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1人酒場飯その42「カレーは魔性、香りのワンダーランド」

 赤い桟橋から深川を眺めてみる。

 元々この土地は江戸時代における大きな木留場だった。江戸の中心部で起きた大火事こと「明暦の大火」によってこの辺りに大名屋敷や武家屋敷が移ってきたため、大いに発展した歴史がある。
 
 そうそう、怖い話が好きな人なら江戸の振袖火事の亡霊の話は聞いたことがあると思うがその振袖火事の元ネタなのはこの明暦の大火だ。

 なんかそういうホラーな首元がヒヤッとする話、いいよね。

 そんなことを言いながら門前仲町からここ『木場』まで歩いてきた道と歴史を振り返る。

 実にこの辺りは歴史を残しながらも近代化と呉越同舟した独自の土地だ。厳かな空気と真逆な賑わいのギャップが愛してやまない僕の好きな街。

 僕が『カレー』の世界の奥の深さに足を踏み入れたのは意外に遅い時期だった。色々と食べ歩きを始めた大学時代からだ。それまで僕はインドカレーを何となく邪道と見ていて、基本的に敬遠していたような気がする。

 子供のころなんて家庭のカレールーが大体で、スパイスからカレーを作るなんて事から色々なスパイスの種類があるのを理解したのは中学生ぐらいになってからだ。それぐらい今はルーやレトルトが市場を占める市販カレーの世界。

 その枠組みから一歩踏み出すのって結構勇気がいる。
 
 そのきっかけとなった店が深川が流れる東西線の木場駅の最寄にある。つまり、この地だ。

 まあ、最寄りといってもちょうど木場と東陽町の間になるわけだが、兎にも角にも僕が多国籍料理の味に興味を持つ始まりのインド料理のお店、というわけだ。その店の名は『タンドールバル カマルプール』。

 この界隈どころか、東京でも指折りの名店だ。

 そこで味わったカレーの数々は僕の概念を遥かに覆して、多国籍の様々な味へと踏み込むきっかけとなった。あれから時間がかなり経った。そんな折にカマルプールが第2号店を亀戸に出した、という話を耳にした。知り合いの方から情報を聞くと味も変わらないが穴場でとても落ち着くという情報を聞いたのだ。

 なるほど、2号店か。本店の方には年一回初心を忘れるべからず、をモットーに訪れているが今回はそっちを狙ってみよう。という結論に達し亀戸へと足を運んだ。

 その流れで久々に亀戸にやって来たがここは再開発とは無縁なのだろう。

 真昼間の混雑と亀戸餃子さんに触れたあの時とは全く変わっていない。さて、目指すはインドの秘境だ。いつもならば足を向けていただろう亀戸餃子の方角とは反対へと歩いていく。


 陸橋を渡り、表通りから延びる路地に注意を取られながらも進む。そこで何本目かの路地に延びる道を過ぎたころにようやく向きを変える。地図通りならこの先にあるはずだ。そこで見慣れた青の入り口が目に入ってきた。
 
 ああ、あれか。記憶にすっかり残る本店に近いカラーリングの店舗で分かりやすい、店のガラスにメニューが書いてあるのも一緒。ここか、『カマル2号』は。 

 何といっても「~店」じゃなくて『2号』なあたり、仮面ライダーよろしく、技の1号、力の2号感があってよい。

 いつものように1人カウンターへと腰を下ろし、メニューを眺める。ほほ、基本的にメニューは一緒。ちょっと上の手書き風の文字を見れば達筆な季節のメニュー。これは変わらないなあ。

 だが、このランチの時間帯に足を運んだのは理由がある。何といってもランチが狙い目だからだ。ランチのカレーは甘、中、辛のその日のカレー三種類から選ぶことが出来るだけでなく、夜のメニューもアラカルトとして注文できるのが魅力だ。アラカルトのカレーを選べば2種類は喰えるのが嬉しい。

 さて、僕の心はランチが本命じゃない。ここに来たらインドの釜であるタンドールで焼かれるクルチャと僕のカレーへの認識を大きく変えた一皿であるラムミントカレーを食べなければ始まらない。

 クルチャ、クルチャ、クルチャ。

 声に出して読みたいメニュー。そのメニューの中で選んだのはキーマカレークルチャ。涎が出てきそうだ。それにマサラなめろうをプラスしたのでランチも含めると昼からどれだけ食べるのだ、というぐらいの量になっている気がする。

 水をグイっと一飲み、胃袋の臨戦態勢を整える。

 さあ、来い、まずは前菜枠のマサラなめろうだ。

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 実にマサラ風のなめろうというのは気になるだろうが、まさにそのままの意味のスパイスの効いたなめろうだ。魚の活き活きとした味わいをガツンと煽りに来るスパイスが相乗することで実に奥が深い一皿になっている。胃袋が目覚める、景気づけには好スタートだ。

 次はランチセット。ナンからスタンダードなクルチャにメニューを変更。それにイエローライス、カレー三種中2種のセットにして、本命前の下ごしらえだ。ランチが下ごしらえとかどうなってるんだ、俺の胃袋。

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 クルチャがダブってる?知るか、そんなもん。

 さあて、このいい流れで目の前に出されたのはインドの香りを纏いし、キーマカレークルチャだ。一見ナンのようだがそれは違う。

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 切れ込みの入った生地を手に取ると中からニンニクの仄かな香りを漂わせて、トロリとチーズが流れ出る。これはたまらないだろう。そこにキーマカレーの魔法が合わされば濃厚な世界が手招く。


 脳の芯から蕩けてしまいそうだ。インドの世界はまだまだ奥深い。最初僕が食べた時はあまりの衝撃に他のゴルゴンゾーラとスタンダードなチーズクルチャの3種類すべて食べてしまった。流石にそれは腹が一杯過ぎたのだが。

 そして、最後のメインを飾るのが僕のカレーの概念をひっくり返した衝撃の一皿、ラムミントカレーだ。どんなカレーなのか疑問を持つ人もいるかもしれない。

 スパイスの強い香りのカレーの上にミントが散らしてあり、緑が映える一皿なのだ。最初の出会いがしらからインパクト満載、なのに食べればさらに衝撃が待ち受ける。

 その一すくいの中に何重にも香りが重なる。スパイスの鮮烈で奥深くを揺るがす香辛、舌の上でラムの柔らかさを噛みしめた先にある優しい肉の味、そして最後に鼻に抜けていくミントの高原のようなインパクト。全てがカレーというジャンルの中で花開き、一つの物語を描いていく。

 虜にされるのは一瞬だった、まさにひとめぼれ。安心した、あの日の衝撃のまま、この2号も僕を虜にした。

 今日もまた奥深さに迷い込んでしまったか。白昼夢のような時間から外に出て引き戻された。次はまた夜に、ビール片手にタンドールの香りを楽しもうか。どちらに行こうか、と迷いながら陸橋に向かって歩き出すのだった。

今回のお店

タンドールバル カマル2号

住所 東京都江東区亀戸6丁目-24-8 ニューハウス亀戸1F

お問い合わせ番号 03-3681-9911

定休日 年末年始

営業時間

平日・土 11時30分〜14時 17時〜22時

日・祝 11時30分〜14時 17時〜21時

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