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32 対峙する者達

 翌朝、シュレイドはいつもの日課をこなすべく準備を済ませる。
 
「……よし」

 部屋の扉から外に出て、宿舎の廊下を歩いていく。いつもの制服に身を包み、剣を携える。
 今日は練習用の剣じゃなく、祖父との訓練で使用していた剣を持ち出していた。

 どうしてか今日はこの剣でなければいけないような気がして思わず手に取った。久しぶりに手にする剣は少し前よりも心なしかズッシリと重みが感じられた。

「この剣、こんなに重かったっけ」

 シュレイドは握り締めた鞘に込める力を強め、いつもの場所へと向かおうとした。
 その途中、見知った姿がシュレイドの正面から歩いてくる。

「おう、今から朝練かシュレイド~、精が出るなぁ。当日だってのに」

 いつものヘラヘラした笑みを浮かべてシュレイドの近くで止まった。いつもと何かが違うその表情が僅かに気になったが、シュレイドはそこには触れなかった。

「あれ? フェレーロ、今帰りなのか? 気付かなかったな」

「いやぁ、それがよぉ、今日の単騎模擬戦闘訓練、オースリーの本番だと思ったらよぉ、流石にブルっちまってさぁ~、眠れなかったんだわ」

 フェレーロはガタガタと身体を震わせながら言う。

「まぁ訓練なんだし、そんなに怖がることもないんじゃないか?」

 フェレーロはわざとらしく大きく驚いたような身振りをしながら言った。

「お前、ここをどこだと思ってるんだよー、騎士になる為の双校制度内の学園なんだぞ。死ぬことだってあるのは分かってるだろ」

「そうだけど、なら、死なないようにすればいいじゃないか」

フェレーロはおどけた様子から一変して、たまにする冷ややかな目線をシュレイドに向けて静かにこう告げた。

「自分が相手を死なせるかもしれないって事とか、自分がどうにもできない状況で大切な人間が死ぬかもしれないってことまで、お前はまるで考えてないんだな」

「えっ」

 フェレーロは鋭い視線でシュレイドを射抜きながら続ける。

「お前の手の届かない所で、このオースリーが終わって気が付いたら、居なくなってる人間が沢山いるかもしれないってことさ」

 その言葉の真意は今のシュレイドには分からなかった。言ってることそのものは勿論、理解はできる。でも、実感を伴う事がない。フェレーロの言葉が今は胸に痛く、思わず顔を逸らしたくなる。

「……」

「同室の友達のよしみだ。最後に一つ、お前に忠告してやるよ」

 フェレーロはこれまでになく真剣な表情でシュレイドを見つめる。逸らしたくなっていた顔を背ける事が出来なくなった。

「何をだ」

 一言、絞り出して口に出した。

「殺す気でやらなきゃ、お前が死ぬ」

 この時のフェレーロがどんな気持ちでその言葉を自分に伝えてきたのかもシュレイドには分からなかった。けど、少なくとも自分自身の死の危険を感じるような事はこれまでにシュレイドには経験がなく、負ける事がほとんどないシュレイドはいつものように答えるしかなかった。

「少なくとも、これまで学園で過ごしてきた中で、自分が負けると思った人はいない」

 フェレーロはその返答を聞いて一瞬、目を見開いたがすぐさま苦笑いを浮かべる。

「そうだな。戦場じゃなければ、お前は負けないだろうな。けど、今日は、学園内は戦場になるんだぜ」

「まるで戦場にでも出た事があるような口ぶりだな」

「どうだろうなぁ? うん、まぁ少なくとも命は、張って生きてきたぜ。だから分かる。今のままじゃお前は今日死ぬ」

 フェレーロは一層鋭くした視線をシュレイドに向けてそう伝えた。

「……フェレーロ。お前、もしかして心配してくれてるのか?」

 そう言われてフェレーロは思わず噴き出して笑い出した。

「ブッ、っっあはは、はははははっ。……お前って……やつは本当にさぁ、ほんとうに、さぁ」

 フェレーロは俯いて小さくぼそぼそと何かを呟く。

「どんだけ純粋なんだよほんと……普通に出会っていたら、お前が英雄の孫なんかじゃなくてよぉ……俺にも……果たすべき目的さえ、なかったら……俺達いい友達になれたんじゃねぇかなかって、普通に思ってたんだぜ」

「フェレーロ?」

 フェレーロは顔を上げてシュレイドに伝える。

「さぁな~、俺に残ってる最後の良心ってやつさ。忠告はしたからな」

「良心?」

「はは、意外と俺ってば友達は、大事にするやつだからさ~、あ、そうそう一つ言い忘れてた。お前、今日、始まって一番最初のオープニングバトルが出番だからな、遅れんじゃねーぞ」

