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この世に終わりがあることを切に願う。

そもそも論として無謀な航海ではあったのだ。
航宙母艦単艦で敵の中枢に殴り込むなんて事は。
ワープ技術が確立されてからというものその実がこんなお粗末な技術だということが世間に広まるまでそう長い時間はかからなかった。
マシな時で数万キロ、悪ければ数百万キロ単位で座標はずれ集団でのワープ航法は少なくとも現在の技術では不可能であるという結論に至るまでの犠牲者で近年の航宙軍の戦死者名簿は埋め尽くされている。
単艦でなんとなくその辺りに行けるがワープの限界でありそれ以上は左利きのミットを探すぐらい馬鹿げた話であった。
だから異星人が集団で地球上空に現れた時にこの戦争の負けは決まっていたしそれは仕方ないことであった。
我々は諦めるべきだったのだ。
最初のうち異星人はさほど厳しい条件で降伏を迫っていなかったのだから。
何、地球を諦めテラフォーミングがギリギリ終わりそうだった火星へ行け程度だったのだ。
そうして後は火星にこもって宇宙に対する繁栄を捨てれば恐らく人類の六分の1程度は生き残れたハズだった。
現在の生き残りより大分多い。
航宙軍のメンツとか為政者の都合とか、あるいはいわゆる無辜の市民の声とかそういったくだらないものを無視すれば良かったのだ。
そのほうが生き残れたのだから。
だがそういったものを無視する程人間は良くできていなかった。
まず第一に人類がまとまれなかったのだ。
いわゆる先進国と呼ばれる国たちはこの事態に表面上一致団結を呼びかけ、そして失敗した。
利害の調整はできなかったしそもそも火星の権益は先進国の中でも比率がバラバラだった。
それ以外の国はもっと悲惨だった。
そもそも地力で宇宙に行ける国は少なかったのだ、21世紀の後半になっても。
事実上発言権はなく国民の多くを生贄にささげるか・・・あるいは先進国に戦いを挑むかだ。
こうして異星人との交渉と先進国と第三国との戦いが同時に起こり、交渉の期限は残念ながらあっという間にすぎなし崩し的に世界大戦と宇宙戦争が起こった。
アーメン、組織的抵抗よ。
人類は地球から脱出し建て直しのために火星に移った。
その間に人類の数は当然ながら減り続け10億人程度になり、ぎりぎり統一政府らしきものができ、そして新興宗教が流行った。
そうしてかつての母星である地球に対して散発的に単艦での奇襲攻撃がまばらに行われる火星世紀が始まった。
異星人は順調に地球を自分達好みの星に改造しており、かつての地球人である我々にとってもそれは十分に住みやすそうだ、光学機器とスペクトル分析によると。
生きるというのはとても難しい。
単艦による攻撃は正直ムダではあるのだがこれは新政府と新興宗教の要請である。
そうでもしないとテラフォーミングが終わっていないこの星での厳しい生活に人類は耐えられないのだ。
主はきませり、主はきませり。
我々はいずれ地球を取り戻す。
異星人もそれは分かっているらしく諦めて付き合ってくれている。
その上で火星本土には攻撃をしてこない。
意味がないことを知っているのだろう。
ケシ粒ほどの人類を倒すよりもハエ叩きの方が建設的なのだ。
何せこのハエ叩きによる異星人の人的被害は0だ。
衛星上の無人兵器・・・それも第一層すら人類は突破できないのだから。
航宙軍の志望者たちは期待に胸を膨らませて入隊し階級を上げるたびに真実に近づきそして絶望して死んでいく。
最後まで地球を取り戻せると思って死ねる者は幸運だ。
巧みに情報は隠されているのだ。
いいところブリッジクルーと戦闘機パイロット(彼らは皆士官だ)まででそこまで行けない者はAIによって厳正に判別され出世への道を断たれる。
昔は一度の出撃で必ず沈んだ航宙母艦は今はボロボロながらも無事に帰ってくる。
技術の進歩もあるがパフォーマンスに人死は無駄だからだ。
戦略の変化と言っていい。
そして士官になれずに軍務を修了した者たちが自分達の輝かしい武勇伝を市民に語ることによって航宙軍の存在意義と自分達が地球を取り戻す日がいつかくるとしんじられる。
当然士官は退役できず、またできたとしても厳しい監視と真実を語る事を禁止される。
もっともそれも悪くはない、士官以上に与えられる年金額は平均のそれを遥かに上回るし講演等の収入源も約束される。
上手く立ち回ればお茶の間の人気者としてTVレポーターや司会にもなれる。
その程度の特権がなければやっていられない。
「艦長、第一層から40万キロ離れた座標にワープ完了しました」
オペレーターが気だるそうに報告してきた。
「正確な座標を報告しろ。武器担当は全てのシステムをオンラインに」
恩給についての思索を止める時が来たようだ。
同じくらい気だるい返事にならないように気をつけながら答える。
全く最近の航法担当士官は弛んどる。
「アイサー、アルファ3、チャーリー8第一層の防衛兵器群からちょうど40万キロの位置です。もう1度ワープしますか?」
頭の中で宇宙図を展開し短く悪態をついた。
ワープの意味がない。
「副長!」
指揮官席の隣にある副長席から副長を呼ぶ。
「君の意見を聞きたい」
「艦長、このロシナンテの速度で40万キロを飛べば4日かかります。ワープ以外の選択肢はあり得ないかと」
この船は断じてノロマのロバではないが・・・副長の意見はもっともだ。
しかしこんな精度のワープで40万キロから目的地に向かってワープをすれば次は第一層より先に衝突しかねない。
我が軍の技術者たちの懸命な努力の末最近になってようやく目的地から数万キロの位置にワープできるようになったのだ、大体は。
つまりここまでずれる事は最近では稀でこれが示す事は、
「複数のシステムにエラーが出ています、艦長。調整と整備に1日は欲しいと機関長からの申告がありました」
ということだ。
「結構、ジャコブ君。機関長に伝えてくれ本艦は現在地で停泊、必要な整備が終わり次第敵第一層に向けての進軍を開始する。副長、命令は分かったな?私は航宙軍本部に現在の状況を報告する。ブリッジを君に預ける。これから24時間はブルーシフトで対応するように」
「アイサー艦長。ブリッジを預かります。」
「結構」
私はブリッジクルーに一瞥をくれ入り口に立つ海兵の敬礼に見送られブリッジを出た。
政治家も将軍も速やかな行軍を望む。
知ったことか、例えパフオーマンスだとしても死ぬのは私や部下だ。
こんなことで死なない方がいいに決まっているのだから。


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