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52 剣だけの武器屋

 スミスの店から出たウェルジアは空を見上げた。まもなく日が沈みそうな様子で赤と青のコントラストが視界に入る。

 夕陽を見つめるその視界の端に映りこんだのはフードを被った人影だった。大通りから裏に向かう細道に入っていく。

 先ほど未だに見つからないと思った矢先の出来事でウェルジアは瞬時に思考を切り替え後を追う為に重心を下げ、足に力を込めて地面を蹴り出し駆け飛んだ。

「ッッ」

 ウェルジアは、ほぼ反射的にその人影を追いかけていた。
 最後に会ったのはいつだったか。妹のリニアを預けていた診療所から飛び出してフードの人物と会話したあの日を思い出す。
 疾風のように駆け出し、細道へと飛び込んでいく。

「まてっ!!」

 勢いよく飛び込んだ細道の奥へと目を凝らす。しかし、誰もいない。日が落ちて暗くなってきている為か先までは見えない。
 ウェルジアはゆっくりと意識を研ぎ澄ませながら進む。

 背後にも警戒し、道を進んで突き当りまで来たが誰の姿も見えない。
 その突き当りには木の扉があり、視線を少し上げると小さな看板が掛けてあるのが見えた。

「……?」

 看板には剣の意匠、マークが付けられ、店の名前と思しき文字が綺麗な文字で書かれている。店名は読めないがウェルジアは考えた。

「もしかして、ここも武具を扱う店なのか?」

 ウェルジアは剣のマークに惹かれ、扉に手をかけて開けるとカラカラと小さな金属音がする。入店を知らせる為のものらしかった。
 扉を開けるその音に振り返った人物が目を輝かせながらウェルジアに視線を向けてくる。

「わ!! いらっしゃい!! ようこそラグナレグニへ! お客さんなんて珍しいな!」

 パッと明るい表情でウェルジアに声をかけたはいいものの、どうにもそわそわして落ち着かない様子をしている。

「ああ。ここにフードを被った男は来ていないか?」

 そのウェルジアの質問に先ほどの表情は固まり、微動だにせず目の前の人物は答えた。

「フード? いや、来てないかなぁ、今日ここに来たのは君だけだよ……いや、今日というか、寧ろここに人が来るなんて滅多にない事だから……そっかそうだよねぇ、人探しかぁ。お客さんなんかじゃないよね。そりゃそうだよねぇ」

 なぜか目の前の人物は先ほどのパッとした表情から一転してどんよりと暗い顔をした。

「ああ、たまたまな。……ここもスミスの店のように武具を扱う店なのか?」

 その言葉を聞いて更に暗い顔をした目の前の人物はぽつりと呟く。

「……ああ、やっぱりあそこに皆行くよね~、派手だし、決して質も悪くないからなぁ」

 そう言って、脱力して天井を見上げている。

「だが、目当ての物がほとんどなくてな」

 ピクリと耳が動く。

「え、目当ての物がない? に……いや、あの店なら大体のものが揃ってると思うんだけど……??」

 指を口元に当てて首を傾げ、とても不思議そうな表情でウェルジアを見る。

「……俺が探しているのは……剣だ」

 そう答えた瞬間、目の前の人物はカウンターテーブルらしき場所から身を乗り出してきた。
 近づくとその幼い雰囲気や言動に反して思いの外、背が高い。ウェルジアの方が高いのだが見下ろすほどの差はない。

「剣!? 君は剣使いの騎士を目指しているの!? えっ、やっぱりじゃあお客さん!?」

 再び入店時のようにキラキラと目を輝かせる人物はウェルジアの眼前に顔を寄せた。
 思わずウェルジアは上半身をのけ反らせて眉間に皺を寄せた。

「近い」

「あ、ああ!! ご、ごめんねつい!!」

 そういうと元の位置に座ってそわそわしている。ウェルジアが視線を狭い店内に巡らせると、確かに先ほどの大きな店のような豪華さはなかった。
 が、置いてある武器が先ほどのスミスの武器屋とは違い、ほとんど剣であるということが見て取れた。

 剣を探していたウェルジアは思わず「……少し、見てもいいか?」という言葉をかけた。

「え、あ、うん、も、もちろんだよ!」

 一本一本をまずは眺めていく。大小、様々なサイズの剣が壁や棚に並んでいる。
 ウェルジアには剣の作りの良し悪しは分からない。分からないが感覚的に先ほどの埃っぽい場所にあった武器よりも目を引くものが多いと思った。
 それに、展示が丁寧でどの剣も形状や長さに合わせて剣自体に負担がないような置き方をされている。
 余程大切に扱っているのだろうということが一目で分かる。

