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112 双校祭視察と八の剣(セイバーエイト)

「は、え、は? リーリが東部学園都市の地域を調査中のディアナと一緒に今年の双校祭の視察をしてこいって? そんな学園祭の視察をするような任務これまであったっけ? オイオイ冗談きついって。この王都からどんだけかかるってのよあそこ。行くのだけでもめんど、、、大変じゃん」

 あからさまに倦怠感を滲ませて九剣騎士シュバルトナイン八の剣セイバーエイトリーリエ・ネムリープは拒否の姿勢を見せていた。
 彼女は全力でくしゃりと醜悪な表情を浮かべた。心底王都を離れるのが嫌そうな顔だった。

「以前に君は行ったことがないからこの国にある学園という所がどういう所なのか気になると言ってたじゃないか」

 サンダールの言葉にゔっとなるリーリエは視線を宙に彷徨わせるが決して彼と目を合わせようとはしない。

「ええ、いやまぁ、気になるとか興味があるのは本当なんだけど、実際に足を運ぶとなるとまた天と地の距離ほどに話が違うっていうか、そういうことじゃないっていくかただの学園生活への憧れというか、つまりはめんどく、、、大変じゃん」

 サンダールは大きくため息を吐き、一度呼吸を整え直した。

「欠けた九剣騎士シュバルトナインの穴埋めが出来そうな人材も今は目処が立っていない。今後に備えて学生だろうと有望な人材を発掘するという重要な仕事だ。問題がなければ直接、そうした人材を必要なポストへ推薦を行う事も早々に視野に入れねばらならない程に人手の足りない状況なんだよ」

 鳴らない口笛を鳴らそうとすぼめた口元からぷひゅしゅしゅ~と空気の抜ける音がするが、直後に何かに気付きぎょろりとサンダールに向き直る。

「ん? つまりはうまく国で働く人材が補填されればリーリの仕事が減るかもしれない、ということかにゃ!?」

 サンダールはため息を吐きそうになるが一度目を閉じて冷静になり口を開く。

「そう言う事にも、まぁ、うん、繋がるかもしれないですね」

 その言葉を聞いてぱぁっと明るい顔を見せたかと思えばやはり何か天秤にかけられているようで、苦虫を噛みつぶした顔をしたり、何かに耐えるような素振りをしたりとせわしない。

 どうにも情緒不安定な様子で最終的には頭を抱えて唸り出した。

「ぐ、ぐぐ。いや、けど、しかし、でも、なんというか、めんどくさ、、、大変じゃん」

 結局のところ彼女の中での判断基準の論点はそこだった。

 めんどくさい。

 彼女の全ての行動の判断基準はめんどくさいが実際にどのくらい面倒であるかだった。

 いくら押しても最終的にはめんどくさいに阻まれてしまう。
 このリーリエに仕事を振るのは正直かなり難易度が高い事をサンダールはこれまでに理解をしていた。

「はぁ、私が学園に行っても構わないのですが……」

 途端に水を得た魚のように元気になるリーリエは完全にサンダールに全てを擦り付けて、勢いで視察の仕事を放棄しようとした。

「えっ、それは助かるぅぅ。是非その作戦で行こうサンダール君、その名誉ある役割は君に頼むとしようじゃ……」

 がサンダールはそれをさせなかった。

「代わりにその間、王都内での君の業務は視察に行く九剣騎士シュバルトナインをはじめ、騎士達全て仕事を統括する仕事を頼むことになるからよろしく頼む。こんなに大変な役目を自ら進んで引き受けてくれるとは、アレクサンドロ様も天国でさぞお喜びになるだろうね」

 皮肉の込められた言い回しが皮肉を感じさせない言葉運びによってリーリエに降り注ぐ。

 リーリエは白目をひん剥いて硬直する。周囲全ての時が止まってしまうかのように見事な静止であった。

「んげ? すべてぇ? ずぇんぶ? おおるわあく? リーリのしごとだけじゃなく? おうとないのしごとぜんびゅ??」

 顎が外れそうなほど口を開けてリーリエはサンダールに問うと今日一番の笑顔がリーリエの視界を染め上げていく。

「王都を離れているディアナとクーリャの仕事関連は勿論ですが、空席となっている九剣騎士シュバルトナイン達が抱えていた仕事も含め、その全て。今は私がなんとか肩代わりをしているわけなのですが、視察に出向くとなると王都にいるリーリエ。君に全て一任するしかない。その苛烈な業務を代行してくれるならば私も喜んで視察に行けるというものです。ありが……」

