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102 目指すべき姿

「たぁああああああああああああああ」
「うおらあああああああああああああああ」

 大きな両刃の斧と分厚い手甲に覆われた拳が激突して火花を散らし、ギャリリと周囲に金属音が鳴り響く。
 お互いの力は拮抗して反発し、その勢いに弾かれるように両者が距離を取る。

 風の穏やかな場所で微かに流れるその空気すら相対する今の二人にとっては心地よい風と感じる程にお互いの身体は熱を帯び、昂っていた。

「はぁはぁ」
「ぜぇぜぇ」

 頬に伝う汗が光を反射して煌めいた。
 臨戦態勢を解いたガレオンが汗を拭ってふぅと一息ついた。

「ま、今日は軽くって事だったし、こんなもんだろスカーレット」
「ああ、そうだな」

 スカーレットはその巨大な両刃の斧を起用に八の字にブンブンと振り回して地面に突き立てると、腕をぐるぐると回し身体をほぐし始めた。おおよそ女性が片手で扱うようなサイズではないどころか自分の身の丈ほどのその武器を片手で軽々と扱う姿は圧巻だった。
 武器を置いてカレッツからタオルを受け取り汗を拭った。

 そんな二人を眺めているただいま絶賛筋肉痛継続中のカレッツは子供のようにきゃっきゃしながらなるべく自分に負担がかからないように手を叩いて喜んでいる。
 
「ふたりとも本当にすごいねぇええええ、二人とも絶対に凄い騎士になれるよ!!」

 ぽよぽよと手を叩きつつカレッツは興奮している。
 カレッツの発した言葉にわずかに反応したスカーレットを見逃さなかったガレオンは眉をひそめる。

「……スカーレット、何かあったか?」
「え、ああ、少しな」
「どうした?」

 スカーレットは僅かに思案したのち仲間に向けて呟いた。

「……九剣騎士がこの東部学園都市へ来るだろう?」

 カレッツは彼女の突然の言葉、話題に首を傾げる。

「そっか、なんかの調査って話だったよね? でもそれがどうかしたの?」
「……」

 スカーレットは天を仰ぎ見て遠い日を想う。
 その瞳には迷いが見て取れる。
 少しばかり強く吹き込んだ風に特徴的な長い一本のおさげ髪がなびいた。

「なぁガレオン、カレッツ。お前達はどうして騎士を目指す?」

 唐突な質問に対してガレオンとカレッツは視線を交わすと空から降ろし真っすぐに二人を見つめるスカーレットの瞳を受け止めた。
 お互いに軽く頷き、場を茶化そうとしていた思考はその場で切った。

 カレッツに目配せして頷くとガレオンが告げる。

「……俺は、そうだな。本当の所、騎士になることそのものを目指しているわけじゃないんだ。俺が知りたい事の為に騎士になる必要がありそうだから目指している、とでもいえばいいだろうか。こうして誰かに言うのは初めてだが、今のお前の顔見てると嘘は言えんだろうしこの際だから話しておく」

 男同士お互いに理解し合っている風な雰囲気を醸し出してなんとかガレオンの態度に合わせていたカレッツが口をぱくぱくして今にも泡を吹いて倒れそうなほどに驚いていた。

 だが、いつもとは違う落ち着いた佇まいに切り替えて話し始める。
 
「ガレオン君まじですか!? あはは、けど、僕もそうかな、学園を無事に卒業したら商人になるって道が僕には決まってるから。言うなれば、その人脈作りのために行けと言われてここに来たみたいな? でも、今は生徒会の皆と一緒に騎士になるのも悪くはないのかなぁ~とは思い始めてて、あ、いや、その僕だけが弱いから無理かもしれないんだけど」

 二人の言葉を聞いてスカーレットは自分で質問しておきながら心底驚いていた。
 同じ生徒会のメンバーとして過ごして決して短くはない時間を過ごしてきた中で最も敬愛するエナリア以外のメンバーとは将来についてなど話したことがなかった。
 こうして答えてくれたガレオンも勝手に騎士を目指して邁進しているものと思い込んでいたからだ。

