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神話

神話のままにしておきたい記憶というものがある。それ以上余計な欲望や衝動に汚されることなく、純粋な翡翠の一片を、そっと包んで引き出しの中にしまっておくように、眠らせておきたい記憶というものがある。しかしそれが何かの拍子に揺り起こされてしまうこともある。たとえば音楽とかに。懐かしい曲が店内に流れ始めた。はじめどこかで聞いたことのある曲だ、と片耳で聞いていると、突然それは濁流となって流れ込んできた。私はいつの間にか引き出しを開けて包みを解いて翡翠の一片を飲み込んでいた。

神話のままにしておきたい想いは、自ら動けば現実にすることだってできてしまう。けれど敢えてそうしないのは、うつくしい記憶をそのままの姿でとどめて、おきたいから。呆けていれば飲み込まれてしまう烈しい欲情に溺れてしまうのが怖いから。そして私はそれを神話のままとして、別の大切なひとといることを選んだから。ほんとうは自信がないのだ。私にとって何が神話で、何が現実なのか。こうしているいまが神話で、記憶のそれが現実だとしたら?そう思うと怖くなって、私はひととおりの無駄遣いをして気を紛らわせた。こういうおばかな方法が、お恥ずかしながら私には一番手っ取り早く気を散らせるのだ。一度野放しにしてしまった記憶は、そう簡単には眠ってはくれない。こまったね。

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