「ちょちょ、ちょちょちょ、ちょちょちょちょ、ちょちょちょ、ちょちょ、ちょちょちょ!! ちょぉっとばかし待ちたまえよサンダール君」

 リーリエはんん、んんん、んん~と唸り、わざとらしく最後にエホンと咳き込んでサンダールの言葉を遮った。

「まだ何か?」

 視線は泳いでいる。白々しいにも程があった。

「ちなみに学園へ視察に行くと、どんな仕事が待っているのかにゃ~~? リーリちゃん興味あるにゃぁー、なんて」

 サンダールは小さく口の端を上げて微笑んだ。
 僅かに開いた窓から吹き込む風にカーテンがゆらゆらと揺れる。リーリエの心の隙間に吹き込んだ動揺により、瞳がゆらゆらと揺れていた。

「視察は双校祭を含めて、人材、情報の収集など様々な調査が主です。それ、以外の仕事はほとんどありません。(リーリエの脳内でループする『仕事はほとんどありません』というサンダールの声)私はかなり楽をさせてもらえそうではあるし、大変助かります」

 サンダールはチラリとリーリエを見るといつになく仕事のできそうな雰囲気を急に醸し出して目がキラキラと輝き始めていた。

 未来を掴む道はここにある。リーリエはこれほど目の前に明らかに存在する人生手抜きチャンスタイムをみすみす逃す女ではなかった。

「……ん、おほん。つまりなんだねサンダール君。ということは実質、休暇、バカンス、ノー仕事、ノー労働、ノー命令、視察とはそういうこと、なのかにゃ?」

「ええ、まぁ、概ねそういうことになります」

 綺麗に腰を90度に折ったリーリエの髪が地面に垂れる。ここ最近で一番大きな声を張り上げるリーリエは必死だった。

「オネシャス!! サンダールくん!! このリーリちゃんめにその大切な大切な未来への礎となる任務をこなす役割をあたえてくれたまへ!! この八の剣セイバーエイトリーリエ・ネムリープ!! 見事に立派に最高に視察を果たして参る所存です!!」

 サンダールは満足そうに頷いて、視線を天井にやるとリーリエに話しかける。

「ありがとう、実は先にディアナへ視察内容や指示は送っておきました。ですので君はひとまず学園に向かってくれればと思います」

「ブヒャラウエハァアアアア!!!! 早急に準備して王都を出発ダァ~!! よっ、さすが! 仕事が出来る男は違うね!! よっ、サンダールちゃん、最高!!」

 リーリエは飛び上がって喜んだ。とことん楽になる事には貪欲な彼女はこういう時だけいつも全力である。

「西部へはヴェルゴを視察に向かわせる手筈になっています。彼にはクーリャと共に行動してもらうつもりです」

 既にその話の時点でリーリエの耳にはサンダールの言葉は届いていなかった。

「王都での業務は全てその間、このサンダールが尽力しておきます。よろしく頼みます」

 さらりとサンダールはリーリエの行動を自分で決めさせたかのように事を運んでいた。これで今更になって覆される事や駄々を捏ねられる事もないだろうとようやく安堵する。

「いやぁ~、サンダールちゃん。このリーリちゃんにドーンと任せて王都に座してくれたまへ」

 サンダールはその言葉にニヤリとする。

「ええ、では、本当にそうさせてもらうとしますよ。準備が出来次第で出発してくれるかな? 人が必要なら、いくらでも連れて行ってくれて構わないよ」

 効率を最大限に発揮する際のリーリエの脳内の回転速度は異常であった。人材を何人も連れて行っていいという言葉で彼女の脳内で仕事の放棄の為のルートが完成した。

「つまり職権乱用して従者たちに視察を任せてしまえば実質オールフリーリエちゃんの誕生!? ってやつじゃない? うーわ最高を越えた最高だわコレ天才~~ リーリちゃん天才過ぎ推せるぅうう」

