「社会人多浪」改め「社会人入学者」

これまで皆様に「社会人多浪」を広めて頂けるようにキャンペーンしてきた私ですが、「社会人多浪」という言い方が共感が得られにくいとのご指摘を受けて、確かにその通りだと気付き、代わりに提案して頂いた

「社会人入学者」

これがとてもしっくりくるので、大変申し訳ありませんが、「社会人多浪」を改め「社会人入学者」と表現の仕方を返させて頂きます。

表現を変えるにあたり、私が気をつけなければならないのは、私の元の動機を忘れないことです。

今ここで元の動機について覚書を書いておかなければこのまま忘れてしまいそうなので、「社会人入学者」という表現に変える前に書かせてください。

何故、多浪という表現に拘ったのかという話です。


元々、私の東京芸大畑では、多浪の文化があります。
東京芸術大学の中でも、美術学部のデザイン工芸系ではなく美術系。
つまり、油画の画家を目指す油画専攻、日本画の画家を目指す日本画専攻、彫刻家を目指す彫刻科です。
この3つは就職ではなく作家を目指すことを第一に考えます。
その為、社会に出る時間を急ぐより確実に技芸に秀でることが大切です。
そして、この3つの世界では技芸に秀でることの名刺がわりに東京芸術大学があります。勿論東京芸大畑の名刺を生かすには東京芸大の中でも特に秀でなければなりません。
この世界は世の中に認知されずらい世界です。
その為名刺を持たない裸のままでは生活することができません。
芸大が全てでは決してありませんが、選択肢として選ばれるケースは少なくありません。選ばられる理由はいくつかありますが、特に多いのは親御さんの支援が受けられるからです。
その名刺を得る為に熾烈な競争になるのが東京芸術大学の実技試験です。
日本ではアートに十分な経済的な支援はありません。
入試では親御さんの支援を受けることができます。
つまり、日本では最も支援を受けられ作品を作ることができるのは受験生から芸大生の学生期間なのです。
そして芸大畑では大学を出た後に、芸大畑に戻り日本の芸大美大、教育系の大学の教員になり、生活しながら活動を続けることができます。

芸大美大の受験者の中には裕福なご家庭は多いです。
私立の大学の年間の授業料は200万程度です。
毎年200万の学費と多くの生徒が下宿しますから下宿代を出せるご家庭は少ないです。裕福と言いましたが、低所得のご家庭と比べて比較的裕福というだけで、私の知る限り、プライベートに踏み込むのであまり言えませんが、多くのご家庭が大変な思いをされています。
私立は学費が高いので、学費を払えない学生が東京芸術大学を目指すことが多くなります。
それでも親御さんに支援して頂ける学生が多い。
その中に親御さんの支援を受けられない低所得のご家庭の学生がいます。
私は彼らを見過ごすことができないのです。
何故ならば、彼らの悩みや苦しみを理解して、発言できる状況にある人がもしかしたら私しかいないかもしれないからです。私が何もしなければ、授業料免除というこれまであった国の支援が無くなるかもしれない。
これは国から免除をされて大学に通わせてもらえた私なりの恩返しでもあります。

芸大生が浪人を重ねて技芸を極めていく道は長年培われ、根付き、今だに息づいております。私の高校生の頃の30年前は油画科の平均浪人年数が4.7浪でした。浪人が当たり前と教育され、その事実を受け入れた者のみがその道を目指すことができました。当時は現役1浪は殆ど受かりません。40倍以上の倍率のせめぎ合いをしながら年月をかけて技芸を高めました。私が入った22年前は50倍を超えました。