「え、ああ、そうなのか、わかった」

 フェレーロはニヘラと弛緩したいつもの表情に戻る。

「…そういえば、今日は助けてくれって言わないんだな。いつもなら泣きついてくるかと思ったけど」

シュレイドはそう言ったがフェレーロはそれに返答をせず、僅かな逡巡をした後、部屋に向かって無言で歩き出した。

 シュレイドの横を通り過ぎる瞬間、小さな声で

「わるいな。シュレイド」

そう呟き歩いていった。部屋に向かい小さくなっていく背中を見つめたあと、シュレイドは日課に向かうべくいつもの場所に向かう。
 その心の中には、どんどん分からないことばかりが積み重なっていく。


 いつもの場所で、いつものように剣を振って身体を動かしても、その心の靄は晴れないままだった。


 教員室ではオースリーの監督をする教師の面々が集まり、一日の流れの確認を始めていた。カレンが静かに考え続けていた。どうにかこの状況の打開策はないのか、早くしなければオースリーは始まってしまう。大勢の生徒達が死んでしまうかもしれない。そこへピグマリオンから追い打ちをかけるようにカレンへと指示が飛ばされた。


「カレン先生。オープニングバトルの面々への対応ですが、貴方には、ハルベルトとディアレスの模擬戦闘の監督をして頂きます。」

 ざわつきだす教師達の中カレンはすぐさま断ろうと勢いよく立ち上がる。カレンを見るピグマリオンと視線がぶつかる。

「カレン先生。貴女が怪我をして退役したのは存じておりますが、元シュバルトナイン、森羅万象の守護者であった貴方ほどの抑止力がなければ流石にこの二人の戦いの監督を行う事は難しいのですよ。お分かりいただけますでしょう?」

「ですが!!」

「それとも、私情を学園内に挟み込むつもりがおありになる、とでも言うのでしょうか?」

 ピグマリオンは口角を釣り上げてニヤリと笑う。

「くっ、決してそういう訳では……それ以前の話です。貴方達も教師なら、この異常な国からの指示に疑問はないのですか!!! おかしいとは思わないのですか!!」

 周りの教師達の中にも疑問を持つものはいるらしく、場のざわめきが大きくなる。ピグマリオンはひと際大きな声でピシャリと言い放つ。

「国からの指示は絶対です! 平時ならいざ知らず、オースリーの期間中においてはこれは不変。我々は国の目的を果たすために学園に在籍している教師。指示には従うのが道理でしょう。私達が果たすべき義務とも言いますねぇ」

「かもしれません。だが、それはいつも通りの指示であればの話。この指示の目的を国からはっきり聞くまではオースリーは開催すべきではないと私は申し上げたいだけです!」

「カレン先生。それは不可能です。長年続くこの学園内の一大イベント。このイベントがあるからこそ、生徒達はそれを乗り越え立派な強い騎士へと成長していけるのです。困難の壁が高ければ高いほど、純度の高い騎士が育つ。それはこの道を通ってきた貴女にも十分に理解できているはずでしょう?」

 今のカレンでは言い返す理由を持ててはおらず、ピグマリオンの言葉に押し黙るしかなかった。

「…それにカレン先生。安心してください。今回は私が全権を一任されてはおりますから。オープニングバトルを見て、もし危険だと判断したらすぐに私が何らかの対処をし、指示を出しますんでねぇ、何も心配はいりませんよ」

「く……わかり、まし、た」

 カレンは飲み込むしかなかった。一時の感情で今の環境を手放すわけにはいかない事情も彼女にはあり、今はこれ以上の軋轢を教師間でも生むわけにはいかない。ただ従うしかなかった。唇を強く嚙むカレンの口内に血の味が拡がっていく。

(ピグマリオン先生が黒という確証が今はまだ、ない。だが一体どうすれば、、、このままでは私はまた……)

「さて皆さん、少し話が脱線してしまいましたが私は今回おそらくオープニングバトルで最も注目が集まるだろうこのカードの監督をいたします。かの英雄グラノ・テラフォールが孫、シュレイド・テラフォール対……」

「っっ!?」

 そうして開示されていく情報に対して、今のカレンにはどうすることも出来なかった。他のオープニングバトルの生徒達の監督者が次々と決められる間に時間は経過していった。

 そして、程なく、その時はやってくる。

 定刻になり、教師ピグマリオンの声が学園内へと響き渡る。

『さぁ、東部学園都市コスモシュトリカで過ごす生徒諸君、準備はよいかね!』

 生徒達はそれぞれ自分の時間に間に合うよう指定された場所へ向かっている。各々の想いを秘めてその時を待っている。だが、オープニングバトルだけは選ばれた生徒達の戦いから始まることが毎回決まっており、それ以外の他の生徒は各々が気になるオープニング担当の生徒の戦いを観戦することが出来る。

『秩序の神コーモスの名を冠する学園に住まう全ての者達へ!これより東部、単騎模擬戦闘訓練、オースリーを開始する!!! オープニングバトルの担当の生徒は速やかに指示された場所へ』

 学園内に大きく宣言がなされ、空気が一変する。疑似的にとはいえここからこの場所は戦場へとなる。東部学園都市コスモシュトリカはその姿を大きく変えていった。

続く

作 新野創
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