Seventh memory 03
ある日の夕食後、ナールは父に誰が1番強くなれそうなのかと聞いた。
『現時点で成長幅が一番大きいのはイアード……だろう』
とぽつりと呟く。
彼自身もそうではないかと思っていたことと合致していた。
この訓練を始めた頃はナールやアインの動きを追うのに精一杯で、文句ばかり言ってイアードは座りこんでいた。
それが今となっては「よっし! もっかい!!」と人差し指を天へ向かって一本立て、文句の一つも言わずに笑顔を浮かべる。
そんな彼女の前向きな姿に何度もナールは救われ、同時に羨ましいと思っていた。
自分とは違って、心の底から訓練を楽しんでいる彼女が……。
ナールの家系は昔から自警団をしており、遅かれ早かれ自警団に入ることになっている。
それは彼が生まれた瞬間。ずっとずっとずーっと昔から決まっていることだった。
いつかは自警団に入らなければならない。
そんな運命を背負ったナールは、昔からずっと自警団として活動するための実践を想定した訓練をやらされていた。
始めた当初は、何もかもが新鮮で楽しいと思っていたかも知れない。
だが今の彼は、父に言われているから、仕方なくやっている。
期待を裏切らないように、その義務感によって行なっているに過ぎない。
自警団とは、元々は天蓋を守るために作られた組織であった。
天蓋というのがいつからあるのかは誰にも伝わっていない、その中にいるとされる「わざわいをよぶもの」を封じる場所。
だが今の時代、そんな存在がいるらしいということすらもほとんどの人の中には残っていない。最早、知らない人間の方が多い。そういった存在のいるとされる場所を守る組織。
……ナールはその知らない側の人間とは違って、小さな頃から言い伝えや、伝承、言い聞かせなどでその天蓋という存在を教えられてきた。
自警団の人たちは本当にわざわいをよぶものから自分たちを守るために働いているのだろうか?……正直、彼は信じられなかった。
見た事もない架空の存在を信じ続ける程、もう子供ではなかった。
天蓋という「場所」に関しては父に何度も連れて行かれその存在を見せられてきたゆえにその場所が存在している事は理解している。
だが天蓋の中に「わざわいをよぶもの」という存在がいる、というのがどうしても彼には信じられない事だった。
「わざわいをよぶもの」と呼ばれるものを誰も見たことがない。しかし、その「わざわいをよぶもの」を封印するために記録や資料上では選人と呼ばれる人間がいたと記述がある。
その選人と呼ばれる存在も天蓋に入ったという記録こそ残っているが、誰も会ったことがなく、本当にその人たちが実在していたのかすらわからないものだった。
いい大人が揃ってそんな本の中の物語、それこそ神話や昔話を信じているなんて実に馬鹿げている。
彼が今読んでいる物語の魔女と呼ばれる存在がわざわいとなり、何の根拠もなく人々を狩りつくしてしまったという話とまるで同じではないのか。全てはただの物語で架空の存在。
……もし、仮に本当に、そんな何の信憑性もないわざわいをよぶものという存在のために何の罪もない人が選人……いや、あえて言葉を濁さずに言うなら生贄として、あのよくわからない場所に閉じ込められている、なんてことが今も行われているとするならーー。
それは、ナールにとって許し難いことだった。
それこそ、現自警団総団長である父を軽蔑してしまうかもしれないほどに。
しかし、なんだかんだと頭の中で理由を並べ上げても、今、彼が1番軽蔑してしまっているのはそんな自分自身だった。
ナールは、日に日に自分が嫌いになっていた。
自分にはアインのような才能も、ツヴァイのような熱意も、ドライのような目標もない。
ただ自分の父親が自警団だからとなんとなく、子供の頃からの習慣として、今も訓練を続けているだけに過ぎないということ。
そしてイアードのような向上心すらもない……そんな、空っぽのような自分では、いずれ自分は取り残されていくだろう。
そんな未来をナールは自分自身で描いてしまっている。
目の前に集中していなかったことでナールはすぐに自分が描いていた近い未来が現実なものとなる事を知る。
「もらった!!」
「んなっ!?」
油断していたというのが要因としては大きいが……イアードの放った完璧な一太刀は、仮にナールが訓練に集中していたとしても決め手になっていただろう。
それほどまでに戦いの中でイアードは成長していたのだ。
ナールが致命傷を避けるためにとっさに半身を逸らすもその一撃はナールの頭を捕らえる。
パーン、という気持ち良い音と共に、ほどなく決着が付いた。
その音に思わずツヴァイ、ドライ、アインまでもその方向に視線を向けて訓練の手を止めた。
ナールの父は、やはりかと一つため息をつく。
「ナール? 大丈夫か?」
放心しているように動かなくなったナールが心配になりイアードが駆け寄ってくる。
彼女は本心からナールを心配するような表情を浮かべていた。
ナールはイアードを安心するためにゆっくりと立ち上がり、作り笑顔を浮かべる。
「……イアード、すまない。少し、休んできていいかい?」
これ以上、訓練を続けていたとしても今の自分では彼女に対してみっともない姿しか見せることはできない。
それは、イアードに対してとても失礼なことなのではないかと彼は思い顔を伏せる。
「んっ? おぉ、いいけど……大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと待っててくれ」
ナールはそう言って、みんなからゆっくりと離れ、自身のカバンを持って近くの河原へと向かった。
河原にたどり着くと、ナールは、冷やしたタオルを頭に乗せ、木陰に腰を落とした。
「まさか、こんなに早くやられるとは……当然か……こんな気持ちじゃ……」
致命傷は避けたが、攻撃を受けた頭を冷やす。
軽いたんこぶのようなものができていたが、これは雑念を抱えたまま実践訓練をしていた自分への罰だと思っていた。
水の冷たさが心地よく、頭を振って水気を飛ばして上を向いた。真っ直ぐに自分の頭上から照らしてくる日の光が眩しくて、思わずナールは目を細めた。
沈みそうになる今の心情をまるで現すかのようにその光を遮り、一つの人影がナールの眼に映り込んできたのだった。
つづく
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