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1人酒場飯ーその43「那須より黒磯。一軒家1人焼肉」

 僕はひねくれ者だ。最先端なんて聞き覚えのよい逃げの一手だと、スマートフォンを持たない主義と自ら声を大にして言ってみる。勤め先の都合でスマホ自体は持っているが個人の所有物は二つ折りのガラホだ。

様々な作業をするうえではiPadのほうが便利だから、目が悪いからとかスマホにしない理由はあるのだが、まあ、はっきり言うが兎にも角にも僕は面倒な方が好きだ。ちょっと道を外れた先には意外と面白い物がたくさん見つかる。PRGゲームでいうところの裏ルートなんてやつだろうか。それ故に人気の観光地でもちょっと逸れた場所を探したくなるのは僕の性ってやつだ。

秋の行楽シーズン、栃木県那須の賑わいは凄いことになっている。アウトレットや別荘地に遊びに行く人たちが全国から集まる中、僕は約17キロ那須の町から離れた黒磯にやってきていた。

黒磯はJR東北本線でも東北、関東の入り口に位置する駅であり、ここから上野方面と福島方面へとJRの電車が走るが、新幹線は近くの那須塩原駅に止まり、目立つような観光場所もない街だ。元々は黒磯『市』だったが今は合併して那須塩原市になっている。地元の人が多い街でもあるだろう。

黒磯駅の裏手の駐車場から連絡通路を通り、表通りに出てみる。やっぱり馴染みのある地方都市の空気だ。駅前通りには歴史のありそうな雰囲気の店が立ち並んでおり、観光客の姿はまるでない。実に落ち着く。

 その足でフラリとちょうど向こう側の道路に見えたパン屋とカフェが隣接しているお店に入り、静かに時間を過ごす。

 こういう時間が俺には必要なんだ、アイスコーヒーを啜りながらのんびり過ごす時間が。だが、時間を忘れていてすっかりランチを喰い損ねてしまった事に気づく。すきっ腹に珈琲は響く。

 思い立つがまま会計を済ませ、表通りに向かっていく。腹が減った、ガツンと腹にぶち込みたい、思うままに。やっぱり人間の動力源は空腹だ。食い損ねた分をどう補填するか、頭の中で多くのメニューが浮かんでは消えていく。

 表通り、裏通り、一本先の道路、ここが那須の一部だと言われてもピンとこないような地方感が街並みから見て取れるのがまた良い。こういうざっけない感じの中に僕の食指をうならせる店があるはずなのだ。

 あれこれと一時間街中を探し歩きながら、駅の方向へと戻ってきてしまった。ここまで来たら妥協したくない。住宅街の一本先へ、先へ歩を進めていく。

すると、遠目に赤いぼんやりとした光が浮かんでいた。もしやあれは・・・。期待を胸に光に吸い寄せられるように近づいていく、羽虫か、何かか?僕は。

近づくたびにその灯りの正体が徐々に明らかになっていった。地元の車が何台か停っている駐車場から砂利道が伸び、一軒家へと誘う。その赤い光の正体は『焼肉』と書かれた提灯だった。そう、吸い寄せられた先にあったのは一軒家の焼き肉屋だったのだ。

「こんなところに焼き肉屋。住宅のような焼き肉屋。よおし、ここにしよう」その歴史のありそうな面構えに惹かれた僕はそのまま一軒家焼肉『焼肉かづや』の暖簾をくぐることにした。

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玄関を潜ると古い日本の家屋の木の廊下が出迎えてくれた。本当に焼き肉屋かと疑ってしまうが目の前の広々とした部屋からは楽し気な声と欲望を加速させる肉の匂いが鼻を擽る。どうやら地元の隠し球ってやつのようだ、このミスマッチな空気に期待しかない。

声をかけるとようやく店員さんが来てくれた。一軒家だからここは呼ぶのが難しいなあ。そう思いながら大丈夫ですかと確認すると、どうやら1人だったから直ぐに案内された。1人焼肉万歳。

靴を脱ぎ廊下に上がる。ギっと軋む木の音が昭和の景色を連れてくる。案内されたのは畳の広々とした和室。申し訳程度の衝立でスペースが分けられているが、それがまた和室と個々で肉を焼く家族連れ、仲間連れを旅館の広間に居座せた共同体のようでまた楽しい。

