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Fifth memory (Philia) 02

「心配、しすぎたかな」
 
 部屋の片隅で静かにしていた兄さんが、僕にそうぽつりとつぶやいた。

「うん、母さん嬉しそう」
「昔からの親友なんだってさ」
「親友?」
 
 僕が小首を傾げると、兄さんは小さく笑った。

「大事な人ってことだ。俺が、母さんや父さん、フィリアを大好きなのは家族だからだけど、家族とは違う大好きな友達のことを親友って言うんだ」
「兄さんにとっての、アインさんやツヴァイさんみたいな?」
「んー……ツヴァイは、そう、かもな。本人には言いたくないが」
「どうして?」
「……色々面倒だからだ」
「面倒?」

 兄さんはやれやれと言うようなポーズで僕に苦笑いする。

「お前にもいずれわかる時が来るさ」
「……? じゃあ、アインさんは?」

 直後、そのままのポーズで兄さんは固まった。

「アインは、なんというか、うん」
 
 兄さんは、そのまま何故か困った顔をしていた。

「恋人?」
「違う! それは、断じて違う!!」
「じゃあ、この間言ってたアカネさんって人は?」

 完全に兄さんは時間が止まったように硬直した。

「…………」
「兄さん?」
「あー! 良いだろ、この話は、おしまいだ」
 
 そう言うと、兄さんは無理矢理話を終わらせてしまった。
 
 僕、何か、変なこと聞いたのかな?

 それから、しばらくの間は母さんはとても元気だった。

 兄さんや僕が心配してしまうくらいに。

 父さんは、たまに帰ってきてるみたいだけど、僕も兄さんもその姿を見ることはなかった。

 そんな日々が続いていたある日、定期健診にヨウコ先生が来た日のことだ。

「うん、問題ないわね」
「そう、良かったわ」
 
 母さんはとても嬉しそうだった。

 母さんが、笑顔だと僕も嬉しくなる。

「あっ、そうそう実は今日、娘を連れて来ようとしたんだけどねーー」
「その様子だと、上手くいかなかったみたいね」

 母さんは小さく笑って、そう言った。

「お友達が出来るかもよって言ったら、そんなのいらないって……ほんと、誰に似たのかしら、あの強情さは」
「それ、本気で言ってるの? ヨウコ」
「もぅ……ほんと意地悪ね。メノウは」
「お互い、さま、でしょ」
「まっ、確かにそうかもね」
 
 二人が何を話しているのか内容はわからなかったけど、母さんは笑っていた。
 
 母さんは、ヨウコ先生と話していると本当に楽しそうだった。

 僕や、兄さんに笑いかけるくれる母さんは最近、無理をしているような気がしていたから。
 
 だから、その日、2人の邪魔をしないように、初めて母さんたちに内緒で家を飛び出した。

 行く当てもなく、お気に入りの場所まで歩いていく。

 小さな河原で風に頬を撫でられながら本を読むのが好きだった。

 その場所に着くと、先客がいた。

 長い白髪と緑の瞳で真剣に女の子が本を読んでいたんだ。

 その様子が気になった僕は思わず

「何、してるの?」

 その子に声を掛けた。

「なんだっていいでしょ!!」
 
 その女の子は、僕の方を一度だけ振り返り、大声でそう言うと、何事もなかったかのように本へと視線を戻す。

 とてもびっくりした。

 僕は、その女の子がとても怖いと思った。

「ご、ごめんなさい」
 
 僕は、小さくそう言うと、お気に入りの場所から少し離れたところで本を読み始めた。
 
 兄さんが読んでおけと渡してくれた本。

 書いてあることは、さっぱりわからないけど読むことを止めることが何故かできなかった。

 本から、目を離したそのほんの一瞬、僕はその女の子と視線があった。

 少しバツが悪そうにこちらに近づいてきていたから。

「ど、どう、したの?」

 恐る恐る聞いてみる。
 彼女はもじもじしながら顔を伏せて小さな声で呟く。

「その……さっきはごめんなさい。急に、怒ったりして」
「えっ!?」
「……隣、座ってもいい?」
「うっ、うん」
 
 女の子は、そう断りを一つ入れると、僕の横に座った。

「……私、家出してきたの」
「いっ、家出!?」
「そう、多分、お父さんもお母さんも私のことが嫌いだから、私から離れてあげることにしたの」
 
 そう言った女の子の表情は少し寂しそうに見えた。

「どうして、そう思うの?」
「だって! お母さんもお父さんもお仕事、お仕事って、私にちっとも構ってくれないんだもの!!」
 
 なんて言ってあげれば良いのかわからなかった。

 ただ、この女の子の気持ちはなんとなくわかるような気がした……。

 ……だって、僕も似たような気持ちになって、家を出てきたんだから……。

「……僕も、似たような感じ……かも」
「えっ!?」
 
 女の子は、驚いた顔で僕の方を見る。

「僕も、最近父さんはお仕事で中々会えないし、母さんも僕や兄さんといるときより先生と話していた方が楽しそうなんだ……」
「そう、なのね……」
「僕たち、似ているね」
「……いいえ、似ていないわ」
「えっ!?」
「あなたには、お兄さんがいるみたいだけど、私には、誰もいない。傍にあるのは本だけよ」
「そんなことーー」
「でも、ありがとう。少しだけ、気が晴れたわ。もう、会うことはないでしょうけど、あなたと話せてよかった」
「あのーー」
「あなたもそろそろ帰った方が良いわ。バイバイ」
 
 そう言って、その女の子は足早に僕の前から去っていった。
 
 僕は呆然と去っていく姿を見ている事しか出来なかった。
 
 結局、僕はいつも何もできない。

 目の前でこうして何かが起こっても、見ているだけ。

 ……何も行動できない。
 
 いつものようにまた本を開いて眺める。

 やっぱり内容は難しい。

 でも、やはり止める事は出来ずに読み進める。

 そうして僅かに時間が経った後だった。

「ねぇ、あなた!」
「な、なんですか!?」
 
 紫の髪と瞳の女の子が、突然声をかけてきて、僕が思わず驚きのあまり体を丸めて泣きそうになってしまった……。

そう、ヤチヨと初めて出会ったのも、この日の事だった。


続き

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