念の為ここで付け加えてさせて頂きます。私は芸大の高倍率には長年反対しております。他に国立の大学がないことや、技芸を磨く為に浪人することは良いですが、周りに流され、東京芸大神話を盲目的に信じ、無意味に多浪してしまう学生もいるので、悪い面もあると私は考えています。
他にも様々な問題があると考えていますが、状況を改善する為に私が考えているのは芸大美大の偏差値の開発です。偏差値を開発して適正のある者が受験をするようにできれば、倍率は5〜10倍程度には収まると考えています。優秀な現役生が日本中には何万人といます。彼らが入試で手も足も出ない状況はやはり問題があるのです。入試が健全な状態であれば芸大の半分くらいは現役で埋まります。その追及を私はしていくつもりです。芸大受験は入試で通用する指導の環境が日本でもほんの一部にしかありません。様々な問題を解決するためのシナリオを私は考え続けてきました。なので、私は単純に多浪を推奨しているのではありません。


但し、このせめぎ合いの中で、東京芸大畑からしか出てこないタイプのアーティストが確認できることも見逃してはならない事実です。例えば皆様がご存知なのは村上隆、私共の中では川俣正です。伊勢谷友介の名前をあげる人もいますが、彼はタレントであって、優秀ですが芸大の中で特に技芸が秀でた人ではありません。かくいう私も、私は無名ですが、私も東京芸術畑からしか出てこないタイプの人間です。

そのあたりの成果を見過ごしてしまうと、今ある芸大の良さはごっそり見逃されてしまいます。見逃されてしまえば、芸大の倍率の意味は「芸大と美術予備校が儲けるためのもの」という粗末な認識に成り下がってしまうかもしれません。

東京藝術大学美術学部の現役合格者は1割程度しかいません。多浪が息づく畑で生まれ、大きく育った多浪を、制度が変わった瞬間に、多浪を否定する側に手の平返しするのはあまりにどうかと思います。自分達で種を蒔いておきながら、多浪を排除し、生きづらい状況に立たせるようなことはあってはならない。そんな感じの使命感や責任感がどうしても拭い去れません。暫くは同じ土で育った芸大生だけでも支援を続けるべきです。

美術予備校は多浪生を責任持って抱えています。これは芸大の対策に力を入れる予備校ならどこも変わらないはず。このまま世の中の流れに乗ってしまうことは簡単です。でもそれで何事も無かったかのように、芸大畑が長年多浪を育ててきたことを忘れてしまうことは、私としては非常に気持ち悪いことです。

私には気持ち悪い生き方はできません。そのためこの気持ち悪さの原因を忘れないようにする為に「浪人」という言葉を用い、「社会人浪人」という言葉を考えました。

東京芸大畑の多浪の殆どが元々自ら望んで、サボって多浪しているのではありません。彼らは多浪するように指導されて、泣く泣く浪人し、倍率の高い東京藝術大学の受験を続けてきた学生達です。はじめから多浪するつもりはなく、後戻りできなくなって多浪しています。世の中とは真逆で、芸大受験の中では多浪は落ちこぼれではなく、同じ地面に生まれた皆んなの見本であり、目標です。作品を並べて行う講評ではいつも一番上に座して崇められる存在です。そのような空気や伝統や、システムを作ったのは学生ではありません。私のような指導者です。可能性のある者に狭き門を目指させ、励ましながら、勇気を持たせて、臆せず突き進むように教育してきたのは我々です。今、その彼らの踏み台はサッと外されました。彼らは基本的に強いので顔には出さないと思います。でもこの件で大きく派手に転ぶはずです。それはさせられない。

彼らは今回の就学支援新制度で支援対象から漏れてしまいました。

これについて東京藝術大学は少なくとも浪人している彼らや外部の私のような人間に届くような声は上げていません。内部の東京芸術大学の学生にさえも。つまり、教育されて明るい道だと指導されて多浪した者が、国の都合で排除されるシステムが機能しようとしている。このような出来事を、時代の流れ、などと理由をつけて目を背け、見ないようにすることは簡単です。でも、目を背けてはならない。

彼らは気を付けなければすぐに忘れてられてしまう。社会的にはとても弱い存在です。でもその存在は芸術の世界では宝なのです。何事にも目を呉れず技芸を磨くことのみに何年も専念してきた彼らは宝です。その大切さを説くことが日本中の誰にもできていない。なので私が説くしかない。忘れないため社会人に多浪という言葉を足しました。