「ここにあるのは全てお前が作った剣なのか?」

「そう、ぼくが作った剣だよ」

 ニコニコと自信たっぷりに頷いた。

「持ってみてもいいか?」

 人物は目を真ん丸にして驚き、変な空気を出している。とても、そわそわ、もじもじとしている。

「ど、どうぞ」

 そんな様子に当てられてかウェルジアはなぜか緊張していた。なぜかと言われても分からないが確かに緊張している。
 この室内にある空気がそうさせるのかもしれない。濃度、密度を感じるとでもいうのだろうか。狭い室内の単なる圧迫感とは違う、不思議な感覚だった。
 釣られてカウンターからウェルジアを見つめる人物にも更に緊張感が高まっているようだ。
 剣を手にしようと伸ばしたウェルジアの手を凝視していた。

「……なぜお前も緊張している?」

「あ、えと、その、ぼく以外に触られるのが、はじめて、だから」

 そういって顔を赤らめている。よくわからないとばかりにウェルジアはまた眉間に皺を寄せて聞いた。

「……ん?なにがだ?」

「ここにある剣がだよ。みんな喜んでるみたい、嬉しそうで」

「お前は何を言ってるんだ?」

 ウェルジアは目の前の人物を怪訝そうに見た。だが、冗談で言っているわけではないような様子だ。

 目の前の人物が剣に向ける眼差し、この目は見たことがあるなと記憶の底に触れる。そう、かつて母がウェルジアによく向けてくれていた優しい目だ。
 この学園で過ごしていると本当に良く昔の事を思い出してしまうものだなと一度、強く目を閉じる。


 ゆっくりと目を開け、目の前の剣の一本を手に取った。材質は勿論硬いのだが、持ち手を握りこむと感覚的に柔らかく、手によく馴染む。

「スミスの店に合った剣とは雲泥の差だな」

 ウェルジアがぽつりとそういうと途端にしょんぼりした空気を背後に感じた。
 どうやらスミスの店の剣の方が良い物だったと思われたようだ。ウェルジアはそのコロコロと変わる様子に久しぶりに微かな笑みをたたえて話しかける。どうやら思っている以上に自分の気分もいいようだ。

「勘違いするな……ここの品はスミスの店にあったものよりもいい剣だ。剣そのもの出来は俺にはわからん。が少なくとも俺にとってはいい剣であると判断している」

「ほんと!?」

 再び身を乗り出した人物は三度(みたび)、明るい表情をウェルジアに向ける。

「一通り持ってみてもいいだろうか?」

「ぜひ!!」

 ウェルジアは一本ずつ確かめるように握って持ち上げる。その度にカウンターから「わぁ、よかったね」「うんうん、嬉しいよね」「ほら、恥ずかしがらなくてもいいんだよ」だとか独り言が聞こえてくる。

「さっきからどうした?」

「あ、ごめん。うるさかったよねごめんねつい」

 うるさくはあるが嫌悪感はない。ただ純粋に剣を大事にしていることが伝わったからだ。
 喋りかける行為にはウェルジアには少々理解が及ばないが、妹が昔、母がぼろ切れで作った人形に名前を付けて話しかけていたことがあったなと思い腑に落ちた。

「どうせ喋るのならこいつら全員の特徴を教えてくれ」

「……!? う、うん!! あ、えと……あ、あれ、へへごめんね」

 そういうとなぜか目の前の人物の頬を涙が伝う。突然の出来事にウェルジアは思わず目を丸くする。

「えへへ、ごめん、ぼく嬉しくなっちゃって……えとね!! あのね、この子はね」

 すぐさま袖で拭って、説明を始める。一本一本の剣を作る時の話から、作る途中の出来事、完成した時の思い出。
 まさか全部覚えているのか? と驚いたが、目の前の人物が一生懸命、自分に説明する様子にウェルジアは感心していた。

「……お前は、よほど剣が好きなんだな」

「大好きだよ! いつかあの神話に出てくる伝説の神剣のような剣を作れるようになりたいんだ!!」

 概ねウェルジアの中ではこの店で剣を買う事を決めていた。


 だが、これだけ愛情を注がれている剣だ。一つ絶対に聞いておかなくてはならない事があると口を開いた。
 これまでの様子から、こうした聞き方をするのがいいだろうと自然と言葉が出る。

「そうか、一つ聞いておきたいことがある。こいつらの中で一番、人を斬る事を覚悟している剣はどいつだ」

 複雑な表情をした後に真剣な表情へとその顔は変わる。

「えっ、ああ、そうか、そうだよね…………この学園にいるなら、当たり前だよね」

「ああ、そのために剣が必要なんだ。置物にするつもりなど毛頭ない」

 ウェルジアと目の前の人物の視線が強く交差する。お互いの矜持をぶつけるようなそんな視線のやりとりがあった。

「……そういう事なら、少し、待ってて」

 そういうと店の奥へと何かを取りに行った。


続く


作 新野創
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