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50 商業・娯楽区画と貨幣価値

「どうして折れた剣?」

 彼女はもう一度、不思議そうにウェルジアに問う。

「拾った剣だからな」

 ウェルジアは学園に来て最初のマキシマムとの一撃の攻防のやり取りもこの剣で行っていた。
 当時、周囲の生徒達がひそひそと話をしていたのは剣を使っていた珍しさからではなく、この折れた剣を使っていたからであったのだ。

 そして、騎士が折れた剣を使用する事は国内では忠義への反意を示すことを意味している。
 剣を使う騎士が減っているこの時代においても、この常識を知らず騎士を目指すという者はほとんどいない。
 ウェルジアは知らずに使っていたのだが、彼の国への気持ちを見事に表す物となっていることに気づいていなかった。
 彼が知識を得るために持っていたのは昔から自室にある一冊の本のみ、そこには剣術に関しての事以外は書かれていない。知ることなど出来るはずがなかった。

 少女は土いじりを止めて不思議そうにウェルジアを見上げていた。

「新しいのを買わないの?」

「買う金がない」

「入学準備金と存命報償金は?」

「入学準備金? 存命報償金?」

 ウェルジアは首を傾げた。土いじりをしていた彼女はスカートに付いた土を払いながらゆっくりと立ち上がる。

「生徒手帳を見せて」

「あ、ああ」

 彼女はウェルジアから生徒手帳を受け取ると、あるページを開いた。そこには一般の国民では見ることもないであろう金額の数字が並んでいる。
 だが、彼はそれが一体どういうものなのかが理解できない。お金は現物でしか見たことはない。
 そして、生徒手帳に記されている全ての情報を彼には読み解くことが出来ない。文字が読めないのだ。
 彼は一冊の本を持っているが図解だけを参考にしてこれまで学んできた為、詳細までは理解していない。
 もちろんこれでの授業で使った資料類も全く理解してない。教師が口頭で話す内容を覚えるという方法だけでここまで知識を蓄えてきていた。

「なんでこんなに貯めてるの?」

 彼女の目がわずかに見開いた。どうやら入学して半年ほどの生徒がここまで貯め込んでいる事は珍しい事のようだった。

「金があるのか?」

「うん、ここ」

 彼女が指さした場所をウェルジアは覗き込む。

「見ても俺にはわからん」

 彼女は驚いた様子もなく、ただ一言。

「読めない?」

 とウェルジアを見上げた。

「ああ」

 と返事をすると、無言のまま目線を手帳へと戻し「……読んであげる」とポツリと呟く。

 ウェルジアは何も聞いてこない彼女に向かって
「お前は、俺をバカにしないのか?」と問う。

 彼女は再びウェルジアを見ると何のことを言っているのかわからないような素振りを見せる。

「どうして?」

「文字が読めないからだ」

 ああ、とばかりに僅かに納得した様子を見せると、また一言呟いた。

「出来ない事は誰にでもある」

「……そうか」

 彼女が空へと視線を移し、ぼんやりとした。風がさわさわと二人の間を優しく通り抜けていく。二人の髪がさらさらと揺れた。
 目の前に来た髪を掻き上げるようにすると彼女は視線を落とした。どうやら何か考え事していたようだ。

「……教える?」

「ん?」

「読めるようになりたい?」

 ウェルジアはその問いに対して、考える事もなく反射的に答えた。

「ああ」

「そう、じゃ、今度教える」

「……そうか」

 ウェルジアはこの時、素直に礼を言う事が出来ないでいた。不器用な生き方をしてきた代償かも知れない。人との接する距離感が彼にはよく分からない。
 だが、目の前にいる少女に対してあまり居心地の悪さは感じていなかった。寧ろウェルジアにとっては話しやすいくらいだった。
 だから素直に返答が出来たのだろう。


「で、あなたのおかね。結構いっぱい。シュバルト銅紙幣3枚、金貨だと大体15枚分」

「……それはすごいのか?」

 ウェルジアは大きく首を傾げて眉間に皺を寄せる。聞いたこともない金額だったので実感がない。
 妹を養うために働いていた時には一日働いて石貨3枚ももらえればいい方で、底辺の仕事では銅貨すら見かける事がほとんどない。よって石貨以外のお金はそもそも見たことがなかった。

 そんなウェルジアを見て何も言わず、この国のお金の価値をざっくりとした形で少女は教えてくれた。

 金紙幣――銀紙幣5枚分の価値
 銀紙幣――銅紙幣5枚分の価値
 銅紙幣――金貨5枚分の価値
 金貨――銀貨10枚分の価値
 銀貨――銅貨5枚分の価値
 銅貨――石貨50枚分の価値
 石貨――もっとも価値の低いお金

 他に白紙幣という物も存在するらしいが、彼女もどのような物かが分からないとウェルジアに話した。

 白紙幣は細かい金額のやり取りが面倒な際にかかる費用をすべてひとまとめに出来るもので、大きなお金が複雑に動く時に用いられるものだと補足しておく。

 また、どうやらこの学園内では実際のお金は動いていないが、生徒ごとに管理されている疑似的な金銭の支払いが自動的に行われているという事をウェルジアは彼女の説明で初めて知る。

 生徒手帳に記載されている情報は都度勝手に書き換わるという事だ。
 別のページにはその使用した増減の記載を見れるページもあった。
 ここに来る際に説明は受けたはずだが、難しい事はよく覚えておらず、なぜそのような事が出来るのか仕組みはよく分かっていないようだった。

 食堂などでの食事も自動的にここから支払われていたりするらしい。
 これまでの食事もここから支払う事で食べれていたのだと知る。沢山食べればその分はやはり引かれてしまうのだそうだ。
 

「しかし、そんなに金があるのか、、、」

 ウェルジアはそこに実物のお金がないためどうにも実感に乏しいようで複雑な表情をしている。
 彼女はウェルジアへと告げる。

「これで剣を買えばいい」

「……買えるのか?」

「これだけあるなら、スミス兄弟の店でも買える」

「スミス兄弟?」

「スラグ・スミス。エギル・スミス、あと、、、確かもう一人いる。三兄弟の店」

「すごいのか?」

「今の西部学園都市内の生徒の中で一番腕のいい鍛冶師、たぶん」

「……どこにある」

「商業区画の大通り。看板が大きい、すぐわかる」

「……わかった。恩に着る」

 ウェルジアはそう言って歩き出したがすぐに振り向いた。

「……お前の、名前を聞いていなかった」

「プルーナ」

「プルーナか。俺はウェルジア」

「手帳で名前は見た。さよなら」

 そういうと何事もなかったかのように再び座りこみ土いじりを始めていた。

 ウェルジアは久しぶりに胸の内に灯った楽しみという感情を胸に商業区画へと向かって歩き出した。

 新しい剣、という響きに数年ぶりにかすかに心が躍っていた。表情には全く出ないものの確かに彼の心はこの時、少年の頃のようにワクワクしていた。



続く

作 新野創
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