でも、考えを巡らせて行く内に程なく頭に浮かんだのは、看護師さんやお医者さんや中学、高校の先生。ゲームデザイナーを目指す専門学校の生徒達、私の今まで見てきた社会人になってから自分でお金を貯めて、学校に通っていた人たちのことです。芸大のこととは区別して、日本中の「社会人入学者」のことも同時に考えるべきだと考えました。社会人入学者のことも含めて考えた時にやはり「多浪」という表現は共感を得られずらい。このように反省した次第です。

芸大の学生達は私の知る限り優秀です。特に、油画科、日本画科、彫刻科には私が7浪したように桁外れに浪人を重ねて化け物のように技芸が秀でている学生がいます。スポーツのように学業とは少し違った能力を養成する世界では何年も年月を重ねなければ身につかない技芸があります。何年も年月を重ねなければ身につかない技芸を身に付けている者はそうそういません。人生の中で1つのことに何年もかける時間を持てる人はそうはいないのです。本当に数人の彼らは特に秀でて優秀です。その彼らが審査もされず就学支援新制度の対象に漏れていること自体、彼らの損失でもありますし、国の損失でもあると、私は思います。

そんな思いから「社会人多浪」という言葉が出てきましたが、これはやはり、世間一般の人たちからすれば、「浪人」という言葉は悪いイメージしかなく、嫌煙するべき者で、受け入れがたい。受け入れがたいイメージは私の中にはすっかり忘れてしまっていたイメージです。これは「社会人入学者」とするのが良いと思います。社会人から勉強を始めた人の多くが殆ど1年で大学に入学し、浪人したとしても1年程度です。私の教え子の社会人入学者は半数程度が東京芸術大学に1年で合格しています。多摩美術大学、武蔵野美術大学を受験していればほぼ全員1年で合格しています。強いて心身症を抱えている社会人入学者は訓練ができないので結果が出づらいですが、私の見る限り「社会人入学者」は優秀です。

最後に、心身症の学生の話を切り出したので加えておきます。若い方が感覚や学習能力が高いとの意見もありますが、私は学ぶことに年齢は関係ないと考えています。私が子供の頃は大人は皆口を揃えて大人になると頭が固くなり、物事が覚えられなくなる。と聞いて育ちましたが、私はその考えには否定的です。

私は学習障害です。日本語ディスレクシアです。高校の時から発症し、それ以来30年向かい合って生きてきました。私ほど酷い学習能力でも年を追うごとに良くなってきています。若い頃、数文字も記憶できなかったのが、今は少しの間文を記憶することができます。4行ほど書いたらもう思い出せませんが、この程度の文章ならなんとか書けるようになりました。文字を書く時の記憶力は年をますごとに増しているのです。

実際の所皆さんの記憶が本当に年を追うごとに衰えているのかどうかは私にはわかりません。でも、学ぶ姿勢を失うことは良くないのではないかと思います。私のようなポンコツでも学べば多少良くなれるのですから、皆さんが学んだとすれば、その成果は計り知れません。

国の未来を思うなら高校卒業後2年以上経って学校に入学した社会人入学者にも支援をするべきです。

⭐︎アンケートにご協力ください
2020年施行の修学支援新制度の対象から外された社会人入学者を新制度の付帯事項として支援の対象に含めることを国に請願する請願書、要望書作成に必要な資料収集の為のアンケートです。
尚、東京藝術大学等高倍率により他大学よりも平均浪人年数の高い大学についても別のアンケートとなります。但し、その中で自分で進学費用を工面して浪人した方はこの社会人入学者アンケートも該当します。

社会人入学者本人用のアンケート
社会人入学者を指導された経験のある先生用アンケート
社会人入学者のお子さんをお持ちの保護者用アンケート
一般の方用アンケート


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