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部署横断的な新規事業プロジェクトの進め方

新型コロナウイルスの感染拡大により、これまでのビジネスモデルや商習慣が大きな転換期を迎えています。この苦境や現状を打破するために、企業は今まで以上に発想の転換や価値観の見直しを行い、未知で不確実で曖昧なプロジェクトに取り組んでいくことになるでしょう。本記事は、2020年6月に開催された「Sansan Evolution Week 2020」で、株式会社ポーラの菅千帆子さんと、キヤノンマーケティングジャパン株式会社の吉武裕子さんをゲストにお招きし、『部署横断的な新規事業の進め方』をテーマに行ったパネルディスカッションを書き起こしたものです。
利害がぶつかり合い、価値観や評価軸の異なる人々が集まる部署横断型のプロジェクトを進める難しさや、経験の浅いメンバーの学習支援、仕事を自分事化させる工夫、代理店やベンダーが顧客のプロジェクトにどのように関わっていけば良いかなど、様々なヒントの詰まったディスカッションの内容をお届けします。

互いの利益や思惑をどう乗り越えるか?

前田
本日のテーマは「部署横断的な新規事業の進め方」ということで、ポーラの菅さんとキヤノンマーケティングジャパンの吉武さんにお越しいただきました。お二人はそれぞれの会社で部署横断的なプロジェクトを実際に進めてきた経験をお持ちです。自己紹介を兼ねてどのようなプロジェクトを行って来られたのかお話いただけますか?   

 
今、美容業界では「パーソナライズブランド」が一つのキーワードなんですが、一人ひとりの肌のためにサービスと商材を展開するということをモットーに、『APEX』というブランドを担当しています(※2020年6月当時)。このブランドには30年の歴史があり、元は商品企画部中心でつくってきたブランドでした。それが5年ほど前からブランドマネジメントの強化のため、15部門20チームのメンバーを一気通貫させ、そのブランドマネージャーという立場で仕事をしています。

菅さん

吉武
2018年に発売された『iNSPiC』のマーケティングプロジェクトを行う組織として「ichikaraプロジェクト」を発足し、そのリーダーを務めました。新しい顧客層の獲得、新しい販売経路、マーケティング手法を考えていくことを目的に、営業、EC、プリンターやカメラ企画などの部署から若手メンバーを中心に参加してもらいました。今年4月からは企業内起業として「ichikara Lab(イチカララボ)」を設立して、若年層向けのマーケティング、商品やサービスの開発を担当しています。

吉武さん

前田
お二人には宣伝会議のアドタイというWebメディアでそれぞれお話をうかがったことがあるのですが、共通するポイントが部署横断型のプロジェクトを進めてきたという点です。部署横断型のプロジェクトのあるある問題として、メンバーが各部門の代表者として参加してきて、互いの利害や思惑がコンフリクトしてしまい、プロジェクトが進まないといったことがあります。この問題にお二人はどのように対処してこられたでしょうか?

 
『APEX』では開発、売上、インフラ整備など数ある業務を行うなかで、社内各部署からメンバーを集めていますが、その年齢構成は下は25から上は60歳近い大ベテランまで、業務経験が浅い社員から基幹職までというふうに、経験も知識もバラバラです。メンバー間の情報格差や目的意識の格差も大きく、これは今でも苦労している点です。それぞれの想いの違いや、所属している部門によって追求する部分、「自分の部門ではここまでやる」「ここまでしかやっていない」といったことの違いがあります。こうした距離をどのように縮めていくかが自分の役割として大きいと思っています。

前田
以前うかがったお話ですが、『APEX』では店頭で精緻な肌分析を行っていたものの、計測から分析結果が出るまでに時間がかかりすぎる状況を改善したいという考えが菅さんにありました。計測と分析スピードを早めるには情報システム部門の協力が必要ですが、スピードを追求すると品質が下がってしまうため、最初は受け容れてもらえなかったという問題がありました。このときはどのようにして解決されたでしょうか?

