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『デザインの潮流』から考える、いまデザイナーが取り組むべき『論点』—— Featured Projects 2024登壇レポート

2024年5月にコクヨ東京 品川オフィス THE CAMPUSで行われたデザインイベント「Featured Projects 2024」。2日目のトークセッションにKOEL Design Studioから田中 友美子が登壇しました。「『デザインの潮流』から考える、いまデザイナーが取り組むべき『論点』」というタイトルでデジタル庁 デジタル監の浅沼 尚さん、パノラマティクス主宰/グッドデザイン賞審査委員長の齋藤 精一さん、それぞれの視点から「デザインの潮流」の現在地をお話しいただきました。

齋藤精一
パノラマティクス 主宰 / クリエイティブディレクター
1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立。社内アーキテクチャー部門「パノラマティクス」を率い、現在では行政や企業の地域デザイン、文化、観光、産業振興などの課題解決に向けた企画および実装も手掛ける。2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクター。

浅沼 尚
デジタル庁 デジタル監
Japan Digital Design株式会社 Chief Experience Officer、デジタル庁 Chief Design Officerを経て、2022年4月にデジタル監に就任。大手企業のインハウスデザインとデザインコンサルティング経験を活かし、大規模プロジェクトにおいてデジタルプロダクトからハードウェアまで幅広い領域でデザインプロジェクトに参画。IF Design Award、Red Dot Design Award、グッドデザインアワード等、国内外のデザイン賞を受賞。

田中 友美子
KOEL Design Studio, NTTコミュニケーションズ株式会社
Head of Experience Design
英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート、インタラクションデザイン科修了。イギリス・アメリカを拠点に、ノキア、ソニーなどの企業でデバイス、サービス、デジタルプロダクトのデザインに携わり、ロンドンのデザインファームMethodでデザイン戦略を経験後、2021年よりNTTコミュニケーションズ株式会社 KOEL Design Studio のHead of Experience Designとして、セミパブリック領域におけるサービス・プロダクトのデザイン支援や、企業内でのデザインの組織づくりに取り組む。


“提言”に変わったフォーカス・イシュー2023

今回のトークセッションではグッドデザイン賞の取り組みの一つ、デザインがいま向き合うべき重要な問いを深める「フォーカス・イシュー」を中心に、現在のデザインの潮流についてディスカッションが行われました。

齋藤:
齋藤です。現在グッドデザイン賞の審査委員長を拝命しております。私自身クリエイティブディレクターというと最近胡散臭いなと思っているんですけど(笑)今までセクターで別れていたことを、ネットの時代になったのでつなげられないかなと思っています。行政側の立場で考える仕組み作りや「税金として投資するとはどういうことなのか」ということをやっています。行政・ディベロッパーと、アーティスト・クリエイティブの人の真ん中に立つ、というのが僕が今やっていることです。

浅沼:
浅沼 尚と申します。デジタル庁ではデジタル監というポジションで、政府の方針に従い大臣を支援しデジタル庁全体の方針や組織づくりに責任を持つ役割を担っています。
デジタル庁でのデザインの役割として目指しているのは、政策立案から政府から市民に向けて制度とルール、業務とサービス、そこを接点とするデジタルサービス、サービス提供コミュニケーションまで、行政における制度、業務、システムの方針決定プロセスにデザイン関係者が関わり、利用者視点を持って政策から執行まで責任を持って行えるようにすることです。

田中:
NTTコミュニケーションズのKOEL Design Studioの田中友美子です。KOELでは浅沼さんやデジタル庁の皆さんが行っているような行政が行う公共事業と、企業が行うビジネスの間にある「セミパブリック」という領域に注目した課題解決に挑戦しています。人と企業に愛される社会インフラの実現を目指して 社内全体のデザイン進歩とか 事業戦略とかデザイン実装とか いろいろなデザインの支援を通じて社会課題の解決を目指しています。

自己紹介に続いて、齋藤さんからグッドデザイン賞と、今回のトークセッションのテーマの一つである「フォーカス・イシュー」について解説いただきました。

齋藤:
グッドデザイン賞はデザインによって暮らしや社会を良くしていくための活動です。実は海外から見ると日本のデザインはシフトしていると言われるんですね。グッドデザイン賞のいう “デザイン” って稀有な存在で、サービスやシステム、政策も含めて…要はソーシャルデザインとプロダクトデザインもしくはサービスデザインの全部を一体的に見ているのがグッドデザイン賞であり、総合賞なんだと思います。