「頼んだぞリーリエ」

 リーリエの悪知恵などは特にサンダールにとっては問題はなかった。聞かなかった事にしつつ、サンダールは彼女のしばらくの行動先と行動範囲を縫い付けることに成功する。

「さー、いえっさー! 完全オーダーメイドの最高級ふかふかベッドに寝たつもりで任せといて。んじゃ急いで準備するねーさいならー」

 リーリエはるんるんとスキップらしき動きをしながら部屋を後にした。おそらく今のはスキップだろう。おおよそスキップには見えないその異様な背中を見送ると天井から人影が振ってくる。

「……サンダール様」

「どうした? カシュミ―」

 サンダールの前に姿を現した人物はどうにも不機嫌さを滲ませている。先ほどのリーリエとは対照的だった。

「なぜ、あのような女が九剣騎士シュバルトナインになれたのでしょうか? どうみてもただの堕落したゴミ人間としか思えないのですが」

 くっくと笑いサンダールはその物言いの珍しさに楽し気な様子を見せる。

「ふむ、アレクサンドロが推薦して王がそれをお認めになったからだ。あいつ自身には何の力もないだろうが、それでも今はまだ九剣騎士シュバルトナインとして立場があるのは確かだ。あんな奴はいつでも消せる。だがあんな奴とてしばらく王都に居られるのは困る、視察に向かわせるのが最良なのだよ」

 カシュミ―は納得がいかない様子で出ていった扉を見つめ吐き捨てる。

「厄介払いというやつですね」

「そうだ。この件が全て片付いた暁には九剣騎士を選定し直せばよいだけの事、何も、問題はない。にしても珍しいなカシュミ―、お前が用件以外で饒舌に言葉を発するなどいつぶりだ」

 カシュミ―はいつもの無機質な表情へと自らを戻そうと長く息を吐いた後に再度吐き捨てた。

「それほどまでにあの女は耳目に耐えがたい言動だらけだという事です」

 サンダールは珍しく笑いを堪えてカシュミ―を眺めるといつもは感じない機微が見て取れる。そうした点だけを見れば自分の雇うこの冷静沈着なカシュミ―の心すらも乱すリーリエは相当なものだとおかしくなったのだ。

「仕事に熱心なお前から見れば無理もないのかもしれんな」

「はい」

「くくく」

「何がおかしいのでしょうか?」

「いやなに、感情を表に出さず完璧に押し殺して任務を全うし、生きているはずのお前がこうも苛立ちを見せている所を見れるとは、おかしくもなろうというものだ」

 そこで初めて自分の役割を忘れたような行動を自分が取ってしまっていた事に気付き顔を伏せる。立場を越えた言動を自分がしてしまったことを戒めた。

「確かに、少しばかり心揺れておりました。以後気を付けます」

「それくらいは構わない。それと……あの件だろう? ここへ来たのは」

 先ほどまでとは異なる声色で場を切り替えるサンダールの言葉にカシュミ―は聞き耳を立てる。

「はい」

「で、第三王女サヴォナ・ヒルダ・メイオンの王城からの外出記録はどうだった?」

「そちらは既にサンダール様の見立ての通り、何かしらの兆しを捉えました。最近になってまた頻繁にどこかへ出向いているようです。何か城下に用でもあるのでしょうか? 後を追えればよかったのですがそこは王族、専属の護衛達も居て一筋縄ではいかず」

 顎に手を置いて考え込む。

「当然だろう。王族護衛騎士ロイヤルナイトだけは王宮内にいる存在が秘匿されている騎士達だ。我々とは命令系統が異なり精鋭揃い、更には構成されている者達の素性すら秘匿されており不明ときている。まぁ今は深追いはせずともよい。下世話に考えれば王女の年齢的に考えればただの想い人との逢瀬なのかもしれないしな、考えすぎだったならばその時はそれで構わない」

「はい」

「しかし、昔も一時期よく城下へお忍びで赴いていたようだからどうにも嫌な予感がしていてね。私の計画には小さな綻びもあってはならない」

「かしこまりました」

「頼むぞ、カシュミ―」

「はい、仰せのままに」

 風の吹き込んでいた窓を締め、カーテンで室内に差し込む光を遮る。

 サンダールの怪しげな微笑みが一瞬だけ、室内に消えゆく光と共に浮かび上がっていたのだった。


 つづく


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