 
このときは『APEX』が大きなリニューアル控えていた時期で お客様が喜ぶサービスになるにはもう一段もう二段転換しなきゃいけないと考えていました。しかし、過去30年続けてきたサービスをガラリと変えなくてはならないことに対する問題意識の差がメンバー間で大きかったのです。自分たちの頭の中は品質重視ですが、お客様は品質より利便性を重視されている。この差の理解をして覚悟に変えなくてはいけませんでした。この問題解決のきっかけは、紙上やwebの調査ではなく、リアルにお客様と出会い、会話する機会をつくり始めたときです。お客様から肌分析に時間がかかるのは面倒と言われ、ハッとして少しずつ気持ちが変わっていきました。

前田
商品のお客様、つまり真のユーザーを目の前にして、その声を直接聞いたことがきっかけになったということですね。スピードよりも品質重視という考えは、その部署での評価軸とも密接につながってきますが、自分が所属している部署では評価されていたことが、新しいプロジェクトでは必ずしも評価されるとは限らない。新たな評価軸に慣れさせる、頭を切り換えさせるということも重要ということを意味するのではないかと思います。
プロジェクトは通常の組織では行えないことであるがゆえに、各部署から人材を集め、様々な異なるノウハウやスキルを有したチームを作る必要がありますが、必ずしもそのプロジェクトの目標実現や課題解決のために必要なスキルや知識を有していないメンバーもいます。プロジェクトでは、経験や知識の浅いメンバーの学習を支援し、成長させ、チームの底上げを図っていかなければなりません。吉武さんのプロジェクトメンバーは若手が中心ということでしたが、メンバーの学習や成長を促していったのでしょうか?

吉武 
『iNSPiC』のターゲット層は10から20代の若年層女性でした。この層にどういうアプローチをすればよいかということを考えたとき、この層に近い年齢のメンバーを集めようということが前提にありました。そのため、集まったメンバーには入社一年目、二年目という社員が多くいました。ただ、まだマーケティングスキルがない、或いは低い状態のため、まずは自分たちと同じ若年層の目線で見たことや感じたことをマーケティングに落とし込むことができるよう、メンバーたちがこのプロジェクトを自分事化するところから始めました。マインドをつくるところから始めた、と言っても良いと思います。
その方法として取り入れたのが分科会です。最初にチーム全体でマーケティングの骨子をつくり、その骨子に合意した後は、営業、EC、新チャネル開発といった分科会チームに分かれ、各チームで活動することをメインにしていきました。私自身はなるべく分科会には顔を出さず、全体のミーティングのときだけ顔を出すようにし、責任と権限を各分科会・メンバーに委譲していくということを行いました。責任を委譲していくなかで、社長へのプレゼンテーションも若手に任せるなど、様々な仕事をメンバーに委ねていきました。

外部の人間は顧客のプロジェクトにどう関わるべきか?

前田
権限移譲は大事なポイントですね。今後はリモートでプロジェクトを進めることも増えていきますが、リモートの場合、マネージャーや上司を捕まえて、自分のやることの可否や細かなやり方をいちいち確認することができません。指示待ちではスピードが落ち、プロジェクトが進まなくなってしまいますた。そうならないためには、メンバーの主体的な行動が必要になりますが、主体的に行動する元となるのが骨子と委譲された権限です。骨子がなければ「この進め方でいい」という判断ができず、権限がなければ行動できません。
今日のディスカッションはライブ配信されていて、視聴者の方からも質問をいただいています。広告代理店の方から「顧客のプロジェクトに、外部の人間としてどのように関わっていけばよいか?」という質問がありますが、これについては菅さんにお答えいただけますでしょうか?

前田


外部パートナーに加わってもらうことの大事さは、門外漢を入れるところにあると思います。社内メンバーだけでは既存のやり方にこだわってしまったり、視野が限られてしまいがちです。『APEX』のリブランディングプロジェクトでは新規のお客様よりも、ブランドを愛してくれるお客様を増やすことを重視していたんですが、自分たちだけでは「このブランドはこうだ」というフィルターがかかってしまうところを、外部パートナーから「このブランドにはこんな良さもある」と言ってもらうことで、再発見や気づきがありました。クライアントに迎合せず、客観的な意見を言い続けてくれることを期待しています。

前田
自らを代理店、ベンダーと規定すると、仕事はクライアントから与えられるものと思いがちですが、与えられる仕事を待っているのでなく、もっとクライアントの大本の目標、目先の仕事だけでなく大きなプロジェクトに関わっていくことがベンダー側にも求められるようになってくるのではないかと思います。門外漢の視点という言葉が出ましたが、多様な視点は武器にもなれば障害になることもあります。多様な視点を活かすには、まずメンバーの目線を揃えていくことが必要ですが、この点について工夫されたことはあったでしょうか?