グッドデザイン賞のとりくみの中で2015年に作られたのがフォーカス・イシューというものです。当時は審査員の復興の話などがあったのですが、今は「皆さん今年の潮流を見つけましょう」ということで、実は提言という形式になったのは今年からになります。

テーマは「勇気と有機があるデザイン」——こうやってその有機的な体制があるからかと もしくは考え方があるからこそ実装できたものと、勇気があるからこそ 誰もいないマーケットに突っ込んでいくことができる、といったことがフォーカス・イシューから見えてきました。

「デザイン」は社会からどう受け止められているか

まず最初の話題として、行政や大企業において使われる「デザイン」という言葉の定義の変化についてから始まりました。

田中:
今、企業ではファシリテーターとしての役割を担うことが多いと感じます。世の中も市民参加型のようにみんなで議論して合意を取って進めるファシリテーションが増えてきているなと思います。あと大事な潮目として、今までデザインは “デザイナーという特殊な職業訓練を受けた人の仕事” だったのが、今はいろんな人がデザインに参加できるようになり、幅の広がりが実現されているんじゃないかと。

その一方で、他の組織の方とお話しする際に「デザイン」という言葉に対して抵抗感がある人がまだいらっしゃるな、と感じるのも事実ですね。

浅沼:
行政の中では「デザインとは?」の問いから始まることが多いです。行政文章ではカタカナを日本語化する慣習もありますし、常にデザインの定義が求められます。直近では、デザインの活動自体に関しては、利用者視点や生活者視点という表現で、行政の文書や政策に書き込むようにしています。

一方で、行政職員の研修において、サービスデザイン研修が人気があるの一つになっています。行政内においても「デザイン」の理解が広まりつつあるのも事実です。

齋藤:
デザインの定義が日本の中ではまだ定まっていなくて、私もよく「デザインは “魔法” 」みたいに言われることが多くあります。デジタルの力で以前より解像度高く世の中が見えるようになってきて、合意形勢をしながら社会に必要なものをリアルタイムに提供していくという風にシフトしていっているような気がしていて。

田中:
デザインが広がってきた理由に、デザイン思考のように「プロセス化した」から、というのがあって。困りごとに直面した方に「このプロセスをやるとこういういいことがあるよ」と説明すると「確かに!」となることも多いです。

齋藤:
デザインの力は言語化するとどんどん防御の塊みたいになると思います。 「僕たちのことを認めてください」というような。浅沼さんは「結果を残すことの積み重ね」のために実践されていることはありますか?

浅沼:
「中長期でしかできないこと」と「短期的にできること」を見極めるのが大事と思っています。多くのプロジェクトは短期での成果が求められます。そのなかで「成果は5年待ってください」と言って納得してもらうことは難しい。短期で成功事例を積み上げながら、中長期のビジョンについても共感をつくることが事業を進める上でも大事だと思います。1ヶ月、半年、1年で何ができたかを振り返り、メンバーと共有することも大事です。階段を登りながら「前進んでるよね」と確認するような感じです。

田中:
そのプロセスの中に、プロトタイプがあることがデザインの良さですよね。浅沼さんがおっしゃってたことって、まさにプロトタイプの考え方で、大きい問題を切り分けて「最初にできたものを味見する」ステップをつけるのもデザインプロセスの中に入ってくることなのかなと。

人間の幸福、人間らしさを見つめる

続いて、フォーカスイシュー2023の内容を読み解きながら、経済主導で動く社会とデザイナーがどう関わるべきなのか、議論が進みます。

齋藤:
フォーカスイシューではどちらかというと、実践的なこと「明日から何ができるのか」もしくは「来年にどういう変化が起こせそうなのか」「起こせていないものはどうなった」などを切り口にやっています。

浅沼:
フォーカス・イシューは2015年から続いていますが、まさに “続ける” ことが大事だと思っています。デザインが社会にどう貢献してきたのかを継続して示していくことが、デザインを知らない人に対してコミュニケーションする強いツールになる。デザインを進める “勇気” になると思います。

田中:
フォーカス・イシューで大きく心に刺さっている点が2個あって、1個目が「グッドの概念が変わってきてますね」という話。グッドデザイン賞がデザインを毎年評価する中で、そのグッドの基準を広げていくのがすごくいいですよね。価値観って社会の変容とともに変わるので、新しい軸を毎年作る意義を感じました。

