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51 剣のない武器屋

 ここ西部学園都市の商業・娯楽区画では東部の同区画には及ばない広さではあるものの、生徒達が活気良く数々の店を開き過ごしている。

 特に戦うこと以外のスキルを持つ者はその多くがこの区画で過ごしており、中には生徒宿舎区画ではなくこの区画で生活の基盤を作っている者も多くいる。

 新入生となる一年目の在学期間以降はオースリー、ギブング、イウェストという国から定められている大きな学園都市中を挙げての参加イベントを除く通常の授業は成績さえ悪くなければ、基本は自由出席となる。

 そうして、とにかく自主性を重んじて各位の向上心に任されている学園生活を送る上級生たちの中にはこの区画で人脈を増やして騎士以外の職種に就く準備を学生のうちからしている者も多い。

 そんな区画へ長い髪を靡かせながら一人の男が目線だけをキョロキョロと動かし、落ち着きなく景色を眺めつつやってきた。

 この半年間、ほぼ生徒宿舎区画、校舎棟区画、の往復しかウェルジアはしてきていない。こうした賑やかな区画に来ることは初めてである。

 彼は道を行き交う生徒のあまりの多さに驚く。

 授業に出ているだけでも相当な人数がいるのだが、更にまだこんなにも生徒がいるのだということに嘆息する。

「ふぅ、人が、多すぎる」

 正直、息が詰まりそうになっていた。
 意気揚々と(には傍からは見えないが)この区画にきたウェルジアは眉間に皺を寄せた。

 さっさと用事を済ませて帰ろう。そう思った。

 プルーナの言った通り、大通りに面した一番大きな看板がスミス兄弟の店ということで探すとそれはすぐに見つかった。
 看板には槍や斧のマークが入っていることもあって、ウェルジアでもすぐに武器屋である事が分かった。

 入り口の装飾も豪華で煌びやかな扉だ。
 だが、少々、眩しすぎてどうにも入りづらく、扉の前で静止した。
 こうした店に行ったことがないウェルジアは一呼吸してドアを開け、店内にゆっくりと入っていく。

 中に入るとすぐに視界に入ってきたのは鉄拳、鉄甲などの手にはめる装具や短剣などの比較的小さな武器。
 目的は剣なのだがそうしたものでもウェルジアにとっては胸躍るラインナップだった。

 やはり表情には全くその高揚感は現れないものの彼の内心はとても興味深く店内にぐるりと視線を巡らせていく。

 人気の槍や斧は近接用のものと投擲用の短めの物まで置いてあった。弓などの武器もおいてある。
 どの武器もこうして陳列され並んだところを見るのが初めてなウェルジアにとっては壮観で感動すら覚える。

 スミス兄弟の作る武具を好んでいる生徒が多いのか、店内にはとても人が多く賑わっていた。
 壁にかけられている物は重量のあるものや長物が多いようで、斧や槍、また両方の特性を併せ持つ斧槍(ふそう)いわゆるハルバードと呼ばれる武器などが壁際には並んでいるのが見えた。

 また店内の透明なケース内に飾られている装飾が豪華な物。
 更には無造作に樽に入れられて置かれている物や床に敷いた布の上に置かれているだけのものなど、様々な陳列状態で多岐に渡る武具が並んでいた。

 展示の仕方でどうやらその武具の価値が違うらしいことにウェルジアは気が付いた。
 丁寧に飾られているものが、店ではよりよい武器であることが察せられる。
 値札の見方や説明書きは全く何を書いているのかウェルジアには読めないが、それでもこうした初めての武具店に心躍る事は変わらない。
 
 ウェルジアは興味深げにしばらく店内を見回る。
 最初こそ人の多さに嫌な顔をしていたが、武器を見始めるとあまり気にはならなくなっていた。それほどまでに彼の目に映る物全てが輝いて見えていたのだ。
 が、それにも慣れた頃にようやくウェルジアは気付いた。

 しばらく店内を歩いて品定めをしていたが、自分が欲しいものが今のところ見当たらない。というより、そもそも剣が全く見当たらない。展示されてすらいないのだ。

「いらっしゃ~い、長髪のおにいさん。さっきからぐるぐる回ってるけど何かお探し?」

「ッ……リニア!?」

 一瞬目を奪われた店員らしき生徒はウェルジアの妹、リニアに雰囲気が似ていた。

 よくよく見るとそこまで顔が似ているという訳ではないのだが笑った時の感じがとても良く似ていた。しばらく会っていないからだろうか。
 何事もなく大きく育っていればリニアもこんな風になっていたんじゃないかとウェルジアに思わせるくらいには似ている。
 見た所、彼女は自分よりも学年は上のようで制服のリボンの色が教室で見るものと違う。
 そんなことを事をウェルジアが考えていると彼女と目が合い、先ほどの質問を思い出して、すぐさま返答する。
 
「……剣を、探している」

「……え、剣ですか? へぇ、今の時代に珍しい武器をお使いですね。剣使いさんなんですか? あー、でもお二人とも剣は今は全く作ってないんです。作ってもあんまり売れないとかで全然作らなくなっちゃったみたいで、新作は全然なくて」

