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意志ある自由の美しさ(森博嗣『「やりがいのある仕事」という幻想』を読む)

日本では「仕事のやりがい」が低下し続けているそうですが、そもそも「やりがいのある仕事なんて幻想」だと言い切っている面白い本をご紹介します。森博嗣『「やりがいのある仕事」という幻想(2013/5/30,朝日新聞出版)』です。

作者の森博嗣は、大学准教授だったため学生や卒業生から仕事についての悩みをよく相談をされたのだそうです。そんな悩める若者たちに向けて書かれた本ですが、働く人にとっても参考になる内容だと感じました。

森博嗣は悩む学生たちをこう見ています。

昔は悩む暇などなかっただけのことで、今は、悩めるだけでも豊かになった証拠では、と認識しているけれど、それを書いたら身も蓋もないか(書いたが)。

そう、森博嗣は身も蓋もない人です。この仕事論もアンチだけど鋭く、そこがとても刺激的でした。仕事のやりがいについて、考えすぎて行き詰まったときに読むと頭に違う風が吹くと思います。少し引用してみましょう。

「仕事は楽しいものだ」「仕事を好きにならなくていけない」という幻想を持っていると、ちょっとした些細なことが気になって、「なんとかしなければ気持ちが悪い」と悩んでしまう。僕が、相談を受けるものの多くは、これだった。
つまり、苦労と賃金を比較するというよりは、理想と現実を比較しているのである。さらに分析すると、その理想というのは、勝手に妄想していたものだし、また、現実というのも、よく観察された結果ではなく、勝手に思い込んでいるものにすぎない。

この本の一貫した主張は「人は働くために生きているのではない」、だから「仕事に(無理に)やりがいを見つける必要はない」ということだと私は受け取りました。そんなことで悩まず、もっと自由に生きてはどうかと(その先に、本質的なやりがいがあると)。

ミステリ作家でもある森博嗣は、小説『笑わない数学者 MATHEMATICAL GOODBYE (1999/7/15,講談社)』でも同じ話題を取り上げています。

「一番下品な格言って知ってる?」
働かざるもの食うべからず、ですね?」
「そうだ。いやらしい、卑屈な言葉だよね・・・・・。僕の一番嫌いな言葉だ。もともとは、もっと高尚な意味だったんだよ」
「え?どんな?」
一日なさざれば、一日食らわず
「それ、同じじゃありませんか?」

同じではありません。この違い、わかりますか?

働くことが偉いという他者からの管理を無条件に受け入れ、その思考に束縛されることは卑屈で不自由。しかしなすべきことに向けて自分を律して進むことは高尚で自由

他者に管理されることと、自らを律して進むこと、の違いです。

仕事には「やりがい」が必要だ、という考えに囚われているのはとても不自由なことです。そして、それが会社から与えてもらえると思い込んでいる人は決して「やりがい」に辿り着かないでしょう。迷いながらも自分でオール(甲斐)をもって漕いだ先にのみ、それはあるのでしょう。

余談ですが、この『笑わない数学者』という小説のラストシーンはとても美しく、最後の7文字を読んだときは背筋が寒くなりました。

意志ある自由の美しさ。

森博嗣の文章の魅力はそこにあると私は思います。


このnoteは拙著『人材マネジメントの壺 テーマ4.報酬』から一部抜粋して再編集したものです。ぜひ本編もご覧ください(^^)b





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