 カレッツはエナリアから出自は聞いていた為、ある程度は想定できる返答ではあった。彼がいつものように茶化さなかったことのほうが寧ろ驚きが大きい。

「そうか、正直に話してくれてありがとう二人とも。私もな、心は既に決まっているんだ。エナリア様を、あの方の理想を実現するためにも騎士になると決めてはいるはずなんだが、どうにも怖くてな」

「怖い? お前がか? 今のお前なら騎士になることそのものは難しくはないとは思うが」

「はは、どうだろうか。騎士として生きる資格が本当に自分にあるのかどうかが不安なんだ。元はただの農家の娘だから」

 スカーレットも日頃は猪突猛進という言葉が似合う真っすぐで歪みのない生徒であることを二人も知っている。
 なればこそその悩みは意外なものでもあった。

 考えてみれば同じ年頃の人間である。悩みの一つや二つあるのは当然であろう。

 しかし、そこでカレッツは大きく首を傾げてスカーレットに聞き返した。

「スカーレットちゃん。僕には今の話の流れというか資格とか生まれとかそういう話はちょっとわからないんだけど、双校制度自体が出自を問われないし、誰でも騎士になれる場所なはずだし、一体何が怖いの?」

「え」

 カレッツの素朴な言葉にスカーレットは自分の胸に手を当てて原因を思い浮かべる。
 彼の何気ないその質問で自分の思考の根っこにある一人の騎士の言葉が思い浮かんだ。

 果てしなく遠く見据える先にいるその騎士。憧憬の存在と言っても差し支えないその人。

「そうか……たぶん、あの人に認められないという事が、怖いんだ。どうしようもなく。この私の今の想いを挫かれるのが怖いんだ」

 その言葉にカレッツはポンと手を叩き、何かが繋がったように目を真ん丸にした。

「もしかして、あの人って、調査にくるっていう九剣騎士の人? そういう事? もしかして知り合いなの!? 凄い人脈!!」

 更に顎に手を添えて何かを考察しているカレッツにスカーレットも大きく目を見開いた。
 まさか今の呟きでそこまで情報が繋がるものなのか?
 当然、勘であるという部分は存在しているだろうがそれにしても驚きべき精度のカレッツの予想に感嘆する。

「普段は全くもって大したことない男だが、たまにすごい洞察力を発揮するんだなカレッツは」

 カレッツは口をあんぐり開けて絶望して頭を抱える。

「ねぇえスカーレットちゃん、それ褒めて……いや、けなしてるよねぇ!? あぐぐ、身体が」

 激しくオーバーに動きながら身振り手振りでスカーレットの言葉にツッコんだカレッツは自分の筋肉痛を忘れており、ピキピキと全身に痛みが走る。

 ガレオンはここまでの流れをフォローするようにスカーレットへと告げる。 

「俺から言ってやれる言葉はさほどないかもしれないが、エナリア様を支えてきたお前が居たからこそ俺は生徒会のメンバーになり今ここにいる。それは紛れもない事実だ。お前がしつこく俺の所に毎日足を運んでなければ、お前の行動が無かったなら、こんな話をする事もなかっただろうよ」

 身体の痛みに歯を食いしばりながらカレッツも続ける。

「ふぎぎぃ、エナリア様も言ってたんだよ。スカーレットは私と共に騎士になり、いつか凄い騎士になる。間違いないって」

 元々、貴族であるミルキーノ家の領地にある農村で過ごしていたスカーレットはある出来事で初めてエナリアを遠くから見ていた。その時の彼女の振る舞いを見て彼女の力になる事を決意した。
 エナリアが学園に来ることを知り、両親を説得し、自分も学園へと来た経緯がある。

「そうか、エナリア様……は信じてくれているんだな。まだ騎士にすらなれていないこの私を」

 カレッツがのんびりとした様子で何気ない疑問を投げかける。

「スカーレットちゃんが言う騎士ってさ。肩書がなきゃダメなのかな?」

「カレッツ?」

 カレッツの言葉に隣にいたガレオンも思わずキョトンとする。彼としては珍しい反応だがそれほどまでにカレッツの疑問は、彼らが知る騎士の常識とは異なる意見だった。
 それも彼が商人という家の生まれだからなのか? それとも数多くの神話の本を読み漁るからなのか? 彼の持つ本質的な考え方なのか?
 そこまでは分からない。

