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『better bitter』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年12月21日(再放送:12月25日)オンエア分ラジオドラマ原稿)

無知性と無理解を開き直り、現代美術館で作品を鑑賞しながら笑い合う。映画、500日のサマーの様なデートに憧憬を抱き続けていた俺は、あの日、その小さな夢を不意に叶えた。その日出逢った女と。

俺はあの日、鴨川に座っていた。大失恋で脳が揺れている状態の人間は、平気でベタをやってのける。鴨川に腰を下ろした俺は、失恋の傷を一度深く抉るためミスチルのサインを聴く、という禁断のベタも躊躇いなくやってのけた。

仲睦まじい男女が等間隔に並ぶ中に、一人ぽつんと座る背中の哀しい男。とはならなかった。あの日の鴨川は、綺麗に男女が並んでいた。俺の横に、同じ様に一人ぽつんな女が座っていたからだ。
女はイヤホンを深く差し込み、大音量で音楽を聴いている。こぼれてくるその音楽は、俺の聴いている曲と同じだ った。同じだったのは曲だけでなく、目の潤みまでも。

男「あの。」
女「(?)」
男「あの。イヤホン、イヤホン、取ってくれませんか?」
女「(?)」
男「音でかすぎるだろ。イヤホン!イヤホン!」
女「(イヤホンを取り)え?」
男「あ。ごめんなさい。イヤホン、取ってくれませんか、って言ってました。」
女「なんで?」
男「あ、いや。あの!って言ったのに、音でかくて聞こえてなかったから。」
女「ああ。で、なに?」
男「いや、サイン、聴いてるなあ、って思って。」
女「聴いてるよ。それがなに。」
男「いや、俺もいま聴いてたんで。サイン。」
女「あ、そうなの。え、で、なに?」
男「あいや、えと、なにってわけでもないんですけど。」
女「え。」
男「いや確かに、そう言われると。咄嗟にっていうか。つい、話しかけちゃっただけなんですけど。」
女「なにそれ。今傷抉るのに必死だから邪魔しないで欲しいんだけど。」
男「あ!やっぱ!やっぱ!そうですよね!抉ってんな!って思って話しかけちゃったんです!」
女「は?」
男「あ、いや、俺も!俺も今抉ってて!で横見たら、あれ?もしかしてこの人も抉ってね?ってなって!ちょっと、なんていうんですか、テンション上がっちゃって!」
女「なに。は?」
男「あ、てか、あの、厳密に言うと、今上がってきてるんですけど!テンション自体は!声かけた瞬間は別に上がってなかったですけど、ほんと、咄嗟に話しかけちゃった感じなだけなんで。ただ、今あなたが、抉るのに必死だから邪魔しないで欲しいって言った時ぐらいからテンションは上がり始めたんですけど!」
女「上がり始めの詳細いいよ。」
男「あそうですよね。ごめんなさい。」
女「馬鹿にしてる?」
男「え。」
女「馬鹿にしてんの?」
男「いや、してないです。してないですよ。」
女「してるでしょ。なんなのまじで。」
男「いやしてないです!なんかあの、ごめんなさい。」
女「してるよ。なんでテンション上がっちゃってんの?上がんないでしょ普通。なんかさ、大丈夫すか、とか、なんかあったんすか、とか。そういう感じでくるでしょ普通。」
男「いやまあ。はい。確かに。」
女「やっぱ!やっぱ!ってなに?あれなに。悪手でしょ。二歩ぐらい悪手でしょ。そんなんだからあんたフラれてんのよ。」
男「は?え。は?え、それ関係あります?ってかフラれたって決めつけないでもらえます?」
女「は?フラれてるでしょ?フった側が鴨川来てサイン聴かないよね?ねえ?」
男「は?てかそれでいうとあなたもフラれた側ですよね?え。なんでそんな強気に来れるんですか?」
女「は?普通に、は?なんだけど。は?」
男「いやいや意味わかんないです。てか最初から思ってましたけどなんでタメ口なんですか?いくつですか?俺より絶対若いですよね?」
女「26だけど。なに?あんたが図々しい感じで話しかけてきたんでしょ?」
男「え!二個下じゃん!うぜえ!タメ口使うなし!敬えよ!」
女「やばいだるい。年下って分かった瞬間タメ口に切り替えるやつクソダサい。きつ。」
男「は?なんだお前。そりゃフラれるわ。やばいな、お前。」
女「は?語彙力どうした。あんま単語知らない感じ?きついきついまじで。」
男「いやいやいや、は?」
女「は?」
男「は?」
女「もういい。きもい。どっかいって。」
男「えなんで。俺が先座ってたし。お前が後から座ったんだからどっかいけよ。」
女「ひど。女に優しく出来ないんだ。」

(キャッチボールをしていた少年、暴投。)

少年「(少し遠くから)あ!ボール!危ない!」
(男、女をかばい、腕でボールを止める)
男「っぶね!」
少年「(近寄ってきて)すんませんでした!」
男「キャッチボール、もうちょい人いないとこでやりな。はい、ボール。」
少年「はい!あざした!」
(少年、去る)
女「は?なに。かばってくれたの。」
男「は。」
女「えてか、腕、大丈夫?」
男「は。かばってないけど。普通に。なんか腕動かしたら当たっただけだし。は。」
女「は。なんかよく分かんないし、は?って感じだけどありがと。」
男「いや、は?別にあれだし。は?って感じだし。普通に。普通に、は?って感じだわ。」
女「…。」
男「…。」
女「…。」
男「…。」

男女「(吹き出す)」

(笑い、おさまってきて)
男「(笑い引きずりつつ)いやまずい。この流れ恥ずかしい。今吹き出した感じの流れも恥ずかしい。」
女「(女も、爆笑引きずりつつ)いやわかる。恥ずいねこれ。ベタやりすぎててやばいよ。」
男「きついなあ。きついなあ俺たち。」
女「きついね。だいぶだよ。」
男「……美術館行かない?」
女「え?」
男「美術館。今から。行かない?」
女「…いいけど。なんで美術館?笑」
男「別になんでってこともないけど。なんとなく。」
女「なんとなくで美術館かよ笑」
男「なんとなくで美術館だよ笑」



今俺はまた、鴨川に腰を下ろしている。
なんやかんやあるのが人生で、なんやかんやあった結果、今また俺は一人ぽつんだ。
鴨川に一人ぽつんのベタはまだやれるが、もうサインを聴くほどの青さは無い。幾つか歳を重ねたせいもあるだろう。
恋もベタに運べばいいのだが、なんやかんやある人生がそうもさせてはくれない。500日のサマーの様に、ヒョイと次の運命の光が射すわけでもない。

今日の鴨川はあの日と違い、俺が列を乱している。


おしまい

※こちらの小説は2021年12月21日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20211221210000

※こちヨロは土曜日13:30~14:00でも火曜日の放送を再放送でお届けしています。

※本作は、ヨーロッパ企画第40回公演「九十九龍城」に出演の金丸慎太郎さんの作品です


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