか普段はまともに訓練してはくれない。

 だが、ミレディアは前のめりにずいっとアイギスの眼前に迫る。

「え、いいんですか!?」

「え」

 アイギスは面食らって一瞬思考停止する。

「え?」

 ミレディアも反応に困ってそのまま首だけを横にぐりっと倒して状況が二人して呑み込めない。

「いいのか?」

 アイギスは思わず目をぱちくりさせている。

「え、今誘ってくれたのアイギス先輩ですよね」

 ミレディアも目をぱちくりさせた。

 二人の間になんとも言えない微妙な間が生じる。

「いや、まぁそうなんだけどよ。皆、普通はアタシとはやりたがらねぇからダメ元だったんだけど」

「え、どうしてですか? アイギス先輩ってかなり強いですよね。そういう人と実践的に戦えるのは寧ろチャンスだと思うんですけど」

 その言葉にアイギスは嬉しくなってキラキラとした笑顔をミレディアに向けて両手を掴んでブンブンと振りながら周りをクルクルと円を描くようにして喜んでいた。

「チャンス!? そうだチャンスだ!! いいぞお前!! その考え方すごくいいぞ!! アタシとやれるのはチャンスなんだ!!」

「はい! ありがとうございます!! ぜひお願いします!」

「よしやろう!! そうときまったらすぐやろう!! お前の気が変わる前にやろう!!」

 新しいおもちゃを手に入れた子供のようにアイギスは喜びながらミレディアから距離を取るように大きく後ろへと飛び下がった。




 暗がりに影が大きく伸びて壁に張り付いている。

 カン、カン、カン、カン

 甲高い金属音が室内に鳴り響く。

 揺らめく陽炎が熱を帯びて室内を満たし室内を夕焼けのように染め上げる。
 男は黙ったまま炎と向き合い無心で塊を叩き続ける。

 カン、カン、カン、カン

 赤く発光しているように見えるその塊は叩かれて徐々に細長く、薄く、引き伸ばされて形を成していく。

「ふぅ」

 一定の位置まで叩いたあと、再び窯の中に塊を入れる。
 再び炎を灯された塊は赤みを帯びて、その後、白色へと変わる。

 その白色の輝きを眺める度に、白く灰のように散った父の姿を思い出していた。

 ある程度、何度か同じ工程をくり返し、叩き上げた物体を水に勢いよく投げ入れた。
 ジュウ~という音とがして、白い湯気がもくもくと室内に立ち上る。

「ふぅ、こんなもんか」

 水につけた物体が冷めきっていない状態で次に取り掛かる。

 再び、室内にこだまする金属音。

 その音と共に、ドアの音が鳴り響く。

 珍しい事だった。ここに誰かが訪ねてくることは普段ほとんどない。

 「入れ、店は開いている」

 ゆっくりと扉が開き、人影が室内へと踏み込んでくる。見覚えがあった。つい先日、オースリーでの戦いを見ていたからだ。

(シュレイド・テラフォール? どうしてここに? 何かを嗅ぎつけた?)

 「悪い、ここで剣の事が聞けるって、その、サリィって子に聞いてきたんだけど」

 突然、見知った人間の名前が出てピクリと眉をひそめた。

「サリィ? あいつがなぜお前に?」

 その時、微かに薫る懐かしい空気。森にいた頃のように錯覚する。これは目の前の男から発される空気ではないかと思い至る。

 気まぐれがひょっこりと顔を出した。

「まぁいい、俺は剣の事しか分からんぞ」

 そう答えるとシュレイドは自らの剣を握り締め、その、俺の剣が抜けないように鞘に入れたまま固定したいと申し出てきた。

 全くわからない思考だった。どうして武器を封じるのか。自分に縛りでもつけようというのだろうか。更なる高みを目指すために。

「剣を抜けないように? それは何故だ? 何の意味がある?」

 明らかにその表情が自分の考えとは異なるという事が即座に理解できた。

「剣を抜きたくないんだ」

 その答えに対して理解はしがたいが今の表情と先日の戦いのときのシュレイドの表情が結びつき、その答えに辿り着く。

「……それはゼア・クレアスクルを切った恐怖からか? シュレイド・テラフォール」

 その名を呼んだ瞬間、目の前の男の顔がこの室内でも分かるほどに驚愕していた。

 無理もなかった。心の内をほぼ寸分の狂いもなく言い当てられ、更には自分が知らない相手が自分の事を認知している。

「な、お前、どうして、それに、俺の名前」

 狼狽する目の前の男に語りながらあの時の戦いを反芻する。

「俺はお前達の戦いを見ていただけだ」

 今でもまだあの毛穴が逆立つような空気を思い出せる。

「見事だった。この身が昂るほどにな」

 その瞬間、シュレイドの身体は強張っていた。



 続く


 作 新野創
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