「そうか」

 微かに肩を落とす。昔から剣しか使ってこなかったウェルジアには剣以外を扱う術を持たない。
 
「……ん?」

 そういえば、二人? 確か三人兄弟だったのでは? とプルーナの話を思い返したが、ひとまずそこには触れずに話を聞く。

「あ、でも儀式用とかの宝剣なら上の階に、もし……投げ売りのような品物でこの店の中で質が悪い商品でもよければですが、地下の売り場に剣、ありますよ……ご案内、しましょうか?」

「地下を頼む」

 儀式用の宝剣と言われて戦闘で扱うには少々難がありそうだと思ったウェルジアは地下の案内を求めた。

「わかりました。こちらです」

 そういって彼女は階段を下り始めた。見れば上に行く階段もある。壁をチラリとみるとどうやら上の階に行くにしたがって高い商品が置いてあるらしい。
 描かれていた意匠で字の分からないウェルジアにも伝わるというのはそれだけ丁寧に住み分けがなされているということなのだろう。

 
 地下に降りるとそこはやや地上階に比べると薄暗く、埃っぽい。売り場ではあるものの、上の階に比べると全くといっていいほどほぼ人がいない。

「まぁ、ここは売り場兼倉庫みたいなもんなんでちょっと汚いんですけど、確か剣は奥の樽に……あ、ありました」

 彼女の指さした樽の中には剣が数多く無造作に入れられていた。中には抜身の剣もある。

「ここにあるものは全て銅貨一枚くらいの価値の商品なのでお手頃です。ちょっと古いものですけど、お手入れさえすれば十分に使えますよ」

 そういって彼女はウェルジアに笑顔で説明する。

「触っても大丈夫か?」

「ええ、ご自由にどうぞ」

 ウェルジアは順番に剣の柄の握りを掴んでいく。
 こんなにも違う物なのかとウェルジアは自らの持つ剣と交互に柄を握りながら感触を確かめる。

 一本ずつ握っていくとやはり長く使っているからなのか自分の持つ剣の柄の握る感触がもっともしっくりくる気がしていた。
 というよりも手に感じる重みがまるで違っている。重量ではなくこう、うまく言葉に出来ない何かがそこにはある気がした。

「……ちなみに折れた剣を直すことは可能なのか?」

「……うーん、私ではちょっと判断できませんね」

「そうか」

「……ああ、でもでも一度スミス兄弟のお二人に聞いておきましょうか? えーと、生活基盤は商業区画ですか? それとも、宿舎区画にお住まいです?」

「生徒宿舎区画だ」

「なら調べれば手紙を届けられるので後日送りますよ」

「助かる…で、一つ気になっていたんだが」

 ここでどうしても引っ掛かり続けた話題がどうしても気になりウェルジアは彼女に聞くことにした。

「はい?」

「俺も聞いた話なんだが、スミス兄弟は三兄弟だと聞いていた。先ほどから二人と言っているが? もう一人は?」

 他人に興味を持つことなどウェルジアには珍しかったが、なぜか聞きたくなった。剣を作るという事が出来る鍛冶師という者達の存在が興味深く、そのような気持ちにさせたのかもしれない。

「……え、私が知る限り、スミス兄弟は二人でやってらっしゃいます。工房で二人以外を見かけるとなると……製作助手が何人かたまに来たりしてますが、少なくとも私がここで売り子のお手伝いを始めた1年前くらいには既にご兄弟はお二人でしたよ」

「そうか――」

 プルーナの記憶に齟齬があったのか、もしくは学園生活の中で既に死んでしまった者の一人なのかもしれないとウェルジアは思案する。

「――では修理が出来るのかどうかの話の件は頼む。俺の名前はウェルジア、生徒宿舎棟の北館に届けてくれ」

「はい! 分かりました」


 目の前の笑顔を見て無性に妹の顔が見たくなった。
 ここへきて半年、未だに自分をここへと誘うように現れたフードの男は見つからないままだ。
 早く見つけなくては、妹の状態を直す方法を聞かなくてはならない。
 思いだすと途端に焦燥感に駆られる。

 昔、学園で待っていると言っていたそのフードの男は一向に姿を見せてこない。苛立ちを覚えるのも無理はない。

 ここでの用は済んだとばかりにウェルジアは階段を上がっていく。地下の一角にいた他の客の二人がその視線を静かにウェルジアへと向けた。


「…………あいつ、持ってやがるな……間違いない」

「殺気を出すな……おそらく騎士核(ナイトコア)持ちだろう」

「へぇ、珍しいな。扱えるようになる前にここで殺っとくか? 剣使ってるやつは減らさないとダメなんだろ?」

「面倒は起こすな。もう十分に剣を使う生徒は減っている。問題はない」

「そか、んならいいけどよ」

「さ、人も居なくなった事だ。引き続き目的の物を探そう」

 地下から上がって行くウェルジアの後ろ姿を見つめた後、二人はそれきり会話もせず、薄暗いこの場所で何かを探し続けていた。




 続く


作 新野創
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