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Fifth memory (Philia) 17

決闘当日、いつもより早く目が覚めてしまい、外へと出る。
 まだ日が昇り始めただけの暁の空の中を歩いて静かな場所へと向かう。
 あの時の感触を思い出すように、僕は近くの枝を握り、イメージトレーニングを始める。

 充分なシュミレーションを終え、勝算はあるとハッキリと自身に思い込ませる。

 僕は決闘の舞台である自警団の地下にある、秘密闘技場へと足を運ぶ。
 こんな場所があったなんて知らなかった。
 
 僕は推測する。

 こんな場所を指定したという事はこの決闘を誰にも見られるわけにはいかないということだ。
 
 そして、それは、ツヴァイが本気で来るという可能性にぶち当たる。
 
 あの苛烈な力で周りを巻き込まない為の配慮も含まれてえいるはずだ。
 
 前回以上の力がまだあるというなら納得だ。
 
 周りに迷惑のかからない閉鎖された空間なら、全力を出しやすい。

 しばらく進むと開けた場所に出る。その広間の中央では身体から湯気を出したツヴァイが半裸で仁王立ちしていた。

「おう! フィリア、しばらく見ないと思ったら、こそこそ訓練していたみたいだな、どうだ自信の程は?」

 ツヴァイが本当に今にも戦いたいと顔に書いてあるような、楽しそうな笑みを浮かべる。

「……ジャンジさん、今回の決闘のルールの確認させてもらっても?」

 僕は今回の見届け人である男に声を掛ける。

「ああ、それは構わぬ! 何について聞きたいのだ?」
「……武器として使っていいのはこの与えられた訓練用木刀のみ、で間違いないね?」
「その通り」
「勝利条件は相手が木刀を持てぬほどに完全に動けなくするか、木刀自体での抵抗が不可能な状態にすれば良いんだよな?」
「その通り」
「木刀を失った後に別の武器を使用することは禁止。それは、拳や蹴りを含む。これも間違いないな?」
「その通り」
「もし、使用すれば反則負けになる」
「その通り」
「フィリア。何度も説明したはずだぜ!! 今更、なんだよ」