僕は1人ロースターの前に陣取り、その団体の脇役になり切る。さあ、何を喰おうか。メニューと貼られている張り紙を交互に見ながら焼く肉を吟味していく。

そこで張り紙のセットメニューの「プレミアム」の文字。プレミアに人は弱い、プレミアな中身は何なのか、セットの中身を見るとカイノミとササミの文字。

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希少なカイノミと牛のササミという謎の部位、サンチュで2000円。これにしよう。それに追加で中落カルビとネギタン塩、白飯でぶち込んで1人自宅焼肉大大会の幕開けとしようか。

 ロースターに火が灯り、熱がこっちまで伝わってくる。半袖なのに袖をまくるように仕草をしてスイッチを入れるんだ。

 スッと僕の目線の先の襖が開き、店員さんが肉を持ってきた。まずはカイノミ。流石フィレに一番近い部分だ。赤と白のコントラストが目にまぶしい。
次に置かれた牛のササミ。なるほど、赤身とサシが混在しているザ・肉だ。調べてみるとバラの部位だが実に取れない部分だという事を知った。真のバラ肉って奴か、ササミなのに鳥肌が立ってきた。

さらに定番の中落カルビとなかなか厚手の粗切りのネギが添えられたネギタン塩が次々とやって来る。飯を待ってもいいが肉は待ってくれない、まずはタンから焼いていこうか。

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タンの美味い焼き方にはコツがある。片面をじっくりと焼くのだ。そうすることでタンに閉じ込められた脂が表面に浮き上がってくる、コイツが美味いんだ。じっくりと、香ばしくロースターで焼くタンにネギを乗せ、口へと。

 こいつはいい。いいタン、歯応え、旨味ヨシ。ネギもヨシ。つまり、美味い。言葉なんていらないだろ?そこへ白飯がやって来る、スープが付くのもうれしい。飯とタンを合わせても外れない。

 次に伸ばしたのは中落カルビ。中落なれど侮ることなかれ。このカルビはいいカルビだ。ニンニクと辛味を叩き込んだ自己流タレでカルビの凝縮した旨味を感じ取る。これはスタミナ、お上品様には分からない世界、実に白飯が進む罪まで背負っているぞ。


 しかし、カルビってなんでこんなにスターなんだろう、他にも美味い部位があるのにカルビの名前は人を黙らせる凄みがある。

 次は霜降りと赤身の何とも言えないバランスのササミ。焼けば分かるがサシのブクブクと出てくる脂が美味そうだ。今までホルモン系でしか見たことがない歓声だ。


さあ、歓声が冷めないうちに行ってみよう。おおっ、と小声で唸ってしまう程のパンチだ。脂と肉の秘められた旨味を噛めば感じる一方であっという間にあっさりと消えていく。これほどクセがない部位があったとは知らないものだ。

 そして、王様カイノミのお出ましだ。赤が映える柔らかな肉をロースターへと投入する。いい具合に火を通せば赤はいい焼き色へと変わっていく。それを齧り付く。目をつむってしまう程目の前が回る。フィレのあの柔らかさを併せ持ちながらも、繊細な世界。カルビが王様なら高貴な姫君だ。上品すぎてクラクラしてしまう。

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 次は飯をカイノミで巻いてしまえ。

 やられた、美味すぎる。カルビで巻いた世界と全く違う。カルビはサンチェとも絶妙な相性。どれもこれも外れないぞ、黒磯駅のその先で出会った焼肉屋は隠れた名店だった。

 ビール飲みたい、でも我慢。スープで最後の余韻を流し込む。1人焼肉大宴会、これにて・・・。と思うがふとメニューをもう一度見てラーメンの文字が心に響く。酒が飲めないならせめてラーメンを喰って宴会の〆っぽくしようか。すっかりとラーメン欲に支配されるまま、スタンダードなラーメンを追加で頼んでしまった。

 畳に足を投げ、昔懐かしい一軒家の空気を身体に吸い込む。昭和の世界に平成を経て令和にたどり着いた人々と屋号、辿り着いたこの場所が目に焼き付いていく。こんな映画のような空間があるのか。この日本らしい世界は残していってほしい時代だ。

 お、レトロチックに憧れたこの流れで来た、来た。ラーメンが。覗き込んでみればそのラーメンはまさに昭和レトロ。今ではすっかり消え去った濃い醤油の香る王道中華そばだ。この出会いは必然だったか。

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 ズルズル、スープをゴクリ。

ああ、昔と東京で食べた何だか懐かしい屋台ラーメンそのものだ。こんな終わり方もまたいいかな、濃いスープに浮かぶ黒に堕ちていくように僕は夢中に一軒家の時間を楽しむのだった。

今回のお店

焼肉かづや

住所 栃木県那須塩原市錦町2ー10

お問い合わせ番号 0248-62-0956

定休日 火曜日

営業時間 17時30分〜22時

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