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『あの日の香港で』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年11月16日(再放送:11月20日)オンエア分ラジオドラマ原稿)

女「九龍城はないけど、九十九龍城ならあるわよ」

(飛行機の音)

1998年の3月。
僕は卒業旅行でパリ行くことにした。
格安航空券のトランジットは香港国際空港に4時間ほど滞在することになっていて、18歳の僕には、それはむしろラッキーだった。
パリに行くついでに香港の街も見ることができる。

そして降り立った香港はー

男「うわ、くっさ」

香港はくさかった。
それが八角の匂いだったと分かったのはずいぶん後のことだ。
なにしろ18歳の田舎者の僕は八角を使った料理など食べたこともなかった。
とにかくなんともエキゾチックな、当時の僕には異臭に感じた。

香港国際空港から一歩外へ出ると、
ジャッキーチェンの映画で見た街が広がっていた。
漢字の看板がいくつもにょきにょきと飛び出して、
どこかでジャッキーがカンフーアクションをしてるんじゃないかとさえ思った。

街を歩くと至るところで点心が売られていた。
名前もわからないなにやらうまそうなそれを指差して、
さっき換金したばかりの香港ドルで僕は点心を買って食べた。
熱々で湯気が立ちのぼるそれに僕はかぶり付いた。

男「うまい」

僕は満足にそれを頬張りながら香港の街を歩いた。
向かう先は決まっていた。九龍城砦だ。
14階建のビルがいくつも密接して立ち並ぶ巨大なスラム街。
その存在を僕は本やテレビで知っていた。
エジプトのピラミッドやパリのエッフェル塔、九龍城を香港のそんな観光地の一つくらいに思っていた。
もちろん観光地なはずもなく、あらゆる犯罪の巣窟で一度足を踏み入れ迷い込んだら最後、二度と出て来ることのできない東洋の魔窟。九龍城はそんな場所だった。
遠目からでいいからチラッとだけでも見てみたい。

案内板を頼りにたどり着いた場所に九龍城はなかった。
数年前に全て取り壊されそこは公園になっていたのだった。
僕は立ち尽くしてその公園を眺めていた。

女「日本から、ですよね?」
男「え、あ、はい」

振り返ると赤いコートを着たきれいな黒髪の女性が立っていた。

女「突然ごめんなさい。私も一人旅で、思わず声かけちゃいました」

知らない女性から声を掛けられるのは初めてだった。

男「あ、ありがとうございます。えっと、女性の一人旅、すごいですね」
女「やってみたくて。でもやってみたら思いの外さびしくて(笑)」
男「え、何歳ですか?」

いきなり初対面の女性に年齢を聞くほど、僕はまだ幼かった。

女「22歳です。大学生」
男「ああ、なるほど」
女「高校生?」
男「卒業旅行です」
女「そんな感じする」
男「はい」
女「そっかあ、軽く飲みに行きたいなって思ったんだけど、じゃあ無理かあ」
男「あ、いやトランジットで、そろそろ空港に戻らなきゃいけないんです」
女「ああ、そうなんだ」
男「ごめんなさい」
女「どこに行くの?」
男「パリです」
女「すごい!いいなあ」
男「ずっと香港なんですか?」
女「うん、香港に来たかったの。じゃあねパリまで気をつけて」

そう言って赤いコートの彼女は行ってしまった。



男「っていうのが俺の九龍城の思い出なのね」

(そこは居酒屋)
男二人が飲んでいる。

男2「へー」
男「名前も聞き忘れてたんだよなあ」
男2「かわいかったの?」
男「うん。いまだに夢に見るくらい」
男2「気持ち悪いなお前」
男「ふと思うんだ。あのときパリに行くのをやめて、そのまま彼女と香港で飲みに行ってたらって」
男2「酒飲めねえだろ」
男「まあ、そうだけど…」

そこは香港のとあるバー。

女「ここは不思議なバーなの。世界中のあらゆるお酒、あらゆるカクテルが置いてある。
  ただ、一度足を踏み入れたら、二度と出てこれないとも言われてる。
  バーの名前は九十九龍城。


おしまい


【公演情報】
ヨーロッパ企画第40回公演「九十九龍城」
公式サイトは こちら

★福岡公演
1/28(金) 19:00
1/29(土) 13:00 / 18:00★
1/30(日) 13:00
前売5,500円/当日6,000円 学生シート(前売のみ)3,000円(入場時要学生証提示)
11/20(土)チケット一般発売

取扱:チケットぴあ w.pia.jp/t/europe-k/ (Pコード 508-753)
ローソンチケット l-tike.com/europe-k/ (Lコード 84069)
イープラス eplus.jp/europe-k/
スリーオクロック https://3pm-net.com/ 092-732-1688(平日10:00~18:30)

主催:ヨーロッパ企画/オポス 提携:西鉄ホール 後援:LOVE FM
問=ヨーロッパ企画福岡公演事務局 092-532-1830(平日10:00~17:30)


※なお、今回のラジオドラマは、ヨーロッパ企画第40回公演「九十九龍城」を題材にしながら作成しておりますが、本編と関わりのない内容となっております。



※こちらの小説は2021年11月16日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20211116210000

※こちヨロは土曜日13:30~14:00でも火曜日の放送を再放送でお届けしています。

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