2個目、すごく好きなのが 『未来から逆ベクトルで考える』。ビジョンデザインの取り組みでも「これからいろんなことが世の中に起こるけど、どうしたら幸せなんだろうか?」を考えていますが、営利を追求する波に乗っていると、みんなの幸せを一番に持ってきづらい環境っていうのはあると思っていて。なかなか成果がわかりづらくても、新しい幸せの姿を定義したことに対して、勇気づけてあげられるのがアワードとしての役割としてすごく意義があると思っています。

齋藤:
デザイナーの中には “熱意” というガソリンだけで物事を進められてしまう人がいます。
。一方で、昔からの企業は “経済” っていうガソリンで進むんです。問題解決するために、考察をして形にしていくことがデザインの強みで、そのコンセンサスがうまく取れてきたのかなと思って。グッドデザイン賞自体もコンセンサスを取る場、年に一回時刻合わせをみんなでする場になっているのではないかと。

浅沼:
経済の話に関して言えば、デジタルテクノロジーの進歩が経済を引っ張っていく傾向がますます強くなっていると感じます。経済活動の中心になりつつあるデジタルテクノロジーが、人間中心のデザインとどのようなかたちで共存できるか、深く議論できると面白いんじゃないかなと。

田中:
デザインの役割の大事な部分に、生活者・暮らしの目線、人間からの目線を議論のテーブルに乗せることだと思っていて。テクノロジーや経済的なことを追求する中で、人間らしい幸福感や豊かさを守ること、それがこぼれ落ちちゃうことに気が付くことがデザイナーの役割だと思います。近年ではAI関連がすごいことになっていますが、「どれだけ人間を見つめられたか」がデザインの役割としては、これからますます大事になることだと思います。

「大きな政府」の難しさをセミパブリックが乗り越える

話題は齋藤さんがフォーカス・イシューに掲載した “「ルール」と「規範」を創造する” という言葉から、社会の「ルール」や「規範」をどのように考えるべきか。 さらに公共領域の課題へ話題が広がります。

齋藤:
「大人の事情」が世の中にはたくさんありますよね、私はそれを不思議に思っています。もっとみんなで協業できるところ、コクリエーションの共創しながら一部のIPを開放していってもいいのではないかと。

例えばNHKシチズンラボの面白かった点が、研究者のひとりがAIの研究や土壌の研究でサンプルを集める ために相当な資金を必要とします。でもこれをNHKが番組で「土を送ってください」というと全国各地から土が送られてきて、それを研究者がプロファイルしたほうが公共放送としては役割を果たしているし、みんなで参加できる。研究者はリソースがあるから研究がとても進むし、全員に利益がある関係が作れます。

僕がフォーカス・イシューで “「ルール」と「規範」を創造する” と言っていたのは、「ルール」を作ってはみ出せないことと、みんなついていこうよ!という「規範」を作っていこうと。例えばAIのプロファイルをつくるのは相当大変なのに使い終わったら捨ててしまう、ではなくてそれを次の人たちに使えるようにしていこうということです。

浅沼:
日本の多くの地域では、人が減る流れは変えられそうにない。その中で、公共における政府の位置付けや役割は変わらなきゃいけない。民間企業も余裕がなくなってきているなかで、従来の「小さい政府」という考え方だけで、公共を担うことが難しくなってきています。これからは「ある程度大きな政府」で公共や準公共の領域で「ルール」や「規範」を作ることが大事になってくるのではないかと思っています。

今後の政府はデジタル技術を最大限活用して「小さいけど大きい政府」を目指す。官民が連携を深め、公共や準公共の領域における課題解決をみんなで取り組むかたちを模索しないといけないと感じています。

田中:
その通りで、それが私たちが「セミパブリック」という言葉を使っている理由でもあります。人口減少・高齢化のリサーチでフィールドワークをすると「人の少ない小さな地域にまで国の支援が手厚く行き届くのは、実際難しいかもしれないな」と感じるんです。これからの日本では行政の網目がどんどん荒くなってきてしまうと思っていて、その網目の抜けたところを埋めるのが民間企業や地域の人になる世界がもうきてしまう中で「これは行政の仕事」「これは民間の仕事」と明確にわけるのではなくて、広い視点で私たちが豊かに感じる暮らしを考えて、自分たちができることをやっていくことが大事になってくると思っています。

