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Fifth memory (Philia) 14

「アイン、天蓋の警備は今日誰がーー」

 僕が話しかけたタイミングで、アインが椅子ごと振り返り人差し指を口元に持っていきつつ、少し思案する。

「天蓋……の警備?」
「選人の見張り……は誰が担当してるんだい?」
「選人……あーそうだったわね、えーっと、警備警備っと……」
「……」

 忘れていたのか、団員リストを見つつアインが適当な場所にペンで丸をつける。
 そんなアインの態度に思わず、僕の表情は険しくなる。

「そんなに怖い顔しないでよフィリア、大丈夫よ。天蓋に近づく人間なんているわけーー」
「あそこにはヤチヨがいるんだ!!!」

 普段はあまり声を荒げる事はないが、看過できないアインの態度に思わず大きな声を上げてしまう。

「……フィリア、友人が心配だっていうあなたの気持ちはわからない訳じゃないわ。でもね、私たちの、自警団の仕事は天蓋の付近の警備だけじゃないの」
「なら、ずっと僕が天蓋の警備をーー」
「それはダメよ」
「なっ!?」

 アインの表情がさっきまでの柔和な表情から、自警団の団長の一人としての鋭い顔つきへと変わる。

「あなたはうちの……いいえ、おそらく自警団全体で見ても、既に中心的な存在なの。……だから、自警団内での優先度が低い天蓋警備の仕事をずっとしてもらうわけにはいかないの」
「っく……」
「フィリア、あなたは個人で見ればとても優秀。でも、だからといって我儘が通るような場所じゃない。私もあなたも自警団の……組織の一部でしかないの……ましてや1人の団員でしかないフィリアの勝手な判断は許されないわ」
「……」

 僕はどこか舞い上がっていたのかもしれない。アインに認められ、自警団に入団したことでようやく、ヤチヨを一番近くで守れるのだと……。

 でも、現実はそう甘くはなかった。
 
 結局、僕は、自警団にいるだけで何の力もない……ヤチヨをただ見送り、サロスを止められず……ヒナタの気持ちに何も言えなかったあの頃の……僕と、何も変わっていない気がした。

「大丈夫よ。何かあっても天蓋は、あたしがちゃんと守る。あなたの大事な友達のヤチヨちゃんを守ってあげるから」

 僕の表情を見て、アインが柔和な表情へと変わる。

 アインの言った守るという言葉に嘘はない。きっと、天蓋に何かあればアインは……いや、アインだけじゃないきっとツヴァイとドライの2人も……。

 ……でも、僕はそれでも不満だった。誰かに任せることほど不安な事はない。

 確かに、天蓋の警備の仕事は、公認のサボり、ご褒美、無能の為の仕事だと言われるようなもので、今の自警団においてはあってないようなものだ。

 と、言うのも、明確に何かをしなければならないという事がない。

 名目上は、天蓋に対する脅威からの護衛。

 しかし、好んで天蓋に近づく人などまずいない。

 でも、僕は違う……天蓋には、ヤチヨがいる……。

 だからこそ、僕は、そうした日々に気が気ではなかった。

「んっ? これはーー」

 ある日、疲れている顔をしているとアインに言われ、僕は誰も手付かずになって放置されていた総団長……兄さんの部屋の掃除の任を言い渡された。

  部屋を開けると、何年も放置されていたはずなのにまるで掃除好きな兄さんが今日も使っていたかのように綺麗で、あまりにも兄さんらしい部屋で僅かに笑みが零れる。

 部屋に入って、わかったのは兄さんの部屋には物がほとんどなく、小さな机と積み上げられた本、そして、一冊の日記があるだけだった。

 悪いとは思いつつも、僕はその日記をパラパラとめくる。そこには、兄さんの団の主な活動であった天蓋に関連する僕の知らない事実が多く書き記されていた。

 そこには、本来の選人はヤチヨではなかったことが記されていた。

 だとすると、ヤチヨは誰かの代わりに選人になったのか……けど、その元の人物を特定する記述はどこにもなかった。

 きっと兄さんが大切に想っていた人、だということだけは日記の文章から伝わってきた。

「兄さん……」

 兄さんが父さんから、自警団のトップとしての役割を引き継いでまでやりたかったこと……それは……天蓋に……僕と同じように関わるためだったんじゃないだろうか……。

「この日記の内容から推察すれば、兄さんの団より以前に役割を持って天蓋に直接関与していたような団はない……」

 それは、現在の他の団の仕事を見ても明らかだった。天蓋の警備、それは自警団全体での普遍的で日常的なものであって、特定の団が請け負う重要任務というようなものではなかった。