「確かに誰から見てもあの人は騎士だって言われる為には騎士叙勲(アコレイド)を経て正式な肩書が必要だとは思うんだ。でも、自分が騎士になるとか、騎士であるとか思い込んで、信じて日々努力して振る舞い続ける事をするのに騎士である必要はないでしょ? 日頃からそうなる為に頑張る人が、ただ周りに認識されるためにこそ肩書がある。みたいな?」

 二人の瞳孔は大きく開き、カレッツの言葉を聞き留める。

「商人もそうなんだけどさ、身分って確かに肩書としては昔から存在してる。でも、実際に物を仕入れて、売っていくという行動をひたすらし続けた人があの人は商人なんだって周りに認識してもらえているだけっていうか、そのなんか上手く言えないけど」

「……」

 もしかしたらカレッツ自身の考えだけの言葉ではないのかもしれない。それでも彼がここに至るまでにどれだけ柔軟な考えに触れて生きてきたのかその一端は確実に二人に伝わっていた。

「僕の好きな神話のお話の中でね。周りがつける肩書なんか一切気にせず、自分の理想の姿だけを追いかけて戦い続けた女性の英雄がいるんだ。それこそ地位や名誉なんか自分にはいらない、ただ自分が思うままに、あるがままに生きる為に私はここにいる、戦っているって。誰かにつけられた肩書で私は今の生き方を決めた訳じゃないって。『無欲奔放の英雄』ミアハ・エターニルスの言葉なんだけど」

 
「「思うままに、あるがままに生きるために私はここにいる、戦っている」」
 
 スカーレットとガレオンの二人は受け取り方は違えど、その言葉を呟きながら胸にしまい込んでいく。

「ふ、なるほど、エナリア様がお前を生徒会に入れた理由が初めて分かった気がするよ」

 スカーレットがカレッツに向ける視線がいつもとは変わっていた。人の印象というものは些細なきっかけで変わるものだということを実感していた。

「ええ~、は、初めてなのぉ!? はじめて!? スカーレットちゃんの、はじめて、、、でへへ、惚れてもいいんだよぉ?」

「それはねぇなぁ」

 即答された。

「ははは、カレッツ。お前はほんと凄い奴だ」

 ガレオンは笑いながらカレッツの肩をポンポンと叩くとカレッツはハッと我に返る。

「二人ともいつもと反応が違い過ぎてこっちが困るんですけど!! というか初めてってスカーレットちゃんはボクのことこれまではどう思ってたっていうの!?」

 スカーレットは憑き物の落ちたような柔らかな表情で珍しく笑ってみせた。

「うーん、エナリア様にづいた害虫、性欲にまみれだ色魔、生徒会にとっでの脂肪とが正直おもっでだぁわぁ」

 先ほどからいつもの生徒会での毅然な姿とは違う彼女本来の言葉遣いが自然と顔を出し、そう言われたカレッツはとても絶望した。

「スカーレットちゃん!!! もうちょいオブラートな言い方なかったのかなァ!?」

「半分は冗談だってばぁ」

「なーんだ半分かぁ、って半分でも十分ダメでしょそれ!!!!! ッッヅ筋肉痛アアアアーーーーー!!!」

 勢いよくツッコもうとしたカレッツは自身の肉体の状態を無視して全力で動いた結果再び大きな悲鳴を上げる。

「ハハハ、カレッツ。これを機にお前もダイエットでもしたらどうだ?」

 珍しく腹を抱えながらガレオンが言うと

「僕の個性をなんだと思ってるの!! 痩せた僕なんて……」

「案外、痩せだら一気にモテるがもしんねぇけどなぁ」

 スカーレットの言葉を耳にした瞬間カレッツの姿勢がピンっと伸び、口の端を不敵に吊り上げてニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。

「要検討の上、判断いたしますので一旦その意見は持ち帰らせていただきます」

 顔を見合わせたガレオンとスカーレットは思わず吹き出して笑っていた。

 そんな二人を眺めてカレッツも満足気に、嬉しそうにニッコリと微笑むのだった。


つづく

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