 ツヴァイは早く戦いたいのか少し気が逸っている気配があった。

「……わかった、ありがとう……」
「? うっし、なら、今回は最初から本気で行くぜ」

 ツヴァイが、エルムの腕輪を外し、木刀を構える。

 腕輪の存在を知るのは、僕と、アイン、ドライ、そして長年こうした決闘を見守ってきたという自警団の古参、今日審判を勤めるジャンジだけらしい。

「両者、構え」

 審判の声で、僕らは木刀を構える。

 チャンスは、一度、それを逃せば勝機はない。

「始め!!!」

 審判の開始を告げる大きな声と共に、10メートルほどの距離にいた体躯が距離を詰めてくる。

 力強く地面を蹴り出して凄まじい速度でツヴァイが突っ込んできた。

 まずは相手を見る。

 そして……体が行うであろう反射的な動きを頭で処理して……この攻撃への対処で最適な動きを考えるより先に脳に反応させる。

「見えた!! ……っつ!!!」
「なっ!?」

 ツヴァイも自分の攻撃が、防がれたことに驚きの表情を浮かべる。

 戦いを見つめていたドライに表情も驚愕に染まる。

「嘘!? 受け止めた!?」

 アインは冷静に表情を崩さないように分析する。

「……違うわ、受け止めたんじゃない……」
「えっ!?」

 ツヴァイの異常な力に真っ向から逆らうのではなく、受け入れる。

 力の流れる方向を逸らすだけでいい。

 木刀全体への負担は限りなく減らすように角度を調整する。

 手の先から伝わる衝撃。

 折れないギリギリのところでスッと力を抜いた途端身体が弾かれるように攻撃の勢いが虚空へと抜けていく。
 
 軸足を定めてツヴァイの突進してきた力を自身が回転する力へと変換する。

 それは、必要であれば木刀だけだけじゃなく、僕の体全体を使って柔らかくしなるようにして最大効率でツヴァイの攻撃を転用する。

「……そして!!」

 そして、ただ受け流しただけじゃない、吸収したその力を回転の力へと変えて軸足を起点に一周ぐるりと回る遠心力すらも利用し木刀の刀身一点に集中を研ぎ澄ませる。
 
 ツヴァイの放った強い力を込めた一撃を、カウンターの要領でそのまま彼の腹部へと叩きつける。

「真似る!!!!」
「くッッッ」

 ツヴァイは反射的に攻撃から身を守ろうとして腹部を守ろうと木刀を差し入れて防御の体制となる。

 僕のように、力を逃がす術を知らないツヴァイの木刀は、僕の攻撃とそれを受け止めようとする持ち主の力の大きさに耐えきれず粉々に砕けた。

 僕は膝をつくツヴァイの顔に向けて木刀の切っ先を向ける。

 ツヴァイは、驚いた表情を浮かべていた。しかし、僕もただでは済まなかった。

 その強力な力はツヴァイだから、僕よりも大きい身体で強靭な肉体だからこそ衝撃を扱い切れるものだ。全身がビリビリと痺れるような感覚が走り、節々が痛みに悲鳴をあげる。

「……勝負、あったわね……」
「勝者フィリア」

 審判の声を聞き、木刀をその場に落とす。

 腕がまだビリビリと少し痺れていた。

 この程度で済んでいるのも、僕が考えるより先に体が危機を感じて、衝撃を逃すように硬直する身体を脱力してくれたおかげだろう。

「やるじゃねぇか、決闘じゃなきゃ、今度は拳同士でまだ続けたいくらいに、俺の心は今、震えているぜ!!!」
「それは……遠慮したいかな」

 そう言って、苦笑いを浮かべ、ふらついた僕をツヴァイが肩を抱いて支えてくれた。

「ツヴァイのやつ、嬉しそうだね。アイン」
「……次は、あなたよ。ドライ」
「はいはーい」

 負けたくせに妙に、満足そうなツヴァイを見て、ドライは笑顔を浮かべる。

「わりぃ、負けた」
「あんたの仇は取ってあげるわ」
「頼んだぜ」

 呼吸を整えながらドライを眺めて観察する。

 ツヴァイに勝てたフィリアにあたしが敵うのか? みたいな不安な顔をドライが浮かべているのを見逃さなかった。
 
 これなら次も勝機は十分にありそうだ。

「次は、君か……ドライ」
「あたしも手加減なしだからね」

 そう言って、笑顔を浮かべたドライが、足についていたエルムの足輪を外し、構える。

「両者、構え!! 始め!!」
「行くよ!! フィリア!!」

 審判の声が聞こえるやいなや、ドライが凄まじい速さで僕の前を飛び回る。

 それは、まるで風のように早く、目で姿を追うのは、早々に諦める。

 目を閉じ、集中して、気配だけで彼女の位置を探る。

 そして、ドライの一撃一撃によって僕の木刀が徐々にダメージが蓄積し、傷や削りが目立っていることに腕から伝わる感覚で気づくことができた。

 その目には見えないダメージの蓄積は、僕が闇雲に振った瞬間にその効果を一気に発揮し、折れることだろう。

 木刀から、伝わってくるその一撃、一撃はとても軽い。

 でも、だからこそどのくらいダメージを蓄積されているのかはわからない。

 そして、厄介なのはそれだけじゃない、目で捕らえられないその速度から僕は、反撃に転じることが出来ずにいた。

 んっ? 待てよ……いくら早くてもドライの狙いは僕の木刀……見えなくても狙っている場所がわかっているなら……。

「なるほど……まだ視野が狭かったようだ」
「んっ?」

 僕は、一度木刀を勢いよく下げて構えを解いた。

 木刀を握る左手を脱力してぶらりとする。
 
 かなり踏み込んでこないとこれなら木刀を攻撃することは出来ない。
 
 ドライは意識的に僕の身体に攻撃を当てる事を避けている。狙うのは木刀。

 なら木刀が僕の懐にある今の状態で攻撃をしようとするなら、地面スレスレから飛び込んでくるような攻撃しか選択肢がなくなる。

「んなっ!?」
「そこっ!!!!」

