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西麻布

35歳で転職した会社は、西麻布にあった。
表参道の駅から骨董通りを抜けて、高樹町の交差点の先。

大学生の頃、20代の頃、なんどか高樹町の富士フイルム本社の前までは行ったことがあった。
でもそのたびに、見えない結界みたいなものに阻まれて、その先に足を踏み入れられなかった。
お前のような小娘が来る場所じゃないよ、と言われているような気がしていた。

その場所に毎日通うのだと思うと、不思議な気がした。

入社の面接は別の場所にある本社で受けたので、様子がわからず、初出社の日は何を着ていけばいいのかかなり迷った。

きっとオフィスには、見たこともないようなスノッブな人々が待っているのだろう。なめられてはいかん。

ベージュの膝丈ワンピースとジャケットのセットアップに、バックストラップの靴で出かけた。6月の曇り空の下でも、表参道からの道のりはやや遠く、汗をかいてしまったのをごまかすために途中で少しだけ香水を付けた。

こじんまりした3F建てのオフィスに入ると、女性はほぼノーメイクに近い感じで、男女問わず全員カジュアルな装いだった。
デニムを穿いてる人もいた。
面食らった。

コピーライティングのニシドさんが、煙草の煙の向こうからニヤニヤしながら私を見て「誰かドレスコード教えてあげな」と言った。

ゆで卵みたいな肌をしたマネージャーのニノマエさんが、「香水をつけておられますね。商品の香りを邪魔してしまうので、香水はなしで」と言った。

西麻布は、思っていた以上に手強かった。


見出し画像はみんなのフォトギャラリーよりお借りしています。
佐藤慈雨さん、ありがとうございます。

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