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31 月明かりの血涙

 その日の深夜、自由公園区画の木々が生い茂る一画に数名の人影が集まっていた。闇に紛れる彼らは気配を最低限に抑え込んでいた。
 だが、こんな時間帯にも関わらずこの自由公園区画にいるのは彼らだけではない。
 翌日のオースリーを前に眠れない生徒達がまばらに存在している為、このように集まっていたとしてもそれを不審と思う者は誰一人いなかった。

 一人の大柄な体躯の男がイライラしながら声を荒げる。

「おい、放っておくって話じゃなかったのかよ? 英雄の孫はよ」

「シュレイド・テラフォール。なぜ?」

 寡黙な少女はぽつりと名前を呟き、中心の人物に視線を送る。

 全員の視線が集まる事を確認してその人物は口を開いた。

「状況が変わった。あいつ自身には問題がない事は変わらない。ただ、英雄グラノの孫という肩書きによる周りへの影響が少々見過ごせなくなってきた。……しかし、既に手は打っている。そこは安心してくれて構わない」

 険しい表情でそう語る。彼らの目的は未だにほとんどが不明であり、その目的の断片も見えてはこない。エナリアとのシュレイドの食堂戦を見ていた彼らがこうしてまた再び集まることはどうやらイレギュラーなようであった。

「ねーねーどういうこと?」

 お喋りそうな少女は首を傾げながら口元に手を当てて目線を仲間と思しき者達へ泳がせた。
 
「あいつと関わった生徒達、または見かけた者達が軒並み影響を受け始めている。皆は気付いているだろうか?」

 見覚えのある風貌の男が答えた。

「ああ、シュレイドのやつがエナリア会長との食堂での戦いを経てから、剣を使う生徒がめちゃくちゃべらぼうに増えてる。そういうことだろ?」

「その通りだ。あの一戦から後になって、再び剣を使う生徒達が激増している」

「剣を使う生徒が増えるのは困るんだよなぁ~? 何でかは俺にはどうでもいいんだけど」

 昨今、剣を扱う生徒が減っていた学園内の状況に対して、シュレイドの存在が再び剣を握り出す生徒の増加の一旦を至っていた。英雄グラノ・テラフォールその人からの直伝であるテラフォール流を一目見て、憧れを抱くものが想像以上に多かったということだろう。

「ああ、これは由々しき事態だ。長い時間をかけてようやく剣を使う生徒の数を減らせていた所だったというのに」

「けど、既に手は打っているっつったな?」

「ああ、戦う事、そして剣を使う事、そしてテラフォール流への恐怖を見ている生徒達に植え付ければいいだけさ。離れて戦う方が安心、安全だと思えるようにすればいいのだから」

 中心にいる男は表情を崩さず淡々と言い放つ。

「ふ~ん、どうするつもりなの?」

「手筈は? 問題ないか?」

 見覚えのある風貌の男が口元に笑みを浮かべた。

「ああ問題ない。綺麗に整えたぜぇ~。直前まで、あいつは通知された自分の相手が誰かはわからない。場所だけ書いたメモを見せてこれが書面だって嘘ついて部屋で渡してやったからな~。全く疑うことなく信じてやがったぜ~能天気な奴さ」

 月明かりに表情が照らし出された。その表情は普段のおちゃらけた様子からは想像できないほどに静謐さに溢れた表情を浮かべている。

「上々だ」

「対戦相手もどうせ向こうにコントロールさせたんだろ?」

「ああ。これならばどちらかを確実に葬れるだろう? 英雄の孫が死ねば生徒達は剣を使うことへの憧憬、影響も収まる。英雄の孫という肩書がここまで面倒な影響力を持つとは誤算だったが、、、まぁ問題ない範囲だ」

 一度大きく目を瞑り、再び見開いた男は先ほどよりも深刻な声色で話し続ける。

「そして、もう一人。コイツの方がどちらかといえば危険だ。このまま放置しては学園内においておそらく最も英雄へと至れるに近い男となる。我々の目的にとって最大の障害となる可能性がある以上、このまま成長を放ってはおけない。成長速度が異常だ。これも間違いなく英雄の孫の影響だろう。この辺りで手を打たねばならない。そこで今回のオースリー、そして英雄の孫を利用することにした」