プロジェクトメンバーの目線の揃え方

吉武 
どういうことを成功条件にするのか?ということを、プロジェクトの初期段階にメンバーと決めます。これをおろそかにすると、いざプロジェクトを始めてみて、思っていたことと違った、ということが起こりがちです。メンバー一人一人が自分の思う目標を言えるようにするだけでなく、チーム毎に成功条件の合意形成を丁寧に行っていきました。また、若手が多かったので、合意したことがプロジェクトの目標はもちろんメンバーの成長にどうつながっていくかということも共有していきました。あと、私自身はプロジェクトマネージャーとして自分とは違う立場で入っている人の目線でプロジェクトを見るということを意識していました。

 
バリューチェーンに部署の異なる人間が何人も関わっていると、商品企画メンバーは物をつくれたらゴール。販売は数字が出てきたらゴール、というように、ゴール設定がバラバラになります。業務が忙しいなか、このままの状態だと、自分たちの前後のことには興味感心を向けられません。そこで商品が市場に出たときとブランドが続いていくときのゴールを3つ決めました。「熱狂的なブランドファンをつくる」、「熱狂的なビジネスパートナー(全国4万人の販売パートナーのこと)をつくる」、「ブランドに熱狂的になれる社員をつくる」、この3つの目標をひたすら言い続けました。メンバーによって腑に落ちている濃度の違いはありますが、これらのゴールを実現することで、バリューチェーンが繋がっていくという構造を自分の中でも揺らがないようにしました。

前田
フッサールの提唱した概念に「志向性(対象に向かう意識の動き)」がありますが、プロジェクトメンバーの志向性を揃えていくうえで、目標を言い続ける、成功条件を初期段階で握るというのは有効な手段ではないかと思います。プロジェクトではキックオフミーティング以降、定例ミーティングなどを行っていきますが、部署横断型プロジェクトのミーティングの難しさや工夫についてお話をうかがえますか?

 
ミーティングはすごく難しいです。部署横断していると、情報格差や志向性の差が出てきてしまいます。また、月一回開催する全体ミーティングだと、どうしてもただの連絡会になってしまいます。そこで、途中からサブリーダーをおいて小分科会をつくりました。そこには吉武さんもそうしたように私は出席しません。こうすることで、個々人が意見を出しやすくなり、発言チャンスも増えて、場が活発になります。それをまた各リーダーたちと相談しながら物事を進めていくというふうにしました。ミーティングの規模、大小を上手に使い分けることが有効でした。

終わりが明確ではないプロジェクトの進め方

前田
ありがとうございます。もう一つ視聴者からの質問です。「終わりが明確ではない、長いプロジェクトを進める難しさと、こうしたら上手くいくよという経験があれば教えてください」とのことです。

 
ブランドマネジメントは明日の売上から、5年10年先のブランディングまでが仕事になります。目の前のことに一生懸命になりがちですが、そこにばかり注力していると先々の時間軸の仕事をしているメンバーを路頭に迷わせることにもなります。ブランドマネージャーとしては気持ちの持ち方が第一でした。どれだけ自分が未来のことまで予想して、自分がどうしたいかの意思を固める。日頃の仕事はそこからバックキャスティングして、どこまで細分化できているかに尽きると思います。それは自分自身だけでなく、プロジェクトメンバーに対してもそうで、「5年後、自分はこんなことをやりたい。そのためにあなたの3ヶ月後の仕事がこう生きてくる」という話ができるよう、常に意識を持つようにしています。メンバーの、というよりマネージャーの気持ちひとつではないかと思います。

前田
そうした気持ちをマネージャーとして持ち続けるのは孤独な作業のように思いますが、お二人はどのようにしていらっしゃるでしょうか?

 
私の場合は、一言でいうと自分が誰よりもこのブランドのファンである という気持ちを持つことです。長いプロジェクトは義務ではやり続けることができません。ブランドを愛しているからこそ大事にしたい。意見を頂くときも、厳しい意見取り入れてでも大事にしたいという気持ちを忘れないようにしています。

吉武 
菅さんと同じように私も自分の商品が大好きです。色んな人にこの商品を知ってもらいたい気持ちが根底にあって、そのプロジェクトをうまく進めて世の中に広めたい。新しいお客様に新しい価値を提供したいという思いがあります。どうやってその思いをつくるのかと言われると答えるのが難しいですが、この気持があったからこそ大変なとき、しんどいときがあっても頑張れたと思います。・・・そこに尽きるのではないかと思います。

前田
私は小学校から大学生を対象に、プロフェクトベーストラーニング(Project-based Learning/PBL)を行っていますが、プロジェクトを進めるに当たっては、「I Like」「I Can」「Why」が根底にないと、主体的にプとジェクトに関わり続けていくことは難しいです。お二人はまさに「I Like」があってこそ気持ちを持ち続けることができたのではないかと感じました。

プロジェクト管理に用いているツール

そろそろ時間ですので、最後の質問にしましょう。「具体的にプロジェクト管理はどのような手法を用いているか?」という質問です。

吉武 
私はエクセルで工程管理表をつくって、自分で業務の抜け漏れないように気をつけていました。分科会形式を取り入れた後も、分科会自体の進行は分科会に任せていましたが、分科会に分ける前から社長への報告、中間報告といった報告会のスケジュールを組んでいたので、半年から一年という大きな日程を先に引いておいて、そこから逆算して日程を組み、業務の割り振りなどを行っていきました。

