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シネメデュケーションのススメ

シネメデュケーションという言葉をご存知だろうか?

シネメデュケーションとは、Cinema(映画)、Medical(医学の)、Education(教育)を組み合わせた造語である。「映画を医学教育の教材にしよう」、という意味だ。実は1994年からある分野であり、様々な手法はあるが、主に映画のワンシーンをグループで見て、ディスカッションで学びを深めるというのが一般的である。

映画で医学教育?と思われる方もいるかも知れないが、実際、医療をテーマにした映画やテレビドラマは多くはないだろうか。実臨床ではやらないようなシーンもあるが、その命を救うドラマを見て、医療者とは、について十分考えさせられる。古くは黒澤明監督の「赤ひげ」や、最近では「神様のカルテ」「コード・ブルー」などが良い例だろう。

しかし、何も医療関連に限らなくても良い。そもそも映画そのものが、人生をテーマにして観客に感動を呼び起こさせるものが多いのだ。命と人生について、圧倒的な臨場感を伴い、楽しみながらも難しいテーマについて考えさせてくれるのが映画である。これこそ、命と人生に向き合う医学教育にとってふさわしい「教材」ではないだろうか。実際、医学教育学会のホームページでも、医学教育におすすめの映画リストが紹介されている。「おくりびと」「チーム・バチスタの栄光」「レインマン」「アルジャーノンに花束を」「レナードの朝」「感染列島」などなど、きっと観たことのある映画もあるはずだ。エンターテインメントとして観るだけでなく、「何か学びはないか?」という視点で観ると、また新たな発見があって面白い。

シネメデュケーションの具体的な利点としては、次のようなものが挙げられる。
①注意を引きやすい
②さまざまな人生・生き方を認識する(価値観を広げる)
③医師の人間的な側面に訴える
④強力なイメージを用いて記憶づける
⑤価値のある議論を始めるのに時間効率がよい
⑥指導医にも学習者にも感情的に訴える経験
⑦人生を探索する窓口となる
※参考資料 孫大輔(2018)「対話する医療 人間全体を診て癒すために」
命や人生などの深いテーマについて、俳優の確かな表現力や、細かな背景設定、心象を表現するBGM、そして監督のこだわりから生み出される臨場感を通して楽しんで学べるのが、シネメデュケーションの醍醐味である。


私がシネメデュケーションに好んでよく用いる映画に、磯村一路監督の「解夏」(2004年公開)がある。学生時代には、何度かワークショップを開いていた。

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さださましの小説が原作であり、ベーチェット病という難病に侵される青年を、大沢たかおが繊細に演じている。やがて失明する運命にあるベーチェット病を抱えながら、愛する長崎の街と共に懸命に生きようとする物語だ。

私が解夏を用いて行ったシネメデュケーションの手法は二部構成である。
第一部は、診断学のパートである。大沢たかお演じる青年が苦しむ症状のシーンをいくつか観てもらい、プロブレムリストを作って鑑別診断を挙げる。さながら「ドクターG」のような臨床推論を行うわけである。俳優が患者を丁寧に演じている作品では、このような医学的な学びもしっかり得られる。

症状から「ベーチェット病」という診断をつけることができ、医師・医学生側はとりあえずほっとすることだろう。しかし、本番はこれからである。
第二部で、自分たちがベーチェット病と診断をつけた大沢たかお演じる青年が、診断確定後どのような生活を送ることになったのか、いくつかシーンを見てもらう。その上で感じたこと、医療者として彼にどんなフォローができるだろうかということをディスカッションするのだ。体験してくれた医学生のアンケートからは、

・映画や映像を通してだと、普段の授業の事例検討より頭に入りやすく、よく考えられる。
・患者さんの苦しさや辛さががダイレクトに伝わってきて病気と付き合って行くことは本当に難しいことだと思った。

などの声が見られ、楽しく学ぶことができたと好評であった。
「解夏」は大沢たかおの繊細で丁寧な演技が相まって、診断から患者さんのその後まで様々な学びを提供してくれる映画である。これをシネメデュケーションに用いることで、「診断と治療」の先にある、患者さんの生活について思いを馳せるきっかけを作ることができたのではないかと考えている。

改めて、私が特に思う、シネメデュケーションの魅力を簡潔にまとめてみる。

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シネメデュケーションは、「共感力」を養うための、様々な可能性を秘めた古くて新しい学びの形なのだと思っている。私にとって、趣味の映画を最大限生かし切ることができるシネメデュケーションは、天職とも言うべきライフワークだ。

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