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レトロ食堂に誘われてその3「西那須野の田圃沿い、生姜焼き定食」

 那須高原を過ぎた先にある那須塩原市。新幹線が停まる駅ではあるがごった返した駅前ではなく、地方都市のお手本のような感じともいえる。

 だが駅から離れれば那須高原という有数の別荘地があり、非常に自然と隣接した観光施設も多い。温泉地でもあり、非常に心を癒せる場所でもある。

 そんな那須塩原市ではあるが外れのほうも工業団地がある。西那須野インターチェンジから下りてすぐで井口工業団地という工場地帯だ。団地のある西那須野エリアを車で通りかかった際の話だ。

 窓から見える景色は住宅と田んぼ。

 工場も何件か並んでいるが、仕事でよく向かっていた会津と似ているからか、やっぱり落ち着く。無と向かい側の窓に混んでいる店を見かけた。

 あそこの食堂いいなあ。木の看板が反対側の道路からも目立つが入れそうにない。

「あそこは外れなさそうだな」確かに醸し出す雰囲気は僕にとってばっちりストライクだったが、今にも音が喚きだしそうな腹の様子だと待ちようがない。

 泣く泣くハンドルを切り、その食堂の少し先を左へ曲がり、表通りの裏側へと向かう。

 少し車を走らせると住宅の並ぶ道に「食堂」の文字をかすかに捉えた。その文字に惹かれるままに車をUターンさせ、その道に入っていく。

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 「よしみ食堂」ポツンと裏に佇むお食事処。

 青い暖簾と住居兼用の店構え。これは勝負するに値するだろうか。いや、ここで勝負をかけよう。決意のままに暖簾をくぐる。

 うーん、これだ、これ。実に好みの店じゃないか。

 暖簾をくぐれば小上がりとカウンターで成り立っている食堂っぽい席並び。小上がりでは地元のおっちゃんたちが昼呑みだ。

 それとは対照的に一人でカウンターでも魚の開きをつまみにボトルキープしていると思われる焼酎を飲み干す地元のお父さん。

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 木づくりのカウンターのニスに天井の光が反射し、店内の薄い木の模様を刻んだ壁を照らす。銀がまぶしい厨房では料理を作る店主と脇を2名のおばあちゃんが固める、田舎の食堂ぽさが胸に染みる。

バックミュージックの昭和歌謡を聞きながらとりあえず入口から三番目のカウンターの椅子に腰を下ろし、メニューを見上げる。


 なるほど、どれも王道メニューばかりか。ならここはガツンと真冬に効く生姜焼き定食にしよう。定食とは日本人の食文化の集合体であり、古き理念を映し出したものである。無性に食べたくなるのは刻まれた記憶があるから、だそうだ。

 生姜焼きのほかに黒板にもメニューがあるのを発見したのでその黒板から「ネギマグロ」を選ぶ。肉と魚で完璧だ。陸を以て海を制す。だが他に気になったメニューで蜂の子もあったことを付け加えておく。

 片隅で流れる昭和歌謡と左から入ってくるTVの情報バラエティの声が頭の中でぶつかり合う。うんな、細かくて、見切り発車なことを口にするなよ、TVさん、マスコミさん。

 情報との付き合い方の難しさは理解しているはずなんだ、彼らも。だから、一つの場所では分からない事だってたくさんあるんだ。

 ジュア、と厨房からロースが焼ける匂いが鼻をくすぐる。余所行きの生姜焼き、久々に喰うなあ。

 ワクワクしながらその定食がテーブルに並ぶのを待ちわびると次々と机に定食が並び始めた。

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 ぐいっと身を寄せて世界をのぞき込めば、味噌汁、白飯、サイドの漬物は古漬け、それに小鉢で糸こんの煮物。そして、メインの生姜焼き。

 これは厚い。生姜焼きのロースの厚みがあるとこれほどまでうれしいことがあるだろうか、いやない。生姜と醤油の香りが鼻孔を包み、3枚の生姜焼きをよりご馳走へと進化させる。これが生姜焼きの魔法なんだよ、誰でもすぐにかかってしまう。

 厚切りロースに齧り付く。ああ、ロースだ、ロースだ。纏ったタレの香ばしさと生姜のパンチがカウンターのようにばちーんと刺激を与えてくる。濃い味系だが生姜のパンチで何枚でも肉が進む感じだ。これは王道で、剛速球160キロクラスの逸材だ。いやあ、この食堂、当たりだ。

 そこへ地元栃木の白飯。

 美味いコメだ、米が美味いとおかずがよりうまくなる。そこに繋げるのは生姜焼きのたれが染みたキャベツ。キャベツ、何でも染められた色を纏いながらもしっかりと存在を魅せる、懐の深いヤツ。なんではこんなにもロマンを感じるんだろう。

 糸こんの煮つけ、ちゃんとしてる。小鉢にも真心あり。それに白菜の古漬けも酸味が効いてている、いい漬物だ。

 汁物はどうか、と一啜りすると少し塩味が強い。だが具材はサトイモ、大根、ニンジンなどがたっぷり入っている。さらにすいとんと珍しい具材で、ずいきが入っている具沢山ぶりだ。ずいきなんていつぶりだ、食べたの。この芯の柔さが好きなんだよ。

ずいきって知らない人多いだろう。里芋やハスイモの葉柄の事だ。芋柄っていったほうがわかりやすいかな?

 残りの生姜焼きで飯を巻いて喰う。巻き食いしてもなおも生姜焼き。まだ2枚もあるのがうれしい。脂身から次は食べるがこれもまた良し。豚肉の旨さをどこまで行っても生姜ダレが引き立てる。

その間を縫ってこの対になる一皿が供される。

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 そう頼んでおいた「ネギマグロ」だ。大体ネギトロみたいな感じを予想するだろうがそれを覆すマグロの赤身とネギをたっぷりの醤油ベースのたれで和えたシンプルなものが出された。こういうタイプだったか、これはうれしい誤算だ。

 食べてみればわかる。ネギの辛味とマグロの赤身の旨味が相乗効果で旨くなっている。赤身をネギが引き締める、その全体をさらに纏めるのがワサビが溶かされたタレだ。刺激が鼻に抜けて、一つの物語が書きあがる。こういう食べ方も大ありだ。

 それを白飯と合わせても合わないわけがない。ばっちり合うじゃないか。

 どこかの会食で綺麗な刺身をちまちま食べるよりも、レトロな食堂で豪快に料理された赤身をガッツリ食べる方がずっと記憶に残る味なんだよ。ご主人、凄くセンスが尖ってますよ。

 目線の先ではまかないの準備でどうやらカツ丼を作ろうとしているご主人の手さばきが映える。

 いやあ、良いものを知った。何を出してくるか、分からないレトロな食堂の奥深さ、まだまだ知らない事ばかりだったか。

 生姜焼きとネギマグロの合わせ技で一本取られた僕は店を眺めながらこう思った。


今回のお店
よしみ食堂
住所 栃木県那須塩原市上赤田238-442
お問い合わせ番号 0287-36-3350
定休日 不定休
営業時間 11時~14時
     17時~21時


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