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恋愛小説 彩綾-2

彩綾-2

 集会が終わって教室に戻る途中に茉奈から話し掛けられた。
 「さっき、宗介君と盛り上がってた?」ニヤニヤと意味あり気に聞いてくる茉奈に、教頭がね、やばかったねと私は適当にはぐらかす。それなー、ガチやばかったと茉奈が思い出し笑いを始めて、私もつられてまた笑い出す。
 村上君は、バスケ部のキャプテンをしていて、隣のクラスの中心メンバーで、いわゆる陽キャで、でも、男子とも女子ともクラスみんなと仲良くて、いつも、みんなから宗介って声を掛けられている。
 だから、クラスが違っても、別に友達でも知り合いでも何でもなくても、みんな、村上君のことは、宗介とか宗介君って呼んでいて、私もそれぐらいのことは知ってる。
 でも、私は、一度も話したことのない、隣のクラスの男の子をそんなふうに馴れ馴れしく呼ぶことはできなくて。
 「村上君と初めてしゃべったわ」と茉奈に言葉を返す。あの子犬のような笑顔を思い出して、何だか少しだけドキドキしたことを思い出して、でも、その感情は決して言葉に乗せないように。
 「でも、村上君、彼女いるよね、分かんないけど」と茉奈が返してきて、さっきまでのウキウキした気持ちが途端にしぼんでいく。
 私の考え過ぎなのは分かってるし、細かい言葉を一々気にしても仕方ない。だけど、「でも」っていう言葉に、茉奈は、意地悪な気持ちを少し混ぜたはず。少し話しただけで、変に調子に乗らないでね。たった二文字の「でも」に茉奈のいろんな感情を想像する。彼女がいるんだから、サーヤには何の興味もないはずだよ。意味のない会話だよと。
 別に、私は村上くんに興味はないし、集会で少し言葉を交わしただけで、村上君が私に興味があるかもなんて思ったわけじゃない。それとも、茉奈に村上君のことで話し掛けられたとき、私も少しニヤニヤとしていたから、そんなふうに言われた?
 茉奈は、クラスの中で一番仲良しの女の子だけど、それでも、時々、ふいにとげのある言葉を投げ掛けられたり、意地の悪い気持ちを見つけてしまうときがある。無意識なのかわざとなのか。それでも、茉奈は、根はすごく優しくていい子だってよく分かってる。だから、私は、小さなその悪意は、もう見て見ないふりをする。
 「村上君、彼女いそうーーー」って返すと、茉奈がにっこり笑い返してくる。「宗介なー、それなー」茉奈がこの会話を満足して終わらせたのが私には分かった。
 宗介と気軽に呼び捨てすることのできる茉奈。きっと、私が村上君に話し掛けられたことが少し面白くなかったんだろう。女の子同士の厄介な嫉妬心や牽制のし合いっこには慣れている。
 男の子との関係性でいつもピリピリしている彼女達の争いにはできるだけ巻き込まれたくない。だから、私は村上君のあの笑顔をもう一度だけ思い出して、あとはもう、心の中から村上君を追い出した。隣のクラスの男の子なんて、どっちみち私には何の関係もない人だ。
 

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