Second memory(Sarosu)02
森を抜けた先は、信じられないくらい開けている所でさっきまでの木々が嘘みたいに一本もない所だった。
森の奥にこんな所あったんだって驚くような景色だった。
「なんだよ、この場所……」
余りにも美しすぎるその光景に息を飲んだ。開けている場所だったにも関わらず、思わず俺はヤチヨの姿を探してしまうほどに我を忘れていた。
そして、目に入ったヤチヨの姿をみて再度、息を飲むことになる。
月と星の明かりで照らされているヤチヨはいつも一緒にいるヤチヨとは思えないくらい綺麗で、幻想的で、言葉すら一瞬失った。
そんなヤチヨの足が、一歩また一歩と俺から離れていく。
その瞬間、ヤチヨがこの世界からいなくなっちまうんじゃないかって怖さが襲ってきた。思わず駆け出した俺はヤチヨを後ろから抱きしめ言葉を絞り出した。
「サロス?」
「お前。行くな!! 行くなよ!! ヤチヨ!!!」
俺が叫んだ声すらも飲み込んでしまったかのように、辺りに響く声はヤチヨの耳にギリギリ届くかどうかわからないくらいの小さな声になって飛んでいく感覚があった。
「大丈夫。 どこにも、いかないよ。」
その小さな声が届いたのかヤチヨは、消えそうな小さな声で俺の右手をギュっと握ってきた。暖かい、これがヤチヨの温もりなんだって思った。
「昔、ママが言ってたの。この場所でお星さまにお願いをすると必ず叶うって」
ヤチヨは、そう言って遠く真っ暗な暗闇の先を見つめていた。
「あたし、その時お願いごとしなかったの。だって、お願いなんて必要ないくらい幸せだったから。パパがいて、ママがいて。それだけですごく幸せだった……でも、そんな幸せが続きますようにってあたしがお願いしなかったからバチが当たったのかなぁ?」
ヤチヨはそう言って、寂しそうに笑いかけてきた。
急にヤチヨの前から消えちまったヤチヨのかあちゃん。最近は、その話をしないからもう平気なんだって思ってた。
そんなわけねぇよな。俺だって、母ちゃんがいなくなったらヤチヨみたいにいつもメソメソ泣いちまうかも知れない。
「なぁ、じゃあそのお星さまにお願いしようぜ。ヤチヨの母ちゃんが帰ってきますようにってさ!!」
「えっ!?」
「俺も、一緒にお願いしてやるよ!! ヤチヨの母ちゃんが帰ってきますようにってさ!!」
「……。ダメだよ」
ヤチヨは、そう言って再び寂し気に笑った。その顔を見たくなかった俺はつい語気を荒げてしまう。
「なんでだよ!! お願いすれば必ず叶うんだろ!! だったら!!」
「ううん。きっとそのお願いはきっと叶わない。だって、ママはきっとお星さまに呼ばれてしまったから」
「お星さまに呼ばれた?」
「そう。あたしがきっといい子じゃなかったからママをお星さまが取っちゃったんだと思うの。ママは、あたしとずっと一緒にいられますようにってお願いしてくれてたのに、あたしはしなかった。しかも、お願いしたよってママに嘘までついて」
ヤチヨの声が上擦っていた。これじゃまた、ヤチヨを泣かせちまう。ヤチヨが泣いている姿を見るとなんだかこっちまで苦しくなるんだ。おれまで泣きそうになるんだ。
だから――
「大丈夫だ!!」
俺は、ヤチヨの両手を強く握った。
「今、お願いすれば必ずヤチヨの母ちゃんは帰ってくる!! 俺を信じろ!!」
「サロス……」
「ヤチヨの母ちゃん、聞こえてるかー!! ヤチヨはここにいるぜ!! だから、早く帰ってきてやってくれー!!!」
俺は、出来る限り大きな声で叫んだつもりだった。 しかし、俺の声はその星空にはまったく届いてないみたいで、辺りに全然響いてなかった。
「っっ…ママ、、っママぁっ!! あたし、ここだよっ!! ここにいるよーー!!」
ヤチヨも俺に続いて、大きな声を出す。
「ヤチヨの母ちゃん、聞こえたら返事をしてくれ!! ヤチヨはここにいる!! 元気な姿であんたの帰りを待ってるんだ!!」
「……ママ、心配しないで!! あたし、ママがいなくて寂しくて、泣いちゃうことも多いけど、今はサロスとアカネさんとシスターがいるからもう少し頑張れるから!!」
「……ヤチヨ?」
「だから、あたしちゃんといい子でいるから、ママが迎えに来てくれる日まであたしちゃんと待ってるから!!」
「ヤチヨの母ちゃん!! あんたが、迎えに来る日までヤチヨは俺が守ります!! だから、心配しないでください!!」
「サロス?」
「俺、まだ小さくて頼りなくて、たまにヤチヨに意地悪しちまうけど。でも、ちゃんと守ります!! だから、安心してください!!!」
「ママ、あたし大丈夫だから。だから、心配しなくていいよー!!」
突然、幾億の星が空に流れ始めた。まるで、それは世界に俺たちの声が届いたみたいに急に光り輝き始めた。
ヤチヨは、目をつぶって何かを祈っているようだった。俺も、同じくヤチヨを真似て目をつぶって祈る。
ヤチヨと母ちゃんがまた会えますように。
そしてもう一つ、小さく小さく願った。
ヤチヨとかあちゃんとシスターといつまでも……一緒にいられますように……と。
「っし、帰ろうぜ」
「うん!」
俺たちは、決して離れないように手をつないだ。ただ、歩こうとしてふいに足元がぐらつく。
「サロス!!」
「あー。悪い。ヤチヨ、帰るのもう少し経ってからでもいいか? 疲れちまった」
「うん!!」
俺と、ヤチヨは揃って星の見える丘の原っぱに足を放り出して寝転がった。すると途端に眠気が襲ってきた。あぁ、こりゃあ、また母ちゃんとシスターに怒られるなと明日以降のことを考えるが……もう今はどうでもよかった。
「ねぇ、サロス? 寝ちゃった?」
ヤチヨの声は、聞こえてはいたが返事をする気力はすでになかった。と、いうか俺よりも体力ないはずなのに、こいつはまだ元気なんだな。
「あたしね、実はママのこと以外でもう一つお願いしたんだ」
なんだ、欲張りなのは俺だけじゃなかったのか。
「ママが迎えに来ても、ずっとずっとサロスとアカネさんとシスターと一緒にいられますようにって。えへへ。あたしわがままかな?」
ヤチヨも同じこと思ってたんだなと嬉しさで思わず顔がにやける。それを見られたくなくて顔をそらして目をつむると急にふぅっと意識が遠のいていく感覚に陥っていく。
「本当に寝ちゃった?……へへ。おやすみ。サロス」
そして、俺たちはまもなく二人して眠った。翌日、星の見える丘から家に帰る途中。探しにきた母ちゃんや自警団の人たちに出くわし、こっぴどく叱られたのは言うまでもないだろう。でも、その行動には後悔はなかった。
ただ、その夜に祈った俺の小さな望みが叶うことは……なかった。
続く
作:小泉太良
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