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ピアニストはクリエイター

ピアニスト、伊藤ゆりあさんのソロコンサートに行ってきた。

DTM界隈で知り合った方で、深夜の2時間DTMでも時々オリジナル曲を発表されている。
現在ドイツ在住なので、いわば来日コンサート。
なかなかお会いできないので、生の演奏が聴ける機会はとても嬉しい。

ゆりあさんのピアノはシンセサイザー

ゆりあさんのピアノはダイナミックでシンセサイザーのようにとても多彩な音が出る。
ぱあんと明るい音
ガツンと堅い音
小太鼓のようにトコトコと聞こえる音
ふわんと柔らかい音
透明に透き通った音
どろんと曇った音
指にはきっとフィルターかイコライザがついているに違いない。

そして、まるで吹奏楽のようにダイナミクスが変わる。 ピアノは基本減衰音なのになぜか延びたり途中から大きくなったり。 もしかしたら途中で弓を弾いているのかもしれない。 そう思わせるほど不思議な音がする。

曲紹介はありがたい

作曲者ごとに簡単な曲紹介をしてくださった。
リスナーが誰でも作曲者や楽曲の知識を持っているわけではないので、たとえば作曲者が込めたイメージや背景がわかると、なんとなく聴き流すことがなくなって、とても聴きやすい。

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第15番「田園」

古典的な曲を、古典にふさわしい油絵の風景画のような音色で奏でる。
ベートーヴェンは曲の作りが緻密だ。  知らない曲なので、メロディラインから次の展開を推理するのがとても素敵で楽しい。 その読みが当たるとちょっと嬉しい。

譜面の流れが見えるようにくっきりした演奏で、それぞれの音色に個性がある。 たとえば第三楽章に、くるるんと回すモチーフが何度も出てくるが、もしこれがリスなら、何匹も出てくるリスの顔が全部違うようだ。 そんな次から次へと繰り出す表現が「推理ゲーム」を楽しくしてくれる。

リスト:2つの演奏会用練習曲

稀代の超絶技巧ピアニスト、リストの曲。

「森のざわめき」
ベートーヴェンに慣れた耳に、いきなり木漏れ日のようにきらきら光る音。 時代と空気が変わった。
そしてユーモラスな森の妖精のテーマ。 どこかR.シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を彷彿とさせる。
日本では、「妖精」はティンカーベルなイメージがあるが、ここの妖精は文字通りとても妖しい。 いたずらっ子で、気まぐれで、言葉は悪いが日本の妖怪に近いイメージ。 ゆりあさんは起伏が多くハギレのよい表現で、この妖しい妖精を陰陽両面から描いていく。 痛快だ。

「小人の踊り」
いわゆるノームかゴブリンのような小人。 小太鼓でトコトコ連打するような音色が印象的。 ピアノは打楽器だと誰しもが言うが、本当に打楽器だ。

オリジナル曲『草木の物語』

ときどきSNS上で発表されている小曲を、今回は季節感あふれるセレクションで聴かせてもらえた。

「草木の物語」
超絶技巧のあと感性の世界へ。 リストのあとだけに安心できる世界を聴いてほっとする。 癒やされるー。

「夏色の草原」
夏の夏らしいところ。こちらも感性の世界にひたれて心地いい。

「天空の宮殿」
最初は不思議な不協和音からどんどん緊張感が高まってきて、最後に美しく宮殿に結実する構成が楽しい。

「金色の森の妖精」
今回の小曲集の中で一番気に入った曲。 聴いていて、その響きに金色の「色」が見えた。 とても不思議だ。

「氷の舞姫」
ドイツの冬は厳しいのだろう。そんなことを思わせた曲。

「牡丹雪の天使たち」
雪が降っていた。 たしかにそう見えた。

「桜散る、思い出と共に…」
そして、こちらでは桜の花びらがひらひらと舞っていた。
桜が舞い散るイメージは、雪が舞うイメージとは視覚的に違う。 そこを聴覚的に聴いてわかるのが、この曲順の実に面白いところ。

ラヴェル: 水シリーズ2曲!

「水の戯れ」
脳内再生できるほど聴き込んだ曲だが、そのどの演奏とも引けを取らない美しく美しい演奏。(語彙力)
ところどころ、日本の上流の川のように、小さな流れの変わるところがあるようで、とても色鮮やか。

「洋上の小舟」
自分もシンセでアレンジ(というか魔改造)をしたほど惚れ込んでいる名曲。
いつも聴いているCDでは、小舟がときどき大きく揺れる程度だが、今回の演奏はまるで嵐だ。 これはすごい。
解釈を変えるとこんなにまで巨大映画のように酔うことができるのか。

ドビュッシー:水シリーズ2曲!

「水の反映」
複雑なコードが不思議な色合いを見せる。 それはラヴェルとはまた違う水の表現。 画材を変えた別の絵のようだ。
ところどころから入ってくる複雑な高速パッセージが、まるで絹のように流れていく。
その横でゆっくりと動く別メロディが不思議。
演奏とは別に、お母様との微笑ましいエピソードが面白かったです。

「金色の魚」
おおおー、鯉のうろこが見えるー。 うろうろ表現からズームアウトして鯉が跳ね回る。
奏でられる音から、すべてがビジュアルに見えてくるのはまさに「映像」表現。

ショパン: 「舟歌」

コンサートのフィナーレにふさわしい華やかな曲。
ところどころに出るショパンらしい装飾音が装、飾というよりはフレーズの一部のように一体とした表現になっていて、ここでもまた曲の大きな流れを俯瞰しやすいので、DTMerとしてはとても楽しい。

全体の感想

2時間があっという間だった。

とにかく音の引き出しが多彩。 どうしてピアノという工芸品を使って、原理を超えたかのような色々な音が出せるのだろう? 不思議でならない。 絶対に指にイコライザーやエフェクターが入っているに違いない。

そこそこクラシックも聴いているつもりだし、これまでいろいろな人のピアノ生演奏もそれなりに聴いてきた。 そのどれとも違う気がする。 

DTM仲間であるひいき目を差し引いても、とても個性的なピアノを聴かせてくれる人だと思う。

以前から思っていたが、いまは特に強く思う。
ピアニストは、そして全ての演奏家は楽譜を人間に聞こえるようにするだけの演奏機ではない。
音楽で世界を創造するクリエイターだ。

長文お読みいただき、どうもありがとうございました。



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