 腕組みをした大柄な男が納得したように頷き、ようやく穏やかな声色が発せられた。

「ふん、どちらが死んでもこちらに利が生まれるという訳か。なるほどな」

 お喋りそうな少女だけはなぜか口を膨らませていた。

「二人とも超好みだからどっちも居なくなって欲しくないんだけどなー」

 お喋りそうな少女は尚も口を尖らせて不満げな表情を浮かべる。

「…貴女に狙われるなんて二人とも可哀そう……」

 寡黙な少女が珍しく相槌を打つように呟いた。

「え、それどういう意味!?」

「…そのままの意味」

「いやいや、可哀そうってことはなくない? 学園内でも超絶美少女勝ち組パーフェクトな容姿の私だよ!? 会話できるだけで男子生徒なんかみんなめっちゃ嬉しいとおもうんだけど?? それにさ! 生き残った方を私の彼氏にしてもいいってゆってたじゃん!?」

「……いつ? 誰が?」

「いま!!! 私が!!!」

(……ぶっっ)
 これまで一言も発していない者達も含めて中心の男と見慣れた風貌の男以外は少女二人のやりとりに吹き出した。

 大柄な男が大きく咳払いをし場の空気を締める。

「ゴホン。けどよ、今回は書面の勝利条件や内容があまりにも変わりすぎてて、先生たちには怪しまれないもんなのか?」

「だからこそ、学内上位の人間達も総じてぶつけるようにあの人に頼んであるんだろう? カモフラージュの為に。今の東部の状況から国が学園に対して活を入れに来るタイミングなのだとあからさまに見えれば教師達も必要以上の介入は不可能になる。ここ数年のイウェストの結果をみればこのような措置が取られる可能性も皆無ではなかったはずだ。違和感は少ないだろう」

「まったくよぉ、仕事が出来るのはいいけど、ほんと性格悪いよなお前のやり方」

「結果を伴わせるのに最適解を行っているだけだ。それに僕だって邪魔が入らないようにハルベルトを抑える役目を引き受ける訳だし。油断は出来ないさ」

「……だからオープニングバトルとしての開始枠に面倒な奴らの組み合わせを軒並み入れたの?」

寡黙な少女が再び呟く

「ああ」

 言葉少なく返答すると見慣れた風貌の男が身体を小さく震わせていた。明らかに先ほどまでとは空気が一変している。

「…んで、話は変わるんだけどよ。俺の対戦相手も何かお前が気を利かせたってことなのか?」

 見慣れた風貌の男を見ると拳を握りこんで、笑みとも怒りとも取れる表情を浮かべている。

「なんのことを言っているのかわからないな。ほとんどの生徒の相手は特に細工などはしてない。それがどうした」

 中心にいた男は見慣れた風貌の男に視線をぶつけた。

 僅かな静寂の後、見慣れた風貌の男の存在感が膨れ上がる。大気が震えるように更に体を震わせた。

「そうか、偶然? そうなのか、、、ハハッ。運命、、、かよ。そうか、そうなんだな、、、フフ、アハハハハハっ。こんな大勢の生徒の中からこんなにピンポイントでくるもんかよ。こりゃもう運命としか言えないよな。ようやく、ようやく、ようやく、もう我慢しなくていいんだな」

 周りの者達は訝しげにその様子を見ていた。だが、それ以上は誰も追求しようとしなかった。

「俺は今回の役目はもう終わり。あとは自由、だよな?」

「ああ、十分だ。後の事は好きにすればいい」

 質問していながら回答の言葉は既に耳には届いていなかった。背を向けてこの場を離れていく。
 笑いながら去っていく見慣れた風貌の男を見送りながら、残った彼らは目線を合わせたあと、、、

「それでは明日、それぞれの役割を全うしよう」

 中心にいた男の一声に続き全員がコクリと頷いて輪唱した。

『『『『『全ては…………〇〇〇〇〇解放の命を果たすために……』』』』』

 その声は自由公園区画の闇の中へと溶け込んで消えていった。



 集団から離れ、見慣れた風貌の男のザッザッザッとゆっくりとした足音が静寂の中で鳴る。
 自由公園区画の噴水広場にある大きな噴水の前で止まった男は暗い水の中を覗き込んだ。
 そこには自分の顔が映っており表情は暗くて見えない。
 笑っているような、泣いているような、怒っているような水面に映る暗い影

 丁度、その時、雲の切れ間から月明かりが差し込み水面を照らす。

 水面に映る自分の隣に、かつて取り戻すはずだった者の姿が映ったような気がして、胸の奥から込み上げてくる感情を抑えきれなかった。

「どれだけ我慢したことか、どれだけ耐えた事か、、、もう少しだ。もう少しで、お前の……お前の仇が討てるよ。お前を殺したあの女を、俺のこの手で……待っててくれ……アニス」


 顔の正面で強く握り込んだ拳、指が手のひらにめり込み、食い込んだ爪から滴り落ちる血が噴水の水にぽたりぽたりと落ちて闇夜に小さく音が鳴る。

 男の頬からは冷たい涙が流れ、血と混ざりあうように水面に小さな波紋を拡げていったのだった。

続く

作 新野創
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