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夜明け前、朝露の芝生でー松山ー

田舎まちを出て、大学四年間を過ごした街。
街の灯りが眩しいなと感じた頃からは
もう数年経った。元の田舎まちに帰った。

酸いも、甘いも、を描いていたけれど
終わってみれば
何も遺せなかった時間だけが
胸の中に残っている。

何者かになれると想っていた若者は
それが辿った時間によって
何者でもない人間に作りあげられている。

自分を創りあげるのは、たぶん
時間とか、偶然とか、人とか、街とか。
そんなことを淡く期待していたけれど
結局は何も掴めなかった。

自分は何者で、何がしたくて、どういたいか。
世界は何色で、どこから来て、どこ向うのか。

そんなことは、たくさん呟いていた。
ただ、自分に。
他人よりも考えてるだろうなと思っていた。
ただ、自分で。
でも、それは只の慰めだった。
自分だけへの。

時間とか、偶然とか、人とか、街とかは
光り輝く栄光なんて、くれやしなかったけど

半額買ったスーパーの帰りのチャリから見た
露に濡れたあの路地の夕暮れとか、

23時まで大学の図書館で勉強した後
コンビニでたむろする友達の明るさとか、

23時30分から大盛り食べ始めた
近所の中華屋の看板の灯りとか、

真冬の深夜宅飲みで、窓締め切り全員爆睡で
酒のアテに焼いたスルメ臭錯乱した部屋の
もう戻れない、あの部屋の普通の日々とか、

時間とか、偶然とか、人とか、街とかは
鬱陶しいほど、身体の深部に刻まれている。

あの店の野菜炒め定食の味。
路面電車が地面擦る音。
ごちゃごちゃの学生の群れ。
何回かは巡った季節の匂い。

舌、耳、目、鼻に残った断片的な記憶が
今でも運んでくる、素敵な思い出たち。

酒のアテはだいたい、そいつら。
何者でもない人間は、今日も
そいつらに歩かされている。

大好きな街、松山。

いつか大切な人と、
記憶の詰まった路地で
笑っていたい。

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