 それを、役割として成立させる、新たなルールを作るために兄さんは総団長になったのではないだろうか……。
 
 本人に真意を聞くことは叶わないが、僕はそう、思った。

 兄さんの珍しく力任せで強引なやり方に、ふと、サロスの事が頭をよぎった。
 
 ヤチヨが天蓋に入った次の日、喧嘩別れしてから一度も会っていない。

  『……俺は諦めねぇ。ヤチヨは必ず助け出す』

 サロスが、今どこで何をしているのかはわからない……でも、きっと大人しくただ待つはずがない……絶対に……。
 
 ……選人は、誰もが等しく選ばれてしまう可能性がある……こんなことを今更になって考えても仕方ないが……どうして、ヤチヨだったのだろう……。

 いや、止めよう……そんなこといくら考えたって、答えなんか出ない。

 ヤチヨは天蓋の中にいて……サロスも……ヒナタも……みんな、バラバラになってしまった……。

 それから、数日間、僕はある計画を実行する為に念入りに準備する。通常の業務をこなしつつ、自警団の規則をひたすら読み込んで過ごす。

 そして決行の日、決意を胸に、コンコンと団長の……アインの部屋の扉を叩く。

「は~いどうぞ~」

 気の抜けたアインの返事が返ってくる。

 アインは、何かの資料とにらめっこをしていて僕の方を向いてはいなかった。

「どうしたの? フィリア、今日の天蓋警護の人選ならもう少し待って、もう少しでおわーー」
「アイン! 君の団から僕を退団させて欲しいんだ!!」
「……ちょーっと、フィリア、今は、あなたの笑えない冗談に付き合っている余裕はないのだけど……」
「冗談なんかじゃない! 僕は君に本気で頼んでいるんだ」

 僕の目を見て、本気なのだと悟ったアインはリストを机に置き、僕に鋭い視線を向ける。

「……それで、私の団を抜けてどうしようと言うの? 今、天蓋と一番関わりがあるのは私の団だし、それ以上に天蓋に関わる仕事をする団なんてーー」
「いや、ある。団員は現在0。業務をただ引き継ぐだけの形で君の団がその0人の団の仕事をカバーして担っているんだろ?」
「……」
「兄さんの、ナール団長の団がある。僕は、新たな団長として再度、稼働していないその団を立ち上げる!!」
「……本気……なのね?」
「もちろんだ……」

 アインは、机から数枚の書類を取り出し、その内の一枚を僕に見せつける

「……自警団、規則第7条、新たな団の発足には、現団長含む他に最低3名の許可の署名、賛同が必要になる……もちろん知っているわよね? フィリア」
「あぁ……だからこそ、僕は、ツヴァイ、ドライを含めた君たち三人からの署名を望んでいる。団長三人の署名なら誰にも反対されない」
「断るわ!!」

 アインが、はっきりと僕に向けて言い放つ。そう、この言葉を僕は待っていたんだ。

「そう、言うと思ったよ。だからこそ、僕も自警団規則第18条を適用させてもらいたい」
「18条……!?」

 アインが、僕の言葉を聞いて驚きの表情を浮かべる。

 やはり、あの規則、アインはそこまで気にしていない規則だったようだ。

「自警団全員は、階級を問わず、正式な形で行われる自警団内での決闘の申請を行う事が可能。その決闘に勝利した場合、勝った者は要望を一つ叶える権利を得ることが出来る」
「なっ、何よ!? そのふざけた規則!!」

「俺が、考えたんだ。元々はトラブルの多い俺の団の連中の為にと思って作っといたものだがな」

 背後から、ニッと笑ったツヴァイが現れ、アインは思わず頭を抱えていた。

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