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36 剣の呪縛

「ほぉ、それが……?」

 大柄な体躯の男子生徒はその様子を驚きの表情で見つめ、感嘆の声を上げた。

「お前の持つ力という訳か」

 目を細めその光の筋に視線を向けて眺める。生徒達は戦う二人の動向に視線を向けており、遥か後方にいるこの様子に気付くものはいなかった――


 ――シュレイドとゼアの対決とは一変し、人の集まっていないオープニングバトルが別の場所で繰り広げられていた。校舎からは最も離れており、東西の学園の真ん中の地域を分割するように大きく隔てて存在しているシュバルト平原の東端境界付近。その戦いにカレンは腕を組み注視していた。

「私は一体、どうすれば……」

 激しい衝突音が鳴り響いた後、目の前の二人はお互いに距離を取った。

(…ハルベルト。流石に一筋縄ではいかないか。出来る事なら抑えるのではなく、ここで始末したいところだが)

 斧槍それぞれの特徴を併せ持つ独特なポールウェポンを構えて、剣を持つ目の前の相手を見据える。

 ハルベルトと呼ばれた生徒は落ち着き払った様子ではあるが、しかし僅かなに焦りが滲む表情を浮かべた。平原に流れる風が二人の間を吹き抜けていく。

「……? この脈動は……どうやら、あまり時間はないようだ」

 遥か遠くの方角を見つめて何か思案している。

「僕を相手に余所見をする余裕があるとは恐れ入るな」

 目の前の男はその言葉にゆっくりと視線を向ける。

「ディアレス。お前が何を企んでいるかは概ね知っている」

「そうかい、で?どうするつもりなんだい?」

 その言葉が放たれた瞬間の光景にカレンは目を疑った。おそらく離れて見ているカレンでなければ目視出来なかったであろうハルベルトの動きに。正面にいたディアレスは反応しようとしたが出来なかった。

 横薙ぎにハルベルトが腕を振った次の瞬間にはディアレスの首が赤い飛沫を上げ切れ飛んだ。

「……こうさせてもらう。許可をもらうつもりはない」

 「ハルベルト!!! やりすぎだ!!!! なんてことを!!!!」

 カレンは驚愕し、思考を他に奪われていた自分を恥じる。

「条件的には問題ないでしょう? 先生」

「それは、そうだが、しかし」

「先生も気づいておいででしょう。学園内によくない者達が紛れ込んでいることを」

「なに? お前は…」

 ハルベルトは返り血を浴びた姿でカレンの方へと視線を向けた。

「先生。こいつはもう死ぬ。戦いはこれで終わりです……終了報告に向かってください。ピグマリオン先生の元へ」

「ハルベルト。お前は……いったい?」

 頭だけになったディアレスが地に転がった視線をハルベルトへ向ける。

「ば、ばかな、この僕が……目視できなかっただと」

 カレンとハルベルトは思わず反射的にそちらを見た。切れ飛んだ首から声が発せられている。

「ふふ、念のためこの場所にしておいてよかった」

 瞬間、ディアレスに起きた変化を目にして絶句する。先ほどまで冷静だったハルベルトの表情が激変した。

「……ディアレス……やはり、か」

 何かを悟った直後、カレンへと怒号にもとれる言葉で叫んだ。

「カレン!!!! いけ!!!!! 急げ!!!!!!」

 敬称すら呼ばない叫びに理屈ではなく、その言葉に込められた意図を察してカレンは頷いた直後に走り出した。間違いない。ハルベルトは自分が調べている国に起きているであろう何かの件について情報を持っている。知っている。その確信が生まれた。勿論、聞きたいことはあったが今はそれよりも優先すべきことがあった。

 チラリと後ろに視線を送る。そこに見えた異形が生じる光景に怖気が背筋を切り裂くような感覚で走り抜けた。その目に映っていたのはディアレスの肉体が膨張している様子だった。明らかに何かが起きている。僅かに葛藤が起こり、逡巡する。
 ハルベルトを、一人の生徒にこの場を任せていいものなのか。これは自分が対処すべき事案ではないのか。と

「シュレイドとゼアを絶対に死なせてはならない!!!! そのままいけ!!」

 ハルベルトの声がそんなカレンの心境を察したかのようにぶつけられた。起きた状況は全く整理ができないが、今は任せるしかないと判断し、速度を上げ、校舎へと向かって走り出した。

 だが、この状況にはなぜか聞き覚えがある。かつて、西部学園都市ディナカメオスの教師、そして、自らの恩師でもあったマキシマム・ライトから聞いた英雄グラノ・テラフォールに救われた際の出来事と酷似している気がした……

「くっ」

 状況を整理できない中で先ほどの声が響く、今すべき優先度に意識を切り替える。ピグマリオンが監督しているオープニングバトルが行われている校舎付近を目指した。

 シュレイドとゼアの戦いには何かがある。その何かはカレンにも分からない。分からないが、ハルベルトから死なせるな とかけられた言葉が尋常ではない危機感を孕んでいる事だけは理解できた。カレンは後ろを振り返らずに視線を前へと見据えて速度を上げた。


 離れていくカレンを確認したハルベルトは正面のディアレスだったはずの『モノ』に目を向け直した。

「……そうか、ここはシュバルト平原、限りなく学園の外に近い場所、だったな」

 目の前で蠢くディアレスの身体だったものがニタリと笑った。地面に落ちているまだ人の顔を保っている頭も笑う。

「やはり、お前達は……」

「君が僕たちを嗅ぎまわっていることは知っていたよ」

「お前も俺を調べていただろう。お互い様さ」

「そうだね。でも、自分の意志では使えないはずのこの力が発動してしまうなんて、君は本当に何者なんだろうなぁ」

 そう言いながら身体が頭を掴んで胸部らしき部分へと押し込んでいった。その異形と化した存在は足元の草木を枯らして少しずつハルベルトへと近づく。

「……人が、どうして…それに、なれる? 言語を話せるゴジェヌスなど、かつては存在しなかったはずだ」

「答える義理はないさ」

「そうか、なら、さっさと無に還れ。お前達は……ゴジェヌスはこの世界には存在してはならない」

ハルベルトが目を瞑った瞬間。それは刹那に終わった。

「……え」

 異形と化したディアレスだった何かは霧散していく。

「なっ? この身体を傷付けられる者など今の世界には……いな、い……とあの方も……仰って…いた、のに……そ、ん……な……」

 シュバルト平原に吹き流れる風に乗ってその姿は消えていく。

「……ああ、確かに今の世界には、まだ、いないだろうな」

 シュバルト平原がいつもと同じように優しく風を凪いでいるだけの場所へと変わる。

 目の前の脅威は取り去ったもののハルベルトのその表情は晴れない。

「人の身体を介して生まれるゴジェヌス……など」

 険しい表情のまま、カレンを追うように駆け出した。

「……あり得ないことだ」

 その呟きは風に紛れて消えていった。




続く

作 新野創
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