実際に過疎の村にフィールドワークで行った時に、地域の最後のスーパーが潰れたときそこを買い取ってコミュニティストアを始めた方が「最後の一人がいかに幸せに暮らせるか、いかに地域を閉じていくかを考えて事業をやっている」とおっしゃっていてすごいと思ったんです。これからいろんなことが行き届かなくなる時に、自分たちが豊かな気持ちで暮らしていくための “仕込み” を自分でしていく。未来の自分たちのために種をまいていくこと、それを実際にやってみてできたことがグッドデザイン賞のような場所で評価されるといいなと強く思います。

作ることは、社会に参画することにつながる

齋藤:
最後のトピックスは 「明日から実務者が考えるべきこととは?」。私は、一番無駄なのが説明コストだと思っています。最近は、説明コストがない人たちが、大きな企業や民間にもいますし、いろいろなところに出てきて良くなってきたとは思います。それはいろいろトレーニングを受けられてきた人もいるし、さきほど田中さんがおっしゃられていた過疎地域で最後のスーパーを買い取って継続されてる方にも「あなたのやっていることはデザインでもあるんですよ」「デザインなのか!」と伝えると説明コストなくできると思うんですね。

浅沼:
人間なのでどうしても寿命を考えてしまうというか。僕も最初インダストリーデザイナーから始めて今は公共の分野にいますけど、その時代その年齢でやりたいことを情熱持ってやるっていうことは何かにつながるので、自分が思ったことをとにかく情熱を持ってやっていくというのは大事なんじゃないかなと思っています。

あとは、社会がどう動いているのか、毎日ニュースを見るとそれがどう自分の生活につながってくるのか、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月…と見ていくと「あ、世の中ってこう動いているのね」「自分がやっていることってなんだろう」を考えるきっかけになる気がします。SNSは自分の関わる情報しか入ってこないので、本当にデザイナーだとデザイン情報しか入ってこないんですけど、違う媒体やデザイン領域以外のソースを定点的に見てみるというのは大事だと思っています。

田中:
デザイン思考が問題視されているのも「特定層のユーザー、ターゲットの人しか見ない」ことが世の中に合わなくなってきたからだと思っていて。ある特定の人たちがいい思いをするんじゃなくて、それが社会全体としてどうなのか。自分の成功じゃなくて、「私たち」が、社会が良くなる視点が持てればデザインがもっと意義のあるものになるし、そこにしか私たちが生き残る手段が残ってないのかもしれないと思っていています。

浅沼:
田中さんの言っていた「作る」というのも大事で、思い込みで何でも作れる、なんなら ”作っちゃう” というのはいろいろな職種のなかでもデザイナーの特殊能力だと思っています。その活動が社会において何かのきっかけとなるスイッチになったりすると思うんです。頭の中で考えることも大事ですけど、クリエイションすることを大切にする、作るということに真摯に向かい合うことは、明日からできることだと思っています。

田中:
やってみる、というのはデザインの強さですよね。

齋藤:
私もいろいろなところで「コンピテンシー」という自分自身が持っている技能のことを指す言葉を使います。それでどう社会に参加するか。どこかのタイミングから日本はいろいろブラックボックスができたと思うんですよね。関わらなくても誰かがやってくれる、ボタンを押せば何かが出てくる、というのではなくて、自分で自ら何かをやってみる。要は消費する側ではなくて、消費も生産もデザインもする側であるということ。

私は、それで最近板金を始めて、車の板金も自分でやってるんですけど(笑)、そうすると近所の人たちが「直してください」って来るんですね。でもそれもコンピテンシーだなと思っていますよ。だからいろんな方法で社会に参画できると思っていただけたらなと。

齋藤:
今日最後にお話をして思ったのは、デザインの定義がずっと動き続けている、これは海外と同調しているでもないし、すごくローカルなものだと僕は思うし、だからこういうふうに集まってコンセンサスを取っていくということが大事かなと思いました。ぜひまたこういう機会を作っていきたいです。浅沼さん、田中さんに大きな拍手をお願いします!


今回のトークセッションでも触れられていたように、KOELは今後も公共と民間の間「セミパブリック」領域の課題解決のデザインを行なっていきます。今後もKOEL公式noteではイベント登壇情報や、セミパブリックの話題、デザインにまつわるKOELの活動などを発信していきますので、ぜひフォローをよろしくお願いいたします。

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