菅 
物流、情報システム、アプリ制作などいくつものチームがありましたが、それぞれ自分たちのツールを使って業務を進めていました。私自身は各チームやメンバーの仕事がいつ結合していくのか。いつ、何をするとお客様や社内がどういう状態になっているのかということを眺めて確認できるような管理ツールを、エクセルを使って自前でつくりました。

前田
システム開発などであれば様々なプロジェクト管理ツールがありますが、そのツールでは帯に短し襷に長しで、自分のプロジェクトにピッタリ合うということがなかなかありません。タスク管理ツールやガントチャートといった手法もありますが、お二人のプロジェクトのように様々な部署が関わっていたり、委譲して進めていこうとすると、マイクロマネジメントすることはそもそも不可能です。そのような場合、プロジェクトの目標に向かって、今どのような状況にあるのか?ということや、プロジェクトに関わる諸要素の関係性を俯瞰できるようにしておくことが重要です。この点において、今日の映像にも登場した『プ譜(プロジェクト譜の略称)』は有効なのではないかと思います。

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プ譜は、右側にある未来の目標に向かって、左側にあるリソースや環境を元に、中間のプロセスの仮説を表現するというもので、これをプロジェクトメンバーやステークホルダーとともに書くことで、合意形成しながらプロジェクトの目標と進め方を決めることができます。
菅さんと吉武さんのプロジェクトもプ譜で可視化・構造化するということを行いましたが、紙1枚で表現できるので、視聴者のみなさんもまずはご自身のプ譜を書いてみることをお勧めしたいです。

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※上図は菅さんのプ譜。下図は吉武さんのプ譜

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最後に、部署横断型のプロジェクトを進めておられる、或いはこれから取り組む網としている視聴者のみなさんにメッセージをお願いできますか?

吉武 
プロジェクトをやる上で一番大事だと思うのは合意形成です。ゴールが分からない、みんながどういう方向に向かっているか分からなくなったときは、一旦ゴールを確認する。基本的なことですが、ちゃんと合意をすることが大事です。ここをおろそかにするとプロジェクトはうまく進みません。

 
横断型の組織は図体が大きくなればなるほど机上の空論が増えて、実行までにものすごい時間がかかってしまいます。そうするとメンバーの気持ちが覚めてしまいます。そのため、スモールトライでまず実行するということがポイントです。小さく始めて出た結果を以て、仮説検証を繰り返していくということです。コロナ以降、世の中に起きる変化のスピードがどんどん早くなってきているので、プロジェクトを進めるスピードはとても重要です。予算などの問題はあると思いますが、スモールトライをどれだけ連発できるか。私も今後チャレンジしていきたいと思っています。

登壇者プロフィール

菅さん

菅 千帆子 氏
株式会社ポーラ
ユニバーシティ アカデミア本部部長
(元APEXブランドマネジメントチーム ブランドマネージャー)
1991年、ポーラ化成工業に入社。研究員として「肌・こころ・からだ」の心理生理学的研究に関わる。1994年には世界トップレベルの化粧品の学術大会IFSCCにて、「化粧とこころの関わり」を科学的に解明し「最優秀論文賞」を受賞。2001年、㈱ポーラに異動。現在はパーソナライズドスキンケアブランド「アペックス」のブランドマネージャーとして、肌分析サービスの企画設計やプロダクト開発、プロモーション戦略、流通戦略等を全体統括、社内組織を横断的にマネジメントしている。

吉武さん

吉武 裕子 氏
キヤノンマーケティングジャパン株式会社
コンスーマビジネスユニット ichikara Labリーダー
2005年、キヤノンマーケティングジャパン株式会社入社。 プリンターやカメラの販売促進担当を経て、2011年より商品企画部門にてプロモーション戦略を主に担当。 2018年よりミニフォトプリンターiNSPiCの商品企画担当として市場導入やプロモーション戦略など、マーケティングプランニング全般を担当。 2020年4月より、キヤノンマーケティングジャパン(株)企業内起業ichikara Labのリーダーとして、若年層向け商品・サービスの開発を担当。

プ譜についての詳しい情報は下記をご覧ください。


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未知なる目標に向かっていくプロジェクトを、興して、進めて、振り返っていく力を、子どもと大人に養うべく活動しています。プ譜を使ったワークショップ情報やプロジェクトについてのよもやま話を書いていきます。よろしくお願いします。