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『街の書店が消えてゆく』月刊「創」編集部

 過日は私が理事長を務めるNPO法人読書普及協会の総会であった。冒頭、私は次のようなことを会員の皆様にお話しした。

 2024年3月時点で無書店市町村が27.7%に至った。書店が1軒しかない市町村を含めれば、47.4%になる。無論、閉店が決まった街の書店が地域住民やファンの声に後押しされ、店が存続したという事例は他の業界より多い。それだけ本の大切さを皆が本能的に理会しているのかもしれないが、本屋の灯は今にも消えそうな気配はますます濃くなっている。それもそのはずで、書店に平均売上は一日五千円だからだ。利益で考えれば、おそらく千円程度になろう。

 このような背景があるので、ますます書店は減少していく。しかし、仮に我が国から書店が完全に消えてしまったとしても、かなり断裁や破棄はされるであろうが、本そのものはしばらくなくならない。そこで必要となってくるのが、ほんのアジールである。

 アジールとは仏語asileから来ており、「避難所」と訳される。アジールに関しては、初期の本はプレミアがついてしまっているので、網野善彦の著書が現実的であろうか。彼は一例として縁切寺を挙げているが、江戸時代は離婚したくてもなかなか女性側からそれをするのが難しかった時代であった。ところが、特例として、縁切寺に駆け込むことができれば、亭主がいくら連れ戻そうとしても、そこは「避難所」として守られていたのである。しかも、亭主が本当に追ってくることもあったから、櫛など嫁が身につけているものを縁切寺に投げ込めばセーフという特別ルール付きであった笑。

 大切なのはここからで、その後の縁切寺には情報と資金が妙に集まるようになった。なぜなら、世間と分断されているが故に、逆に信頼性が増したからである。

 私は本も似た方法をとればよいと思う。まずは本を避難させれば、自ずとそこに情報が集まる。ネットの時代であるのは認めるが、良書そのものが減っているのだ。まだまだ本だけが有している情報というのは無限に近いものがあるであろう。情報はひとりではいられないから、本がまた本を呼び、本があたかも世間から縁を切るようにして、アジールを完成させるのではないかと私は視ているのである。

 あとは現代社会に疑問を抱く者が、その本のアジールへと移住していけばよい。だいたい私がNPO法人読書普及協会でやりたいことはこのようなことである。五年あれば実現できると思うが、それまで日本が持つのかどうかは個人的に懐疑的だ。まあ、楽観的に進むしかないであろう。もし賛同者がおいでになるなら、力を貸して欲しい。

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