 僕が両手で振り上げた木刀を避けるように、飛び込んできたドライは大きく身体を逸らす。
 
 上半身が開いた状態のドライの木刀を握る右手が視界に入る。
 避ける為に全力で逸らして崩れた万歳のような体勢になるドライ。
 
 振り上げた木刀を手首で切り返し、ドライの一瞬の隙をついて柄を木刀を持つ右腕の内側へと叩き込む、ここは腕の指を動かす為の筋肉や筋のある部分。
 
 手がしびれて緩んだ瞬間を狙い、一瞬だけ宙に浮いたドライの木刀を右手で掴み、奪い取る。

「えっ!? 嘘!! そんな動き!!!」
「……武器を失った君に戦う力はない。終わりだよ。ドライ」

 木刀を失い、無防備になったドライへと彼女の木刀を突き出す。

「勝者!! フィリア!!」
「あっ、ハハハ……負けちゃった……」
「ありがとう。ドライ」

 ドライへと、右手を差し出し握手を求める。

「へへ……強いね。フィリア、ナールみたいだった」

 僕の手を握ったドライが、笑顔を浮かべてそう答える。

「えっ!?」
「でも、次はアインだからさ……その……頑張ってね」
「あぁ」

 遠く戦いを眺めドライが戻ってくる姿を見て、気持ちを切り替える。
 フィリアはもう私の知る彼ではない。緩んだ気持ちでは後悔が残ってしまう。

 頭ではわかっているのだけど……。

「んっ? アイン、お前、笑ってんのか?」

 今の私は、ツヴァイにバレるほどに感情を隠しきれていないようだ。

「……さぁ? とにかく、行ってくるわ」
「……ったく……笑ってんじゃねぇか……」

 こんな気持ちになったのはいつぶりだろうか……あぁ……そうか、ナールと本気の勝負をした時以来だったかもしれない。

 全力を出せる、こんな単純なことがこれほどまでに私の心を踊らせる。そんなこと忘れていた。

「ここまで来れたこと、褒めてあげるわ。フィリア」
「アイン……僕は……」
「フィリア、私はあなたには負けません。団長として、ね……」
「なら……越えさせてもらうよ。アイン、僕も一団員として、ね」
「楽しみましょうね。フィリア」

 そう、私は負けるわけにはいかない。いくら今のフィリアを本能が恐れていたとしても、私は絶対に負けるわけにはいかない。

「フィリアをこれ以上……ナール。あなたと同じ道に進ませるわけにはいかないの……」

 アインの表情は悲壮な決意と笑みが入り混じる、読み取れない複雑な感情を孕んでおり、僕はわずかに焦りを覚えた。

「両者構え!! 始め!!」

 開始と同時、アインはいつも使っている腕とは逆に忍ばせ、もう片方の手で銃を取り出し、僕へと向ける。

 ルール上、木刀を握った状態で、使用しなければ他の道具を使うことは反則にはならない。

「なっ!?」
「銃はね、撃つだけが使い方じゃないのよ」

 使われないとは頭ではわかりつつも、体は目の前に差し出された銃に動揺し、その僕が本能で起きた一瞬の隙をついて、アインが僕の懐へともぐりこむ。

「んなっ!?」
「終わりよ」

 アインの逆手の木刀の一撃が、僕の右手に向かって放たれる。アインが勝ちを確信した表情を僕は逃さなかった。

 そう、策にはめたのは、何も君だけじゃない!!!

「残念だけど、君の思いどおりにはさせない!!」
「えっ!? んなっ!! まさか!! あなたーー」

 アインの鋭い一撃が僕の右手へと直撃し、痛みに思わず手離しそうになるが、予め衣服の一部を裂いて巻きつけておいたことで、僕が手を仮に離していたとしても落とすことはない。

「なっ!? そんな!? 固定していたの!!」
「君は、ツヴァイのような力はない、そんな君が自分より力の強い人間に勝つには、僕のようにルールでの勝利しかない。だから、対策もしっかりとさせてもらった!! そう、おそらく、君と同じ、対策を、ね!!」

 そう言って、木刀を横なぎに振る。アインの隠した巻きつけてある木刀の全容が露わになった。

「……ネタはバレてるということね。でも、どうするの? 力で破壊はできないし、かといって固定されているから、弾き飛ばすことも出来ないわよ」
「あぁ、そうだね、でもだからこそーー」

 僕は、とっさに逆手で銃を取り出し、アインにへと向ける。

「なっ!?」

 一瞬の隙をついて、一気に地面をかけ、アインの懐へと潜り込む。

「わかってはいても、人は銃器には一瞬驚いてしまう……君の戦法を真似させてもらったよそして、君のその一瞬の隙が明暗を大きく分ける」
「……学習能力は相変わらず高いようだけど……それで私はーー!!」
「そう! それだけでは足りないからこその二の槍だーー!!!」

 銃をその場に投げ捨て、固定された木刀の持ち手に左手を添え、両手になった状態でアインの木刀に思いっきり振り下ろし、ツヴァイの一撃とドライの波状攻撃により折れかかっていた僕の木刀が折れる。
 
 その折れた刀身を瞬時に、左手で掴み、アインの額に向けて突き出す。

 アインは、その僕の危機せまる一撃と、予想だにしないことの連続で一瞬冷静な判断が鈍り、彼女自身の本能としての生存本能が握っていた銃口のトリガーを引く。

 勢いよくゴム弾が飛び出し、反射的に頭を逸らすが、完全には逸らしきれず、額を見事捕らえられる。
 固いゴム弾の痛みに意識を奪われそうになるが、なんとか歯を食いしばる。

「アイン、ルール違反による発砲。よって、この試合フィリアの勝ち!! これを持って全決闘の終了をここに宣言する!!!」

 僕の勝利を告げるその審判の一言を聞き、僕は安心し、そのままゆっくりと食い縛っていた意識を手放した。


 続く


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